上 下
71 / 72
番外編

9 子作り 前 ※妊娠表現あり

しおりを挟む
コト。

ひとつまみほどの小さな瓶に入れられた、紫色に輝く液体。
ついに、ついに、これを飲む時が来た。



クライヴ様はルイ様としての商会を、僕は絵本を初めとした子供を支援する商会を運営して、軌道に乗っている。故に、資産や収入に不安は無い。


妊娠中はお酒も飲めないし、お茶の種類にも気をつけなければならないし、無属性の魔術しか使えない。
僕は結界も、治癒も使えなくなる。その為、結界や治癒の魔術符を作りに作って溜めてきた。

多分二年くらい妊娠していても大丈夫。いや、妊娠期間はほんの半年なのだけれど。


僕たちが子作りするにあたって、産婆さんが付いた。なんと恐れ多くも、現在も水の巫子として活躍している、ユエラ様。
70代の彼は、もう移動も大変だからと言って、伴侶であるモーリス様と一緒に、僕たちと同じ屋敷に越してきたのだ。めちゃくちゃ心強い。


ユエラ様は50代を過ぎたあたりから薬師兼産婆としてもやっていて、超ベテラン。クライヴ様も遠縁ではあるし、僕も後輩にあたるからと、この依頼を引き受けてくださった。


そんなユエラ様に作成していただいた妊娠薬。
覚悟はできた。
栓を開け、一気に胃へ流し込む!


「……っ、うう……」

「大丈夫か?ほら、口直しだ」


青臭い?泥臭い?見た目は透き通っているのに、ドロドロと舌に、喉に張り付くよう。

クライヴ様が、口元にコップをあてがってくれた。果実水だ。ごきゅごきゅと飲んで、一掃する。はぁ、なんとか、なった……!?


「はっ、……はっ……!」

「効いて、きたようだな」

「はい……、クライヴさま……っ」


身体が熱ってきた。ああ、核が、腹に出来始めたのだ。

クライヴ様が僕に覆い被さってきて、その日は、長い長い夜となった。













妊娠薬を飲むと、赤ちゃんの元になる核が腹に出来る。そこにパートナーの精を受けて、成功すれば赤ちゃんの種が出来るという。成功率は25%。

だから、失敗してもまた作って貰えばいい。一度作成したら、次からは割と作りやすいらしいので。

……たった一晩で授かるとは思っていなかったけれど。
一回、とは言わない。一晩、である。クライヴ様から、『絶対に孕ませる』という意気込みが伝わってくるほどにどろどろに抱かれた。

男の妊婦は腹が出てくる訳ではないけれど、魔力の塊がお腹にのしかかっているような感じだ。なんとなく、重い。

ぽやぽやして、時に具合が悪くなったり、吐きたくなったり、眠たかったり。身体は常にだるくて、そして、魔力が常に減る。


「ああ……あー、うー、」

「大丈夫?シュリちゃん」

「はい……うっ、もう一つ、ポーションを……」

「はいはい。ゆっくりね」


自分で作った魔力回復ポーションを飲むけれど、効果は微々たるもの。僕の魔力量の多すぎるのが悪いのか、少し、具合が良くなる程度だ。

ユエラ様が、孫を微笑ましく見るような感じでお世話してくれるのがありがたい。










妊娠中の僕は、誘拐しやすい、格好の餌食である。なぜなら、得意の水属性魔術は使えないし、そうでなくとも感覚が鈍っていて動けないから。

一応、屋敷の周りは厳重な警備がされているし、護身の為にスイちゃんたちやエディを召喚している。


以前ならこの程度の魔力消費は微々たるものなのだが、こう、妊娠してから分かった。結構、思った以上に減るみたい。


そうなると、魔力を注いで欲しくなるのは仕方のないことで。


「シュリエル、帰った。具合はどうだ?今日もつらいか……?」


ご公務から帰宅してきたクライヴ様は、シャワーを浴びて埃を落としてから、速攻僕の部屋へ来る。それは嬉しい。嬉しいけれど、なんというか、羨ましくもある。

僕の身体は僕でないものに支配されて、常に魔力不足でぐらぐらする。そのため、歩くのも常に誰かと一緒だし、寝ていても具合が悪い。だから、体調万全のクライヴ様を羨んでしまう。


「クライヴさま……抱っこ……」

「!わ、わかった……!いつまでもする」

「少しでいいので……」


クライヴ様に抱きついて、重い腕の中に囲われて、やっと深く息が吸える。
ああ、やっぱり、赤ちゃんも喜んでいるのかな。お腹もぽっ、とあったかい気がする。

もぞもぞと良いところを探して、収まる。


「かわいい……」

「クライヴさま、……その」

「ああ、任せろ」


言い淀んだ言葉の先は、クライヴ様の想像通り。
熱った身体を押し付けると、もう既に固くなったものと擦れて。

口付けあい、肌を重ねて、一つになる。

こんなふうにして、クライヴ様の魔力を取り込んで、それが、僕たちの赤ちゃんを育てる栄養になるのだ。






男の妊婦がどのくらいつわり症状に悩まされるのかと言えば、おそらく、ほぼ全員が、重た目の吐き気と怠さを訴えるらしい。


「シュリちゃんは魔力が豊富だけど、それとつわりは関係ないからねぇ。クライヴくんが溺愛しているから、魔力不足の心配をしなくていいのはいいね」

「う……でも、ユエラ様。本当に僕、氷しか食べられないんです……」

「赤ちゃんは至って健康だから大丈夫!シュリちゃんは辛いけどねぇ。出産まで続くけど、いざとなったら点滴もあるからね」


ユエラ様の、柔らかなお手で背中を撫でられると、意味もなく泣けてくる。情緒不安定すぎる。

けれど、クライヴ様がお仕事で家を開けている間、ユエラ様たちがいてくださって良かった。いつでも不安なことがあれば聞きに行けるし、モーリス様が庭で素振りをしている姿を見ると、なんだか安心するから。


