71 / 95
第三章 三人の卒業、未来へ
4
しおりを挟むノエルとアルバートに会いたい。
辛い過去から引き上げてくれたみたいに、また、二人の手に縋りたい。
涙が鼻梁を伝って地面へと落ちる。恐怖なのか怒りなのか、種類の分からない涙を吸った土床が湿り、リスティアの頬を汚した。
そのリスティアの泣き顔を見たフィルは、口の端を釣り上げて笑う。
「ざんねぇ~ん。あんたのおともだちは、マルが足止めしてるから来ないよ~!」
「えっ……殿下、が?」
「そっ!あんたのこと、どうなってもいいってさ!そこの魔術陣も、魔石も、マルが準備してくれたんだ」
ザァッと血の気が引く。
フィルじゃ用意できそうもないあれらは、マルセルクからと思えばすっと納得出来てしまう。
(はは、は。そうか。やっぱり、殿下は、僕のことなど、愛しちゃいない)
そんなこと、一回死ぬほどに分かっていた。それなのにどうしてこんなに胸が痛いのか。
リスティアが幸せになろうとすることすら許せないなんて、それはもはや、憎しみすら感じる。
「ふふっ。それそれっ、その顔っ!そうそう、あんたがぐっちゃぐちゃになったら、マルも確認しに来るってさ!楽しみだね!」
「……っ!」
ガリッ!
結界にヒビが入った!
這いつくばったまま見上げるリスティアと、ニヤリと笑った男の、目が合う。
そうして最後の一振りが振り下ろされる――――。
「【凍れ】」
ピシッ――。
静かな声に、そこにいたすべての男の動きが、止まった。
「のっ、……のえ、る」
間違いなくノエルだった。
アルバートは、いない……、けれど、ノエルを見る限り、怪我は無さそうな様子にホッとする。ただ、ノエルの肌から冷気が漂い、キラキラと空気が凍る程に怒っていた。
「リスティア!お待たせしました。……ごめんなさい、遅くなりましたね」
「……ノエル……!」
駆け寄るノエルに、強張った指でもうほとんど壊れかけた結界を解除した。抱き上げられてようやく安心して、ぽろぽろと涙が溢れていく。
ぎゅう、と隙間なく抱きしめられた。ノエルのフェロモンだ。森林浴のような爽やかな、安心する場所。
「ああそうです、間抜けなことに、犯人がここにいるなんて、ねぇ……」
ノエルの魔術で、フィルも身動きできないままだった。高笑いした後の大きく開けた口のまま固まって、目だけが焦ったようにギョロギョロしている。
その他の人間も、腰のものを握っていたり、リスティアに向けて間抜けな格好で固まっている。滑稽な彫像たち。
「命には別状問題はない魔術ですから、安心して下さいね」
ノエルはふっ、と笑うと、もう一度指を鳴らす。
「現場保持、ということで、騎士が来るまでこのままにしておきます。お暇でしょうから、こちら、餞別です」
ノエルは懐から何か甘い匂いのする瓶を取り出すと、彼らの露出した下半身や、ぱかりと開けた口に垂らしていく。
中でも、目をぎょろつかせるフィルの口には、たっぷりと蜜を。けれど固まっている彼は、飲み下すことも出来ない。
「美味しく召し上がってくださいね。本当はリスティアの疲れを癒すために持ってきた、最高級の蜜なんですよ。騎士達にはゆっくり来てもらいますから」
ノエルが通信の魔術を起動している間に、甘い匂いに誘き寄せられたのか、どこからかカソコソと音がしてきた。
「……ノエル」
「ええ、……終わりました。あ、最後に、」
ノエルはアルファの男を見つけた。リスティアの状態と残ったフェロモンから、威嚇フェロモンを浴びせられたことが明確。怒りをそのままに、その男だけに向けて威嚇フェロモンを叩きつける。
「……!」
男は声もなく失禁した上、立ったまま失神した。口から泡を噴いて。凍結の魔術によって、倒れ込むことも許されていなかった。
「守るべき対象に威嚇フェロモンを放つなんて。……極刑の中でも厳しい刑を要求します。もう聞こえていないでしょうが。さぁ、リスティア、行きましょう」
「でも、」
フィルは一応、マルセルクの子供を妊娠中だ。このまま放置してなにかあったら……どんなお咎めを受けるのか、わからない。
「ああ、あの人は……すぐに助けが来ますので、問題ありませんよ」
その確信めいた言葉に、マルセルクが来るのだろうとピンときた。それなら、リスティアは早く立ち去らないといけない。
「ありがとう、ノエル。……帰ろう」
「ええ、今すぐに」
ノエルはリスティアを横抱きにしたまま廃墟を出た。出入り口に転がっていた赤頭――――気絶した騎士団長令息をひょいと飛び越える。騎乗してきたらしく、馬が待っていた。
リスティアはノエル越しに背後を見やった。フィルを含めて男たちは虫に齧られているだろうが、不気味な程に静か。
声も上げられないのは怖いだろう。
同情はしない。リスティアとて散々怖がらせられた。魔道具を持っていたから無事だっただけ。持っていなかったらと思えばぞっとする。
「このまま侯爵家に戻りましょう。アルバートもそこで合流予定ですから」
「うん、ありがとう……アルバートは無事?」
「ええ、もちろん。クソが……失礼、王子が何やら乱入してきたので対応を任せて来たのです」
情けないことに力の入らないリスティアは、馬にひょいと乗せられる。ノエルの腕にがっしり捕まりつつ、進み出す。
ノエルの服越しに伝わる体温、香りに、先ほどまで囲まれていた時の緊張がゆるゆると解れていき、眠気が襲ってくる。
それに気付いたノエルに『寝ていて。その間に全て終わっていますよ』と頬にキスをされて、安心した瞬間、寝落ちていた。
167
お気に入りに追加
3,329
あなたにおすすめの小説
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
婚約破棄と言われても・・・
相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」
と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。
しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・
よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
***********************************************
誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。
嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい
りまり
BL
僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。
この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。
僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。
本当に僕にはもったいない人なんだ。
どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。
彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。
答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。
後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。
気付いたら囲われていたという話
空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる!
※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる