上 下
59 / 95
第二章 二回目の学園生活

46 ノエル side

しおりを挟む

(よく堪えましたね、私……、可愛かった……無理……)


 先日のリスティアを思い出し、ノエルは顔を覆った。寮へ続く中庭の小道で、周りの生徒は急に立ち止まったノエルを怪訝そうに避けていく。

 下手くそな舌遣いのキス。ノエルの舌に応えようとして戸惑い、涙を浮かべて。
 あれで経験があるなど、到底信じられない。いや、リスティアのことは信じている。つまり、王子相手がろくにキスもしなかったのだろう。業腹のような、安堵するような複雑な気持ちだ。
 不憫だと思うのに、リスティアを翻弄出来る事に歓喜を覚えている。

(次はどこでデートをしましょうか……)

 これまでリスティアは、王子以外との交流が多くなかった。もう王子のことは吹っ切れていると本人は言うが、あれだけのことがあったのだ。

 学園を卒業する時、出来るだけ幸せな思い出に塗り替えてやりたい。ついでにもっと触れ合いたい。そんなノエルの桃色の思考を、一瞬にして醒まさせる存在がいた。


「そのう……ノエル様」








 ノエルの目の前には、ミカ・パーカーがいた。もじもじと身体を小さくし、ふるふると頭を揺らすあたり、まだ首が据わっていないのだろう。赤子ならば学園ではなく、乳母にでも預けるべきだ。

 オメガ令息が何人だったか。一通り主張を聞いて断る、これを一巡すると、ヒートの状態でアンデッドのように向かってこられ、ノエルとアルバートは彼らを専用の保護部屋に押し込む作業に辟易としていた。

 上位アルファで良かった。望まないオメガのフェロモンに抗うことが出来る。とは言えリスティアに知られぬよう動く必要があり、面倒な事この上ない。
 家名で脅し、次はスラムにでも投げ込むと宣告し、やっと大人しくなったかと思えば――――今度は発端となったミカ。

 リスティアはいないため、ノエルは遠慮なく冷たい目で見下ろしている。


「私のことはキールズ侯爵令息と。呼ぶ機会がありましたら、ですが」

「す……っ、すみませ、そのう、キールズ侯爵令息。どうして、えっと、そこまでリスティア様に?あああ、たしかにあの方は完璧ですが、でも、アルバート様と、堂々と二股をかけられているのですよ?」


 ノエルはいよいよミカを白い目で見た。

 どれだけノエルがリスティアを好きか、尊敬し、欲情し、妄想しているのか、この者に教えてやる義理はない。それも、リスティアと同格になった途端に、こうして口を出してくるような卑劣な令息に。

 同じ伯爵令息だからと言って、リスティアとミカでは月とゴブリン程に差がある。そんな簡単なことにも気付けない者だ、理解力と視野に期待は出来ない。


 そう思って黙っていると、ミカはなにを勘違いしたのか、ノエルの方に腕を伸ばす。


「やっぱり、嫌ですよね。どれだけ好きでも、返ってこない愛情は虚しいだけですよ。キールズ様にも、幸せになっていただきたくて……」

「触らないで頂きたい」


 びくりとしたミカは、慌てて手を引っ込めた。それは正解だった。それ以上近付くと、その指先をスライスしていた。それほどまでに、冷たい声を発していた。


「リスティアの何を知っているのでしょう?私にとってあの方の代わりは居ない。ところが、あなたはまるで安全圏から引っ掻き回し、要らない親切を押し付け悦に入ろうとしている。何様のおつもりでしょうか」

「えっ……、そ、そんな……ひどい……」


 ミカの目がみるみるうちに潤みだし、涙が溢れる。それでも、ノエルに動揺するような中途半端な心は無かった。


「リスティアを排除しようとなさるのもお勧めしません。敵に回るのなら私とアルバートが相手になりますよ。そもそも、そんな男を捕まえて、あなたなら幸せになれると思っています?お互い地獄でしかないでしょう」


 ため息と共にそう漏らせば、ミカはいよいよ声を上げて泣き出した。ノエルからしてみれば、当たり前のことしか言っていない。そこに一切の思いやりを持たないのは、もう気持ち的には敵だとみなしているからだ。……被害は、不快感だけなので見逃しているだけ。


「うえぇぇぇん!ひどい!ひどいですぅ!ふぇぇぇ……っ、えぐっ、えぐっ、」


 貴族令息ともあろう者が、これ程度で泣くとは思えなかった。ノエルの母だって、おっとりはしていても涙は武器よ、なんて言うのだから、単純に悲しいだけではないはずだ。
 第一印象では気弱だとは思ったが、それだけではリスティアを目の敵にはしないだろう。

(何を企んでいる……)

 とにかくもうまともに話は出来ないようなので、その場から離れようとすると、そこへマルセルクが出てきたのだった。

 まるで、見計らったかのように。


「キールズ侯爵令息?これは、何を?」

「これは、殿下。何でしょうね、突然泣き出したので」

「ち、違いますっ!で、殿下、キールズ様が暴言を……それで、わたし、悲しくて」


「それは頂けないな、キールズ侯爵令息。可憐なオメガを傷付けて泣かせるなど、紳士的ではないじゃないか」


 マルセルクはこうなることが分かっていたかのようにすらすらとノエルを責めた。まだ何も言っていないうちに、こちらが悪だと決めつけているようだ。
 当然、頭も口もよく回るノエルが黙っているはずもない。


「おや。まともな貴族令息がこんな学園の、人前で見せびらかすように泣く訳がないでしょう。こんな価値のない涙にすら同情するなんて、殿下はなんてお優しい」

「……いや、私はお前の問題ある行動について反省を促そうとしているんだ。彼は被害者だ。ついては、お前をしばらくきんし……」

「よかったですね、パーカー伯爵令息。お優しい殿下が慰めてくれるようです。既婚者ともなると懐が深いようですね。残念ながら、私は意中の人以外に向ける情は一切持たないので、ここで失礼させていただきます」

「うえっ?」

「ちょっ……待て……!」


 ノエルは早口で言い切り、瞬時に立ち去る。マルセルクの言い分を聴く必要はない。何故なら、令息を泣かしただけで処分を受けるなど聞いたことがない。初等部だとしてもありえない。無理やりすぎる口実に呆れていた。つまり、その狙いは。

(私たちをリスティアの側から離そうとしているのか……)

 引き離して何をしようとしているのかは不明だが、ろくなものではないことが明白。

(まさか、リスティアを無理やり番に……なんて、考えていないだろうな……いや、念には念を入れるべきだな……)


 そう思い立ったノエルは、懇意にしている商人へ連絡を取るのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約破棄と言われても・・・

相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」 と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。 しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・ よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。 *********************************************** 誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

気付いたら囲われていたという話

空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる! ※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。

処理中です...