お二人とも40代に見えるほど若々しく、特にモーリス様は、70代というのに筋骨隆々だ。今でも毎日乾布摩擦と鍛錬は怠らないという。


こうして庭を眺められる茶室で、ユエラ様と二人お茶を飲んでいる。ユエラ様は、のほほんとした綿毛みたいな方だ。癒される。アランと雰囲気が似ているのも、ほっとする要因なのかもしれない。


「シュリちゃんも少しは歩けたらいいんだけどねぇ。動いて血行を良くしなきゃ、健康に悪い。クライヴくんに言っておこうね」

「はい……お願いします」


妊娠が判明してからというものの、クライヴ様の過保護に磨きがかかった。部屋から出してくれないのだ。
常に僕の具合が悪いというのもあるけれど、ちょっと、鬱陶しい……なんて、思ってはいけない。

ああ、僕って本当に性格が悪い。こんなに大事にしてくれているのに、少し庭に出て外の空気を味わうくらい、させてくれたっていいのにと思ってしまう。
彼の行動に制限は一切ないというのが、余計に、羨ましいというか、恨めしいというか。

世の妊婦さんは、皆んなこのような気持ちになるのだろうか?







次のクライヴ様の休日になって、ようやく僕は庭を散歩することが出来た。


「ああ……やっぱり、気持ちいい、です」


花の香り。草の青い香り。
頬や髪を撫でていく風も、じんわり身体を温めてくれる陽の光も。

僕って実は葉っぱなのかもしれない。こんなに外の空気が美味しいなんて。


「良かった。最近、君の笑顔が見れなくて心配していたんだ」

「すみません。その……時々は、やはりこうして外を歩かせて頂けると、嬉しいのですが」

「それは……俺がいない時に、か?」


クライヴ様が、眉根を下げる。負けないように、僕は少し早口になりながら、懇願した。


「ユエラ様からも、聞いていますでしょう?適度な運動をしなくては、どんどん身体が衰えてしまいます。それに、ずっと閉じ込められていては気鬱にもなりやすい。どうか、この美しい庭を眺めることを、お許しください……」

「……従魔とモーリス様と一緒ならば。仕方ない。すまないな。彼を信用していない訳ではない。ただ、もうご高齢の彼は、何かあったとして咄嗟には動けないから……」

「それは、護衛騎士がいるではないですか」

「しかし、数は十分でない。集団で一気に忍び込まれたら?どこか陽動されて隙が出来たら?……心配すればキリがないことは分かるのだが」

「スイちゃんたちもいますから。ね?クライヴ様、そんなことを言うなら、お仕事を全部放り出して僕と一緒にいてください。それなら、閉じ込められていても全く構いませんから」


はた、とクライヴ様が止まった。
えっと、冗談だから、気にしないで……?







クライヴ様は本当に公務を縮小された。

どうしても、というものだけに一時的に絞ったらしく、ほぼ一緒に過ごせるようになったのだ。

こうして、庭に用意された寝椅子に寝そべりながら、僕を後から抱きかかえ、お腹を撫でてくださる。
ぽかぽかするし、クライヴ様に守ってもらえている安心感もあるし、そもそも妊娠中だからか、うとうととしてくる。

クライヴ様とくっついていると、とても気分が良くて。
具合が悪くて眠るのとは違う。圧倒的気持ちよさの中で眠ることができる。


さわさわ。
風か、あるいはクライヴ様が、撫でてくれる。ふと、小さな声が聞こえて。


「よく眠れ。辛い思いをさせてすまない。……愛している、シュリエル」






※次回で終わります




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

【完結】消えた一族の末裔

華抹茶
BL
この世界は誰しもが魔法を使える世界。だがその中でただ一人、魔法が使えない役立たずの少年がいた。 魔法が使えないということがあり得ないと、少年は家族から虐げられ、とうとう父親に奴隷商へと売られることに。その道中、魔法騎士であるシモンが通りかかりその少年を助けることになった。 シモンは少年を養子として迎え、古代語で輝く星という意味を持つ『リューク』という名前を与えた。 なぜリュークは魔法が使えないのか。養父であるシモンと出会い、自らの運命に振り回されることになる。 ◎R18シーンはありません。 ◎長編なので気長に読んでください。 ◎安定のハッピーエンドです。 ◎伏線をいろいろと散りばめました。完結に向かって徐々に回収します。 ◎最終話まで執筆済み

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

俺の婚約者は、頭の中がお花畑

ぽんちゃん
BL
 完璧を目指すエレンには、のほほんとした子犬のような婚約者のオリバーがいた。十三年間オリバーの尻拭いをしてきたエレンだったが、オリバーは平民の子に恋をする。婚約破棄をして欲しいとお願いされて、快諾したエレンだったが……  「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」    頭の中がお花畑の婚約者と、浮気相手である平民の少年との結婚を認めてもらう為に、なぜかエレンがオリバーの父親を説得することになる。  

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...