33 / 35
3章 夏:再会篇
13 夏祭り①
しおりを挟む
オレンジ色の光が闇夜を照らす。
薄暗くなった広場には赤い暖簾をつけた屋台がひしめいていた。
そのうちのひとつで、ゆきと大樹はせっせと梅シロップのかき氷とお稲荷を手売りしていた。
「ゆきちゃん、そろそろ遊んできていいよ」
「いえ。私も働きたいので」
「まじめだなぁ。助かるけどね」
汗をかきながら大樹が笑う。
その間も2人の手は止まらず、客の列も途絶えそうもなかった。
「ゆーきちゃーん。代わるよ~」
賄いの稲荷を食べ終わった美咲が、駆け寄ってきた。
黄色の浴衣が、活発な美咲によく似合っている。
「ありがとう! じゃあ、賄い、食べてきちゃうね」
「ちょっと長く休んでおいで。ほら、正も案内してあげなよ」
美咲と一緒に戻ってきていた正が、手を出してくる。
つなげということだろうか。
見ていると、手首をつかまれた。
「いってくる!」
正にひっぱられるままに歩き出すと、後ろから「ごゆっくり~」と2人の声がした。
ゆきはつながれた手と正の顔を交互に見る。
2人きりで屋台を回れるとは思っていなかったから、こそばゆい。
「ゆきちゃんは何か食べたいものある?」
「えっと、おすすめはありますか?」
「そうだな。的屋がやってるのは高いから、町会でやってるブースに行こうか。たしか、焼きそばと焼きとうもろこしとじゃがバターがあったはずだよ」
「うわぁ。全部おいしそう」
「けっこう奥の方だったから、はぐれないようにな」
たしかに町中の人が集まっているような人ごみは、夜の熱気もありいつもより暑い気がした。
お風呂に入っているみたいな気分でいると、正が急に手のひらでゆきの口もとをおおった。
「ゆきちゃん、今日は表情が豊かで可愛いんだけど、そんな顔はあまりほかの奴に見られたくないな」
すねたような口調に、ゆきはびっくりしすぎて口をはくはくさせた。
これも、まりなが考案した作戦の一部なのだろうか。
まりなが正にも話を通しておくと言っていたけれど、こんなにイチャつくなんて聞いていない。
心臓に悪すぎて胸を押さえていると、正が「参ったな」とこぼした。
「顔がリンゴみたいに真っ赤だよ。ほかの男どもがゆきちゃんのこと見てるから、俺は気が気じゃないな」
「正さん、もう、そのへんで勘弁してください」
「何が勘弁?」
「だって恥ずかしいんです。手もつないでるし、なんか、その……」
「恋人みたい?」
いたずらっぽく続けられた言葉に、ゆきはぐうの音も出なくなる。
まだ見せつける相手も到着していないのに、正のフルスロットルの意味がわからなかった。
「店番に戻らせるのも不安だな~。こんなに可愛いんだからナンパされちゃうのも嫌だし、このまま、一緒にいなくなっちゃおうか?」
「もう! 今日の正さんは意地悪です! からかわないでください」
「はは。ごめんごめん。でも、可愛いと思ってるのは本当だよ。それに、まりなちゃんに言われるまでは、真紀のことは放っておけばいいと思ってた自分を反省したんだよ。ちゃんとスッキリさせて、向き合いたいなと思ってるから」
向き合いたいとはどういう意味なのだろうか。
それ以上は語らず、正は人ごみの中を器用に進んでいく。
つながれた手がなかったら、すぐに迷子になりそうだった。
「ゆきちゃん、あっちだよ。今日はおばあもこっちで参加してるから挨拶に行こうか」
指さす方向に、町会名の書かれたテントがあった。
その下で元気に動きまわるおばあを見つけて、ゆきは駆け寄った。
「おばあ、こんばんは」
「あらあ、ゆきちゃん。今日はとっても可愛いじゃないか。それ深雪の古着かい?」
「そうなんです! お母さんが若いころに着ていたい浴衣なんですよ」
くるりと回って見せると、おばあが手をたたいて喜んだ。
白地に朝顔が咲いていて、とても可愛い。
「とっても似合っとる! こんなに可愛いと変な男に声かけられるかもしれんから、正はちゃんと護衛をするんだよ」
正は苦笑しながらうなずいた。
一通り話をすると、おばあは持ち場に戻ってしまう。
「じゃあ、俺らも食べながら敵を待ちますかね」
敵という言葉に、ゆきは目を白黒させた。
今日の正はだいぶ好戦的だ。
(敵は、優君のこと? それとも真紀さん?)
