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31 決闘……?

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「も……もう無理……」


ユノさんはもうすっかりヨレヨレになっていた。

ギルドからそう離れていない、広場で行われた決闘。ユノさんが杖で僕に襲いかかる前に、僕はマシロにお願いをして、ユノさんとダンスをしてもらった。風でふわりと浮き上がらせ、細い水の糸で振り付けまでして。

マシロは僕以外には見えないので、ユノさんが一人で踊っているよう。


「もっ……目が……回っ……」


好き勝手に動く身体に、混乱しているユノさん。ちなみにイメージしているのは激しく体力を使いそうな、インド系舞踊。ひらひら、くるりくるりと華麗なステップ。

精霊の力は、人を傷付けられない。それを知っているし、人間が好きなマシロに、嫌なことを命じたくない。それで、僕は楽しくなるような魔法をお願いした。


しかし、僕もユノさんも決定打を出さない(出せない)から、ユノさんは息も絶え絶えの状態。観客は好き勝手に歌い出したり、拍子をとったりして、決闘というよりショーの盛り上がりだ。

けれどこの状態でもう、1時間は踊っている。さすがに体力も尽きてきたのか、ふらふらしてきたみたいだ。一方、マシロは楽しそうにしているし、僕は全くの無傷でピンピンしている。


「まだいけます?」

「いやっ、も、もう無理……っ!降参します……」


魔法を解くと、ユノさんは崩れ落ちたまま起き上がらなくなった。ふう、勝った。
この魔法の難点は、対象がマシロの認めるくらい可愛くないといけないこと。なので襲いかかってくる破落戸には使えない。残念。

審判を務めていたシガールさんは、引き攣った表情で結果を告げる。


「勝者、ロキ!決闘の勝者はロキです!」


野次馬たちは、いやぁ可愛かったな、なんて満足気に言いながら散らばっていった。うん、ユノさんの一人発表会だったな。


「じゃあ、もう二度と僕に関わらないで下さいね。直接的にも間接的にも」

「あたしだって!こんな、性格悪いなんて知らなかったもん!ふんっ!」


お、それは何より!
僕は言質を取ったので、ユノさんに手を翳した。


「ふふ、その言葉は何よりです。『言霊』――この者は、今後ロキを忘れる」


魔力を乗せた言葉が、ユノさんの中に吸い込まれていく。これも、今回考えてきた新しい魔法だ。本人が同意していることもあって、素直に定着した『言霊』が、効力を発揮する。


ぐりん、とユノさんはそっぽを向いて、ふらふらと起き上がり、一言も発さずに立ち去っていく。うん、もう彼女は僕を視界に入れることもないだろう。


「な、な、何をしたんですか……?」

「おまじない、です。別に彼女にとって不利益な事ではないから、問題ないでしょう?」

「ん……そうなのでしょうか……?」


感覚狂ってきた、とシガールさんは額を抑えていた。確かにこの魔法、悪用しようと思ったら出来てしまう。『洗脳』とかね。

多分精霊は、人間の意思を変えようとする『洗脳』は人を傷つけると見做さないんじゃないかなぁ。怪我をする訳でもないから。マシロも良く分かってなさそうだった。


ただのおまじないの域を出ないこの魔法は多分、僕を虐待してきた宿屋一家には使えないだろう。彼らは僕から利益を貪ってやるという執念を持つ。『僕に関わらない』という、彼らの意志を反する行動を植え付けたいのなら、それは洗脳という『呪い』だ。かける僕にも何らかのリスクを負いそう。

もう諦めているといいのだけど。いや、もう僕のことなんか忘れているといい。














その後、ユノさんは組める相手も見つからず、一人で薬草採取をする勇気もなく――目の前で一人死んでいるしね――素行の悪い先輩冒険者と組んでいるようだった。

引き攣った笑いで彼らの機嫌を取る彼女は、冒険者ではなく他の職についた方が良いとも思うけれど、それは彼女の選択だ。僕の口を出す事ではない。

ということで僕は安心して、迷宮攻略に向けて取り組める。

今回は、暑さ対策のため、僕のトレードマークともなっている空色のローブに直接、『快適温度保持』の魔術陣を描いてきた。インクにしている液体の魔力が無くなると効果が無くなってしまうので、ありったけ魔力を込めてきた。さて、どれくらい持つかな。

