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第三章 三人の卒業、未来へ

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 ノエルとアルバートに会いたい。
 辛い過去から引き上げてくれたみたいに、また、二人の手に縋りたい。

 涙が鼻梁を伝って地面へと落ちる。恐怖なのか怒りなのか、種類の分からない涙を吸った土床が湿り、リスティアの頬を汚した。
 そのリスティアの泣き顔を見たフィルは、口の端を釣り上げて笑う。


「ざんねぇ~ん。あんたのおともだちは、マルが足止めしてるから来ないよ~!」

「えっ……殿下、が?」

「そっ!あんたのこと、どうなってもいいってさ!そこの魔術陣も、魔石も、マルが準備してくれたんだ」


 ザァッと血の気が引く。
 フィルじゃ用意できそうもないあれらは、マルセルクからと思えばすっと納得出来てしまう。

(はは、は。そうか。やっぱり、殿下は、僕のことなど、愛しちゃいない)

 そんなこと、一回死ぬほどに分かっていた。それなのにどうしてこんなに胸が痛いのか。

 リスティアが幸せになろうとすることすら許せないなんて、それはもはや、憎しみすら感じる。


「ふふっ。それそれっ、その顔っ!そうそう、あんたがぐっちゃぐちゃになったら、マルも確認しに来るってさ!楽しみだね!」

「……っ!」


 ガリッ!
 結界にヒビが入った!
 這いつくばったまま見上げるリスティアと、ニヤリと笑った男の、目が合う。

 そうして最後の一振りが振り下ろされる――――。













「【凍れ】」


 ピシッ――。

 静かな声に、そこにいたすべての男の動きが、止まった。


「のっ、……のえ、る」


 間違いなくノエルだった。
 アルバートは、いない……、けれど、ノエルを見る限り、怪我は無さそうな様子にホッとする。ただ、ノエルの肌から冷気が漂い、キラキラと空気が凍る程に怒っていた。


「リスティア!お待たせしました。……ごめんなさい、遅くなりましたね」

「……ノエル……!」


 駆け寄るノエルに、強張った指でもうほとんど壊れかけた結界を解除した。抱き上げられてようやく安心して、ぽろぽろと涙が溢れていく。

 ぎゅう、と隙間なく抱きしめられた。ノエルのフェロモンだ。森林浴のような爽やかな、安心する場所。


「ああそうです、間抜けなことに、犯人がここにいるなんて、ねぇ……」


 ノエルの魔術で、フィルも身動きできないままだった。高笑いした後の大きく開けた口のまま固まって、目だけが焦ったようにギョロギョロしている。

 その他の人間も、腰のものを握っていたり、リスティアに向けて間抜けな格好で固まっている。滑稽な彫像たち。


「命には別状問題はない魔術ですから、安心して下さいね」


 ノエルはふっ、と笑うと、もう一度指を鳴らす。


「現場保持、ということで、騎士が来るまでこのままにしておきます。お暇でしょうから、こちら、餞別です」


 ノエルは懐から何か甘い匂いのする瓶を取り出すと、彼らの露出した下半身や、ぱかりと開けた口に垂らしていく。

 中でも、目をぎょろつかせるフィルの口には、たっぷりと蜜を。けれど固まっている彼は、飲み下すことも出来ない。


「美味しく召し上がってくださいね。本当はリスティアの疲れを癒すために持ってきた、最高級の蜜なんですよ。騎士達にはゆっくり来てもらいますから」


 ノエルが通信の魔術を起動している間に、甘い匂いに誘き寄せられたのか、どこからかカソコソと音がしてきた。


「……ノエル」

「ええ、……終わりました。あ、最後に、」


 ノエルはアルファの男を見つけた。リスティアの状態と残ったフェロモンから、威嚇フェロモンを浴びせられたことが明確。怒りをそのままに、その男だけに向けて威嚇フェロモンを叩きつける。


「……!」


 男は声もなく失禁した上、立ったまま失神した。口から泡を噴いて。凍結の魔術によって、倒れ込むことも許されていなかった。


「守るべき対象に威嚇フェロモンを放つなんて。……極刑の中でも厳しい刑を要求します。もう聞こえていないでしょうが。さぁ、リスティア、行きましょう」

「でも、」


 フィルは一応、マルセルクの子供を妊娠中だ。このまま放置してなにかあったら……どんなお咎めを受けるのか、わからない。


「ああ、あの人は……すぐに助けが来ますので、問題ありませんよ」


 その確信めいた言葉に、マルセルクが来るのだろうとピンときた。それなら、リスティアは早く立ち去らないといけない。


「ありがとう、ノエル。……帰ろう」

「ええ、今すぐに」








 ノエルはリスティアを横抱きにしたまま廃墟を出た。出入り口に転がっていた赤頭――――気絶した騎士団長令息をひょいと飛び越える。騎乗してきたらしく、馬が待っていた。

 リスティアはノエル越しに背後を見やった。フィルを含めて男たちは虫に齧られているだろうが、不気味な程に静か。
 声も上げられないのは怖いだろう。

 同情はしない。リスティアとて散々怖がらせられた。魔道具を持っていたから無事だっただけ。持っていなかったらと思えばぞっとする。


「このまま侯爵家に戻りましょう。アルバートもそこで合流予定ですから」

「うん、ありがとう……アルバートは無事?」

「ええ、もちろん。クソが……失礼、王子が何やら乱入してきたので対応を任せて来たのです」


 情けないことに力の入らないリスティアは、馬にひょいと乗せられる。ノエルの腕にがっしり捕まりつつ、進み出す。

 ノエルの服越しに伝わる体温、香りに、先ほどまで囲まれていた時の緊張がゆるゆると解れていき、眠気が襲ってくる。
 それに気付いたノエルに『寝ていて。その間に全て終わっていますよ』と頬にキスをされて、安心した瞬間、寝落ちていた。










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