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第二章 二回目の学園生活

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「……ということなのだけど、本当のところ、どう思う?」


 次の休日はまた、リスティアはキールズ侯爵家で薬師見習いをしながら、ノエルに話をしていた。その目は胡乱げで、懐疑的。
 アルバートは例によって、外で鍛錬をしている最中。


 議題は言わずもがな、アルファの性欲について。


 マルセルクの言葉の意味は、『周囲にも悪影響を及ぼす程の性欲があるから、愛妾を持ち発散するのも認めてくれ』、ということ。
 悪影響とは、イライラしすぎて八つ当たりしたり、手当たり次第性的に襲いかかる可能性があることだと、リスティアは閨教育で習った。

 リスティアも男、性欲はある。ただし、発情期という強制的に性欲の高まる周期があるためか、それ以外の期間で自慰をすることはほとんどない。

 それに死んで戻ってきてからは、発情期もまだだったため、数ヶ月ご無沙汰だ。恐らく精神的なダメージか、周期が不安定になっている。若いオメガにはよく見られる現象かつ、それはそれで楽なので、あえて診察を受ける必要を感じていない。

 他のオメガと比べたことは無い。
 フィル。あれは例外だ。彼は万年発情期だから。

 発情期に苛々し過ぎて、自傷や物損を起こす気持ちは分かるが……オメガの発情期に抑制剤があるように、アルファにもある。副作用はあれど、それではダメだったのだろうか。


「一概には言えませんが……、確かにアルファは、『孕ませる性』ですから、性的欲求は高いでしょう。ただ……私は、そこまでではない、ですね」

「そうなんだ……」

「坊ちゃんはまだシェックスを知らないからじゃないか?シェックスを知ったらもう、二度と戻れんだろう」

「ろ、ロビン薬師!?」


 からからと笑うロビン薬師の、くしゃみをしたような発音がツボに入ってしまった。リスティアはぎゅっと唇を引き延ばして耐える。

 ちなみにロビン薬師はベータの男性で、ベータ女性と結婚をしていたが早くに亡くしているらしい。


「若いな……、私も若い頃はぶいぶい言わせて……いなかったな?モテないから……」

「ンンンッ!ロビン薬師。人の経験有無を勝手に話さないでください……恥ずかしい……」


 ノエルは顔を赤くして項垂れていた。その可愛さに胸を打たれる。いつも飄々としているノエルでも、ロビン薬師には敵わないらしい。
 リスティアは慌てて弁護した。


「経験のないことは恥ずかしいことではないよ、ノエル。僕もだし……、その、肌を重ねる相手をしっかり見極めなくては、我々貴族令息として致命的な失敗をすることもあるから。むしろ好ましいかと」

「……っ、リスティア様……」


 リスティアはそうフォローをしたつもりだったのに、ノエルは耳まで真っ赤に染め上げて、いよいよ顔を覆ってしまった。

 とりあえず、羞恥に身悶えるノエルは可愛い、ということを知ったのだった。


「その通りだ。お二人とも、愛の行為は命を預けられる、信頼できる相手と、するようにな」


 と、ロビン薬師には、軽く心得を説かれて。


(全くもってその通りだ。遊びでなんて、するものじゃない)













 ――――――その一方、ノエルは。




(誰もかれも汚く見えてしまっていた、なんて言えば嫌われるかもしれません……)

 リスティアはまるで、ノエルがきちんと相手を見極めようとしていたかのような言い方をしていたが、少し違う。
 ノエルは常に、薄い手袋をしている。それは誰かの触れた後の扉ですら『汚い』と思ってしまうから。

 ノエルの専属侍従にも常に手袋を着用させ、一日の終わりに捨てるようにしている。それほどに徹底して、他人の痕跡を消していた。
 昔、悪質な家庭教師にべっとりと触れられたり、恐ろしい贈り物をされていた際の弊害か。

 それ以降、他人と手を繋ぐことすら忌避していた。ましてや、関係する、など、眩暈がするほど無理な話。

 粘膜接触?菌の交換?一度皮を剥いで血も体液も全て洗い直してきたとしても無理。例外はアルバートだけで、幼馴染で、ノエルのことをよく分かっているため、接触しないように自然と距離を取ることが出来るから。

 ノエルはそんな面倒くさい男と自覚している。……リスティアの前、以外では。

 不思議とリスティアだけは全く気にならない。リスティアの透明感や凛とした強さ、時折みせる恥じらい…………むしろ積極的に触れて困らせたいと思うようになっていた。








 ーーーーーーーー



 リスティアの薬師見習いの勉強は、もともと暗記系が得意ということや、手先が器用ということもあって、才能が開花した。つまり、ほとんど一度か二度調合すれば難なく作れてしまうし、既存の調合レシピよりも改善させることすら出来るようになった。

(もしかして僕の秀でる一分野は、錬金術なのかも……)

 花紋持ちオメガは一芸に特化する。前回は曖昧だったそれは、ここへきて明確になりつつあった。

 それを裏付けるように、リスティアの肩に留まっているチェチェは、完全な球体から、耳が生えるという成長を遂げていた。三角の、ちょこんとした可愛らしい耳。毛もふわふわのもさもさしたものがたっぷりと生えて。

 リスティアの喜びに反応するらしく、ノエルとアルバートの待ついつもの席に向かう時は、ぴこぴこと震えるのが、リスティアは少し恥ずかしかった。心の内を知られてしまっている。


「癒される……」

「そこに、いるのですか……」


 チェチェの見えないアルバートは、不思議な顔で、リスティアの手の動きを見ている。空中を撫でているように見えているらしい。いつか皆んなにも見えるといい、と思いながら、ふわふわの毛並みを堪能した。


「小さい生き物は、好きです。いつか、俺にも姿を見せてくれるでしょうか」

「うん、成長しきるとそういうことも出来るようになるみたい。楽しみだね」

「はい」


 大錬金術師の本には、そう書いてあった。どんな姿になるのかは、魔力の持ち主次第だそう。
 常に一緒にいてくれるため、リスティアはこの不思議な人工精霊をもう手放せない程、馴染んでいた。










 その頃になると、リスティアの不名誉な噂は、残念ながら収束してしまった。
 リスティアの茶会にも良く招待していた伯爵令息が、『お、恐れながら、あの、不快な噂は、そのぅ、消しておきましたので……』とおどおどしつつも得意げな様子で報告してきたのだ。

 その褒めてもらい待ちの表情を見ては、何も言えない。善意からくる行為だ。
 リスティアはかろうじて『ありがとう……た、助かりました』と労わるしかなかった。



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