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第三章 三人の卒業、未来へ

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 ああ、あったかい。気持ちいい。しっとりして、むちむちして、ほんの少し擽ったい。すりすりと頬擦りをして、抱きつく。最高の枕……。

(ん?)

「ん……」


 ぼやあっとした視界でピントが合ったのは、萌黄色の優しい瞳。

 途端、リスティアは覚醒した。
 ノエルが微笑みながら、こちらを見ていたようだ。


「びっ……びっくりした……」

「おはようございます、リスティア。ふふ、可愛かったです」

「な、何で裸なの?上だけ……」


 リスティアは夜間着を着せられているのに、ノエルの上半身は裸だった。朝から色気の大盤振る舞いだ。


「これはその……リスティアを癒したくて。決して邪な思いではないのですよ」

「ふふ……、はははっ。そうなんだ。とっても癒された、ありがとう。やっぱりノエルは的確だね」

「いえ……こちらこそありがとうございます」


 ノエルは眩しいものを見るような顔で、リスティアを見ていた。寝顔をばっちり見られていたのかと思うと恥ずかしい。
 もぞもぞとノエルの裸の首元に顔を寄せ、フェロモンを堪能しつつ、赤面を隠した。


「ノエル……アルは?」

「ええ、一度帰ってきてリスティアの無事を確認してから、また出て行きました。やるべき事をやってくるのでしょう」

「そっか……少し、寂しいね」

「ええ。戻ってきたら、労ってあげましょう」


 リスティアはそのまましばらくノエルの胸に頭を乗せて、トクトクとした鼓動を聞いたり、腕の中の温かさにまた微睡んだりしながら、ノエルが単調に話すのを物語のように聞いていた。

 内容は、ちっとも穏やかではない。
 ノエルが感情を抑えて話すものだから、まるで遠い国の話のよう。


 まず、リスティアたちが襲われた時にいた賊。二十人程にもなる賊を、尋問用に殺さず生かさず倒している間に、馬車からリスティアの声が上がった。
 急いで駆けつけたたった数秒の間に、馬車の底が消失し、リスティアもいない。

 怒ったノエルは、すぐさま賊を手加減なく叩き潰し、一人残した男を問い詰める。誰に雇われたのか聞いても、『執事みてーな貴族』と言うことしか分からなかったが、そのうちの一人が、指示書と思われる走り書きを持っていた。

 その筆跡に、ノエルは見覚えがあった。
 馬車を停車している間に、時間稼ぎをするように指示されていた。筆跡は、マルセルクの側近のもの。

 そうこうしている間に、もう一台馬車がやってきて、マルセルクが来た。
 リスティアはどこだと叫び、いないのなら誘拐の罪でアルバートとノエルを捕縛する、と宣う。

 時間の惜しかったノエルは、そこをアルバートに託し、指輪の追跡機能を使ってリスティアを救出しに行った。


「じゃあ、アルは一回捕まった?」

「いや、あれは意外と良く考えているので、のらりくらりと躱すと思いますよ。王子の目を見れば『時間稼ぎをしている』ような、こう……難癖をつけている感じも伝わってきましたし、それはアルバートも勘付いていたと思います。実際、夜中に帰ってきた時は無傷でしたし」

「そっか……それなら、良かった」











 それからアルバートもようやく帰ってきた。厳密にはキールズ侯爵家だが、もう自宅のように馴染んでいるのは、この際気にしないことにする。


「………………疲れた………………」

「アル、おかえり。ありがとう。まずは休む?」

「ああ……ティア……、」


 アルバートに思いっきり抱き締められる。いつもより少し、甘めの檸檬の香りがするのは、汗をかいたからか。とてもいい香りだ。存分につけて欲しい。

 アルバートはそのまま何回もリスティアの香りを吸い込んでは吐き、吸い込んではうっとりとして、よろよろと湯浴みに行った。まるで補水になった気持ちで、少し嬉しい。相当、おつかれのようだ。













 少し休んだアルバートから、その後の顛末を聞いた。


 ひとしきりアルバートを挑発した後、チラチラと時計を確認したマルセルクは、アルバートを無理やり捕縛するよう部下に指示し、自分はどこかへと消えようとした。

 当然アルバートは、抵抗する。

 部下と言っても騎士に似た格好の傭兵だったらしく、一瞬で片付けたアルバートは、マルセルクの馬車の後を追った。そして辿り着いた廃墟では、阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。

 ノエルの通報によってマルセルク達より一足早くやってきた騎士団によって、フィルを含む男たちが一人を狙って襲おうとした事実が、そこに明確に残っていた。

 それを知らないはずのマルセルクがやってきて、フィルにどういうことだ、話が違うと思わず叫び、共犯だと判明する。

 急所を虫に齧られた男たちと、泣きながら吐くフィルと共に、全員騎士団に連れて行かれた。


「王子なのに?」

「それが、ヤツはフィルと接近禁止命令をされていた。それは騎士団にも通達されていたのに、一緒にいるところを見られたら、陛下の命令に反したということになる」

「そうか……では、卒業記念パーティーのエスコートは……」

「エスコートの問題でパーティーの間だけ許されたことだったと。やけに計画立てられていたから、以前から密会していたのだろう」

「前から……」

「今は確実に牢に入れられて取り調べを受けている。事情が判明次第、こちらにも一報をくれると」

「分かった。じゃあ、アルも、一緒に休もう」


 耳を赤くしたアルバートと共に、上だけ脱いだ。
 毛布に潜り込んで肌を合わせて、温まっている内に、疲労のピークに達したアルバートはすやすやと眠っていた。






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