買ってきてくれた焼きそばを口に入れながら、ゆきは首をかしげた。
「俺にもちょうだい」
焼きそばを指さされ、差し出そうとしたが、首を振られる。
ひとつしかない箸で食べさせてと目顔で言われ、ゆきは首まで熱くなった。
おそるおそる一口分をすくって、正の口に寄せる。
大きな口でそれを食べた正が、ニコニコともう一口を要求してくる。
(すごい恥ずかしい……)
いつまで続ければいいのかわからず戸惑っていると、正のスマホが鳴った。
取り出して、にやりと口の端を上げる。
「どうやら、作戦開始みたいだな」
「……もう来てるんですか?」
「うん、あそこに」
振り返ると、そこには怒りに顔を赤くした優が走ってくるところだった。
薄暗くなった広場には赤い暖簾をつけた屋台がひしめいていた。
そのうちのひとつで、ゆきと大樹はせっせと梅シロップのかき氷とお稲荷を手売りしていた。
「ゆきちゃん、そろそろ遊んできていいよ」
「いえ。私も働きたいので」
「まじめだなぁ。助かるけどね」
汗をかきながら大樹が笑う。
その間も2人の手は止まらず、客の列も途絶えそうもなかった。
「ゆーきちゃーん。代わるよ~」
賄いの稲荷を食べ終わった美咲が、駆け寄ってきた。
黄色の浴衣が、活発な美咲によく似合っている。
「ありがとう! じゃあ、賄い、食べてきちゃうね」
「ちょっと長く休んでおいで。ほら、正も案内してあげなよ」
美咲と一緒に戻ってきていた正が、手を出してくる。
つなげということだろうか。
見ていると、手首をつかまれた。
「いってくる!」
正にひっぱられるままに歩き出すと、後ろから「ごゆっくり~」と2人の声がした。
ゆきはつながれた手と正の顔を交互に見る。
2人きりで屋台を回れるとは思っていなかったから、こそばゆい。
「ゆきちゃんは何か食べたいものある?」
「えっと、おすすめはありますか?」
「そうだな。的屋がやってるのは高いから、町会でやってるブースに行こうか。たしか、焼きそばと焼きとうもろこしとじゃがバターがあったはずだよ」
「うわぁ。全部おいしそう」
「けっこう奥の方だったから、はぐれないようにな」
たしかに町中の人が集まっているような人ごみは、夜の熱気もありいつもより暑い気がした。
お風呂に入っているみたいな気分でいると、正が急に手のひらでゆきの口もとをおおった。
「ゆきちゃん、今日は表情が豊かで可愛いんだけど、そんな顔はあまりほかの奴に見られたくないな」
すねたような口調に、ゆきはびっくりしすぎて口をはくはくさせた。
これも、まりなが考案した作戦の一部なのだろうか。
まりなが正にも話を通しておくと言っていたけれど、こんなにイチャつくなんて聞いていない。
心臓に悪すぎて胸を押さえていると、正が「参ったな」とこぼした。
「顔がリンゴみたいに真っ赤だよ。ほかの男どもがゆきちゃんのこと見てるから、俺は気が気じゃないな」
「正さん、もう、そのへんで勘弁してください」
「何が勘弁?」
「だって恥ずかしいんです。手もつないでるし、なんか、その……」
「恋人みたい?」
いたずらっぽく続けられた言葉に、ゆきはぐうの音も出なくなる。
まだ見せつける相手も到着していないのに、正のフルスロットルの意味がわからなかった。
「店番に戻らせるのも不安だな~。こんなに可愛いんだからナンパされちゃうのも嫌だし、このまま、一緒にいなくなっちゃおうか?」
「もう! 今日の正さんは意地悪です! からかわないでください」
「はは。ごめんごめん。でも、可愛いと思ってるのは本当だよ。それに、まりなちゃんに言われるまでは、真紀のことは放っておけばいいと思ってた自分を反省したんだよ。ちゃんとスッキリさせて、向き合いたいなと思ってるから」
向き合いたいとはどういう意味なのだろうか。
それ以上は語らず、正は人ごみの中を器用に進んでいく。
つながれた手がなかったら、すぐに迷子になりそうだった。
「ゆきちゃん、あっちだよ。今日はおばあもこっちで参加してるから挨拶に行こうか」
指さす方向に、町会名の書かれたテントがあった。
その下で元気に動きまわるおばあを見つけて、ゆきは駆け寄った。
「おばあ、こんばんは」
「あらあ、ゆきちゃん。今日はとっても可愛いじゃないか。それ深雪の古着かい?」
「そうなんです! お母さんが若いころに着ていたい浴衣なんですよ」
くるりと回って見せると、おばあが手をたたいて喜んだ。
白地に朝顔が咲いていて、とても可愛い。
「とっても似合っとる! こんなに可愛いと変な男に声かけられるかもしれんから、正はちゃんと護衛をするんだよ」
正は苦笑しながらうなずいた。
一通り話をすると、おばあは持ち場に戻ってしまう。
「じゃあ、俺らも食べながら敵を待ちますかね」
敵という言葉に、ゆきは目を白黒させた。
今日の正はだいぶ好戦的だ。
(敵は、優君のこと? それとも真紀さん?)
買ってきてくれた焼きそばを口に入れながら、ゆきは首をかしげた。
「俺にもちょうだい」
焼きそばを指さされ、差し出そうとしたが、首を振られる。
ひとつしかない箸で食べさせてと目顔で言われ、ゆきは首まで熱くなった。
おそるおそる一口分をすくって、正の口に寄せる。
大きな口でそれを食べた正が、ニコニコともう一口を要求してくる。
(すごい恥ずかしい……)
いつまで続ければいいのかわからず戸惑っていると、正のスマホが鳴った。
取り出して、にやりと口の端を上げる。
「どうやら、作戦開始みたいだな」
「……もう来てるんですか?」
「うん、あそこに」
振り返ると、そこには怒りに顔を赤くした優が走ってくるところだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
ブループリントシンデレラ
ばりお
キャラ文芸
自分の肌の色も、目の色も、髪の色も、大嫌いだった。
何でこんな風に産まれたんだろう。神様は不公平だ。ずっとそう思ってた。
人より劣っている自分を、どうにかして隠したかった。変えたかった。
……でも本当は逆だった。
ただそのままを好きになってあげたかった。
何も変えない自分を認めてあげたかった。
この姿を選んで生まれて来た俺に、誇りを持ちたかったんだ!!
(心の弱さと劣等感を抱えた一人の男の子が、勇気を出して目を覚ましていくまでの物語)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる