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3章 夏:再会篇
2 傘に隠れる
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「やっと着いた!」
バスから降りて走ったが、けっこう濡れてしまった。
この図書館は公園の中にあるので、けっこうバス停と距離があるのだ。
図書館のエントランスで立ち止まれば、濡れたスカートが太ももにはりついて気持ち悪かった。
「はあ。明日にすればよかったかな」
来たことを少し後悔しながら、ゆきは傘を傘入れにさしてから建物の中に進んだ。
室内は本のせいかどこか埃っぽいにおいがする。
(ああ、でもやっぱり図書館はいいなあ)
たくさんの本を見ると、ゆきはテンションが上がる。
はたから見たら無表情の子かもしれないが、ゆきの内心はニコニコだった。
(そうだ。梅のレシピ探してみよっかな)
ゆきのバックパックの中には、梅酒と梅シロップの瓶と梅干のタッパがしっかり入っている。
重いけれど幸せの重みだった。
(たくさんもらっちゃったし、アレンジレシピを試してみたいんだよね。うまくいったら、大樹さんに銭湯で出してもらえるか提案してみようかな)
そうと決まれば、カウンターに向かって本を返してしまおう。
(料理本のコーナーは2階にあったはずだよね。ふふ、楽しみ)
せっかくきたのだからと、いそいそと向かう。
2階に上がると、休日でいつもより人が多い気がしたが、それでも閲覧席には空席が目立った。
ささやくように鼻歌を口ずさみながら、ゆきは本棚のあいだを進んでいく。
東京にいた頃も図書館通いをしていたゆきは、この図書館にもすぐになれた。
勝手知ったる場所なので、迷わず料理本のコーナーにたどりついた。
気になるタイトルに目移りしながら、ゆきは保存食のレシピ本が納められた一角に手を伸ばす。
タイトルをひとつひとつ丁寧に指でなぞっていくと、一番上の棚に目当てのものを見つけた。
「あ、これいいかも」
梅シロップのレシピ本らしい。
きっとアレンジ方法も載っているだろうと、指先をのばす。
届きそうで届かない。
つま先立ちになって奮闘するも、なかなか取り出せないでいると、ふいにゆきの顔に影がかかった。
「これかな?」
話しかけられ、ゆきは驚きすぎて固まった。
答えられないでいるゆきを気にすることなく、背の高い男の子が本に手をのばす。
それはゆきが取ろうとしていた本だった。
「はいどうぞ」
はにかむようにわらった彼が、ゆきの目当ての本を手渡してくれる。
見たことのない顔だった。
同じ年くらいの子だろうか。
「……ありがとうございます」
動こうとしない彼に、お礼を言った。
すると、顔をのぞきこまれた。
近い距離に少年の顔がせまり、ゆきは慌ててしまう。
「あの、もう少し離れてください」
「はは。なんで敬語? それより、どこ高の子? ここにはよくくるの?」
矢継ぎ早の質問と近い距離に、身がすくむ。
離れてほしくて、ゆきは何も言わずに彼に背を向けようとした。
なのに、彼は行かせてはくれない。
手首をつかまれてしまい、ゆきは小さく息をのんだ。
「待ってよ。少しだけ話そうよ」
つかまれた手首の熱さに、ゆきは言葉を失う。
さわやかな容姿の彼が変質者だと思ったわけじゃない。
それでも、勝手につかまれた腕が気持ち悪くて、ゆきは鳥肌がたつのを止められなかった。
「ね? あっちに談話室あるから。ジュースおごるよ?」
ゆきが何も言えずにいると、男の子は「それ持ってあげるよ」と親切そうに本を指さした。
おずおずと渡すと、彼はそれを両手に抱えてくれる。
腕が離れた。
そう思った瞬間、ゆきは今度こそ、彼とは別の方向に走り出した。
「あ! ちょっと!」
図書館では大きな声が後ろに聞こえた。
ゆきは振り返らなかった。
2階から駆け下りる。
そのまま、雨の中を走りだそうとして、ゆきはふいに足を止めた。
「……まりなちゃん?」
公園の遊具が見える方向に、見慣れた少女の顔が見えたのだ。
赤い傘をさしている見慣れたツインテールに、ゆきはほっとした。
息をととのえながら、後ろを見る。
さっきの少年が追ってくる気配はなかった。
(よかった。いない)
まさか、知らない少年に話しかけられるとは思わなかった。
別に怖いことをされたわけじゃないけれど、つかまれた腕はいまも鳥肌が立っていた。
大樹が気を付けるように言ってくれてたのに、ふがいない。
(ナンパだったのかな……。私に声をかけるなんて、だいぶ趣味が特殊な人だったのかもしれないけど)
つかまれていた手首をさすりさすり、傘に手をかけた。
まだ話し込んでいる様子のまりなのもとに、向かおうと思って、まりなが誰かといるのに気づく。
(あ、でも、友だちと一緒なのかな?)
まりなの正面には、少し大柄の男の人らしき傘があった。
(デート中? 言ってた東京の男の子かな?)
邪魔はしたくなかったけれど、早くこの場を離れたい。
挨拶だけして帰ろうと、歩き出そうとし、ーーゆきは固まった。
まりなの前にいる男が持っている傘の角度が変わり、顔が見えたのだ。
(ーーうそでしょ?)
ゆきは、後ずさった。
信じられない光景なのだ。
疑問だけが、頭を占領する。
(ーーなんで、優くんがいるの?)
ゆきには、その男が『松下優』に見えるのだ。
エントランスのドアから距離をじりじりととりながら、ゆきはとっさにドアの陰に隠れる。
心臓の音だけが、妙に耳に響いていた。
バスから降りて走ったが、けっこう濡れてしまった。
この図書館は公園の中にあるので、けっこうバス停と距離があるのだ。
図書館のエントランスで立ち止まれば、濡れたスカートが太ももにはりついて気持ち悪かった。
「はあ。明日にすればよかったかな」
来たことを少し後悔しながら、ゆきは傘を傘入れにさしてから建物の中に進んだ。
室内は本のせいかどこか埃っぽいにおいがする。
(ああ、でもやっぱり図書館はいいなあ)
たくさんの本を見ると、ゆきはテンションが上がる。
はたから見たら無表情の子かもしれないが、ゆきの内心はニコニコだった。
(そうだ。梅のレシピ探してみよっかな)
ゆきのバックパックの中には、梅酒と梅シロップの瓶と梅干のタッパがしっかり入っている。
重いけれど幸せの重みだった。
(たくさんもらっちゃったし、アレンジレシピを試してみたいんだよね。うまくいったら、大樹さんに銭湯で出してもらえるか提案してみようかな)
そうと決まれば、カウンターに向かって本を返してしまおう。
(料理本のコーナーは2階にあったはずだよね。ふふ、楽しみ)
せっかくきたのだからと、いそいそと向かう。
2階に上がると、休日でいつもより人が多い気がしたが、それでも閲覧席には空席が目立った。
ささやくように鼻歌を口ずさみながら、ゆきは本棚のあいだを進んでいく。
東京にいた頃も図書館通いをしていたゆきは、この図書館にもすぐになれた。
勝手知ったる場所なので、迷わず料理本のコーナーにたどりついた。
気になるタイトルに目移りしながら、ゆきは保存食のレシピ本が納められた一角に手を伸ばす。
タイトルをひとつひとつ丁寧に指でなぞっていくと、一番上の棚に目当てのものを見つけた。
「あ、これいいかも」
梅シロップのレシピ本らしい。
きっとアレンジ方法も載っているだろうと、指先をのばす。
届きそうで届かない。
つま先立ちになって奮闘するも、なかなか取り出せないでいると、ふいにゆきの顔に影がかかった。
「これかな?」
話しかけられ、ゆきは驚きすぎて固まった。
答えられないでいるゆきを気にすることなく、背の高い男の子が本に手をのばす。
それはゆきが取ろうとしていた本だった。
「はいどうぞ」
はにかむようにわらった彼が、ゆきの目当ての本を手渡してくれる。
見たことのない顔だった。
同じ年くらいの子だろうか。
「……ありがとうございます」
動こうとしない彼に、お礼を言った。
すると、顔をのぞきこまれた。
近い距離に少年の顔がせまり、ゆきは慌ててしまう。
「あの、もう少し離れてください」
「はは。なんで敬語? それより、どこ高の子? ここにはよくくるの?」
矢継ぎ早の質問と近い距離に、身がすくむ。
離れてほしくて、ゆきは何も言わずに彼に背を向けようとした。
なのに、彼は行かせてはくれない。
手首をつかまれてしまい、ゆきは小さく息をのんだ。
「待ってよ。少しだけ話そうよ」
つかまれた手首の熱さに、ゆきは言葉を失う。
さわやかな容姿の彼が変質者だと思ったわけじゃない。
それでも、勝手につかまれた腕が気持ち悪くて、ゆきは鳥肌がたつのを止められなかった。
「ね? あっちに談話室あるから。ジュースおごるよ?」
ゆきが何も言えずにいると、男の子は「それ持ってあげるよ」と親切そうに本を指さした。
おずおずと渡すと、彼はそれを両手に抱えてくれる。
腕が離れた。
そう思った瞬間、ゆきは今度こそ、彼とは別の方向に走り出した。
「あ! ちょっと!」
図書館では大きな声が後ろに聞こえた。
ゆきは振り返らなかった。
2階から駆け下りる。
そのまま、雨の中を走りだそうとして、ゆきはふいに足を止めた。
「……まりなちゃん?」
公園の遊具が見える方向に、見慣れた少女の顔が見えたのだ。
赤い傘をさしている見慣れたツインテールに、ゆきはほっとした。
息をととのえながら、後ろを見る。
さっきの少年が追ってくる気配はなかった。
(よかった。いない)
まさか、知らない少年に話しかけられるとは思わなかった。
別に怖いことをされたわけじゃないけれど、つかまれた腕はいまも鳥肌が立っていた。
大樹が気を付けるように言ってくれてたのに、ふがいない。
(ナンパだったのかな……。私に声をかけるなんて、だいぶ趣味が特殊な人だったのかもしれないけど)
つかまれていた手首をさすりさすり、傘に手をかけた。
まだ話し込んでいる様子のまりなのもとに、向かおうと思って、まりなが誰かといるのに気づく。
(あ、でも、友だちと一緒なのかな?)
まりなの正面には、少し大柄の男の人らしき傘があった。
(デート中? 言ってた東京の男の子かな?)
邪魔はしたくなかったけれど、早くこの場を離れたい。
挨拶だけして帰ろうと、歩き出そうとし、ーーゆきは固まった。
まりなの前にいる男が持っている傘の角度が変わり、顔が見えたのだ。
(ーーうそでしょ?)
ゆきは、後ずさった。
信じられない光景なのだ。
疑問だけが、頭を占領する。
(ーーなんで、優くんがいるの?)
ゆきには、その男が『松下優』に見えるのだ。
エントランスのドアから距離をじりじりととりながら、ゆきはとっさにドアの陰に隠れる。
心臓の音だけが、妙に耳に響いていた。
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