快適温度を保つよう、ずっと魔法を行使し続けるのは脳が疲れる。そうなると、咄嗟の判断が出来なくなったり、油断を誘うから、出来るだけ同時に使う魔法は少なくしたい。

光る球をふよふよ浮かせる魔道具も作った。この、日差しの強いジャングルの中ではあまり使わないかもしれないが、『体力回復の指輪』に組み込んだ。どうやって?ギンに魔石と指輪を渡したら、トパーズの横に、アメジストみたいな色の魔石が増えていた。
ギンってば、器用で可愛くて最強である。


「はぁ、涼しい……」

『良かったねぇ、ろー。今日はとてもいい顔してる』

「分かる?楽しんでる。緊張感もあるけど、迷宮探索、楽しい」


色々と魔道具を作って、探索で試して。
考えてきた魔法を、探索で試して。
少しずつ強くなっていると実感出来るし、ギンとマシロという頼れる相棒もいるし。

第三層まで来るのに一時間くらいだろうか。いちいち階層主を倒して階段を降りなきゃいけなくてそれは面倒なのだけど、それでも一直線に来ればそれ程時間はかからない。階層主部屋の前で並んでいる時間の方が長い。

第三層にいるファングボアは、やや大きい個体が多いだろうか。第一層の階層主だった、レッドファングボアも、普通にちらほらと見かける。
肉の味は変わっても、質は変わらないのが残念だ。サクサクと切り捨ててマッピングを続け、最後の階層主、つまり、『迷宮主』の部屋を見つけた。

ジャングルのように密集して繁った、やたら大きい木の葉に隠されるようにして、その扉はあった。

なんせ、その前にランスさんがいたのだ。金髪碧眼のきらきらしたランスさんは、とても目立つ。周囲の筋肉自慢の冒険者たちが、引き立て役のように霞んで見えた。


「ランスさん、まだいたんですね」

「ああ、ロキ。そうなんだ。なかなかライトニングファングボアが出なくてね。今日もこれで、3回目」

「滅多に現れないんでしたっけ?」

「そう。でもフォルナルク全体では月に一辺くらいは市場に出てるみたいだから、数こなせば出るはずなんだ。もうアクアファングボアはしばらく見たくないね……」


通常の迷宮主は水ファングボアらしい。他のファングボアと違い、水で覆われていて、水系の魔法が無効。そして水球を放つ。


「水ファングボアって美味しいんですか?」

「いや、これが美味しくないんだ。水っぽくて、味が薄い。普通のボアの方が美味しいよ」


がっくりと項垂れるランスさんは、なかなか運がない。僕の目的は攻略だから、水ファングボアでも構わない。


「俺はもう少しモチベーション上げてから再挑戦するよ。先にどうぞ」

「ありがとうございます。頑張ってくださいね」


ランスさんに頭をひとしきり撫でられてから、扉を潜った。
そこに現れたのは、水ファングボアと……雷ファングボア。え、同時に出ることあるのか。

若干戸惑って初動が遅れ、水球が打ち込まれる。咄嗟に避けたところにギンがいて、水球を跳ね返した。


「ナイス、ギン!」


水を被った二匹のボア。雷ファングボアが牙を帯電させて、僕に向かってくる!

鉄剣で何度か跳ね除けて軌道を変えている内に、雷ファングボアの電流が水を伝り、水ファングボアが倒れる。えっ、仲間を巻き込んでいるじゃないか!


「一度に出したらダメな組み合わせって、分からなかったのかな?っ、」


もう一度突っ込んできた雷の奴。一匹になったので落ち着いて、横薙ぎに切り裂く。血飛沫を上げながら倒れるファングボアに、念のため同じ所をザクっと深く突き刺して、出来上がりだ。

宝箱や収穫を収納して、ふと振り返ると……バチィッと目が合う。

小さなガラス窓越しに、ランスさんの恨みがましい視線が刺さるようだ。えへ、と頭を掻いて、二匹を魔法鞄――に見せた亜空間収納へと仕舞う。
初攻略記念の宝箱が出た。うわ、何が出るかなぁ?

僕はギンに開けさせたが、罠は無く、中には空間に関する魔法書が入っていた。
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