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29 食べたいのはどの部分①
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金曜日の夜はすぐに来た。
早々に仕事を切り上げ、お泊まり用セットを詰めたバッグを持って、コンビニの中で待つ。
雑誌コーナーの前で、外を見ていると、大神との約束はウソだったような気がしてくる。
(本当に来るのかな)
雑誌のほとんどがテープで留められているので、表紙だけをぼんやり眺める。
女性ものの雑誌を見ていると、「彼とのお泊まりデートコーデ」や「初めてのデートのマストアイテム」などの特集が目に入ってきて、困る。
デートなんかじゃない。
お金をもらって会う、ただそれだけの行為だ。
でも、夜のお仕事をしている羊子にとっても、プライベートで客と会う行為は初めてで、どうしても緊張してしまうし、少し怖かった。
ため息をつこうとした時、握りしめていたスマホが震えた。
画面を見ると、大神の名前が表示されている。
慌てて出ると、ゆったりとした大人の男の声が聞こえてきた。
「もうすぐコンビニの近くに到着するよ。道路の方へ出てこれるかい?」
「はい。いまコンビニの中なので出ますね」
急いで出ると、ちょうど黒塗りの車が緩やかに停車するところだった。
サッと降りてきた運転手が、ドアを開けてくれる。
駆け寄った羊子は、会釈をしてから、ドアの中を覗いた。
大神がもてあました長い足を組んで座っている。
「今晩は、社長。今日はよろしくお願いしますー」
「ああ。早く乗るといい」
目顔で隣を示され乗りこむと、すぐに車は動き出した。
「どちらへ向かうんですかー?」
まずはディナーと言っていたはずだ。
少しお酒でも飲めば、このガチガチの緊張もほぐれるだろうと期待して聞いた。
「実はまだ仕事が残っていてね。申し訳ないが、会議が終わるまで待っていてもらってもいいだろうか」
「そうなんですねー。構いませんよー」
「ありがとう」
緊張のせいか、おなかは空いていない。
お酒は入れたかったけれど、仕事だと言われてしまえば、くれとは言えなかった。
内心ため息をつきながらも、大神が会議を始めたので、出来るだけビジネスの会話は聞かないように車窓を眺める。
-----
ゆすられて、ぼんやりと目をあける。
一瞬どこにいるかわからずにいたが、大神に「おはよう」と言われてハッとした。
のぞきこまれた顔があまりに近くて、羊子の目は瞬時に見開いていた。
「お疲れのようだね」
「……寝てしまってすいません」
いつの間にかうつらうつらとしてしまったようだ。
昨夜は今日のことを考えると眠りが浅かったからかもしれない。
レストランに着いたのだろうか。
周りを確かめると、運転手が心得たようにドアを開けており、どこかの駐車場が見える。
降りなければと思って慌てると、大神の腕が背中に差し込まれた。
驚いて仰ぎ見ると、ひざの下にも腕が入れられ、簡単に抱き上げられてしまう。
「まだ寝ぼけているようだから、運んであげよう」
「自分で歩けます! おろしてください!」
「これでも鍛えているから君くらい軽いものだよ。部屋まで運ぶからじっとしていなさい」
バタバタと足をばたつかせながら、言われた言葉に反応した。
「部屋ってなんですか?」
「俺の部屋だ。食事はもう用意させてあるから安心して」
(全然安心できないんですけど! え? なんで部屋?)
暴れるも、まったく腕はびくともしない。
大神はしてやったりといった顔で笑っている。
(逃げ場がないよ、どうしよう)
エントランスを通り、生体認証のドアがなんなく開く。
こんなセキュリティの高いマンションをどうやって逃げていいのか、羊子には見当もつかなかった。
(……だまされた)
また、いいようにされてしまったのだ。
どこに行くかもきっとわざと黙っていたに違いない。
泊まることはなかば了承させられていたが、逃げる気満々だったのに。
実は食事をしている間に電話をかけてもらえるようにコンパニオン会社の同僚にお願いしていたのだが、こんな密室に連れ込まれては、果たして逃げられるのだろうか。
逃がす気のない大神の本気を感じて、羊子はつばをのむこむ。
「レストランに行きたかったんですが」
「じゃあ次回はそうしよう」
「ケーキだって食べたかったし」
「ちゃんと用意してあるよ」
口でも力でも、まったく勝てそうにない。
どうしたらいいかわからず、羊子はただうなだれた。
早々に仕事を切り上げ、お泊まり用セットを詰めたバッグを持って、コンビニの中で待つ。
雑誌コーナーの前で、外を見ていると、大神との約束はウソだったような気がしてくる。
(本当に来るのかな)
雑誌のほとんどがテープで留められているので、表紙だけをぼんやり眺める。
女性ものの雑誌を見ていると、「彼とのお泊まりデートコーデ」や「初めてのデートのマストアイテム」などの特集が目に入ってきて、困る。
デートなんかじゃない。
お金をもらって会う、ただそれだけの行為だ。
でも、夜のお仕事をしている羊子にとっても、プライベートで客と会う行為は初めてで、どうしても緊張してしまうし、少し怖かった。
ため息をつこうとした時、握りしめていたスマホが震えた。
画面を見ると、大神の名前が表示されている。
慌てて出ると、ゆったりとした大人の男の声が聞こえてきた。
「もうすぐコンビニの近くに到着するよ。道路の方へ出てこれるかい?」
「はい。いまコンビニの中なので出ますね」
急いで出ると、ちょうど黒塗りの車が緩やかに停車するところだった。
サッと降りてきた運転手が、ドアを開けてくれる。
駆け寄った羊子は、会釈をしてから、ドアの中を覗いた。
大神がもてあました長い足を組んで座っている。
「今晩は、社長。今日はよろしくお願いしますー」
「ああ。早く乗るといい」
目顔で隣を示され乗りこむと、すぐに車は動き出した。
「どちらへ向かうんですかー?」
まずはディナーと言っていたはずだ。
少しお酒でも飲めば、このガチガチの緊張もほぐれるだろうと期待して聞いた。
「実はまだ仕事が残っていてね。申し訳ないが、会議が終わるまで待っていてもらってもいいだろうか」
「そうなんですねー。構いませんよー」
「ありがとう」
緊張のせいか、おなかは空いていない。
お酒は入れたかったけれど、仕事だと言われてしまえば、くれとは言えなかった。
内心ため息をつきながらも、大神が会議を始めたので、出来るだけビジネスの会話は聞かないように車窓を眺める。
-----
ゆすられて、ぼんやりと目をあける。
一瞬どこにいるかわからずにいたが、大神に「おはよう」と言われてハッとした。
のぞきこまれた顔があまりに近くて、羊子の目は瞬時に見開いていた。
「お疲れのようだね」
「……寝てしまってすいません」
いつの間にかうつらうつらとしてしまったようだ。
昨夜は今日のことを考えると眠りが浅かったからかもしれない。
レストランに着いたのだろうか。
周りを確かめると、運転手が心得たようにドアを開けており、どこかの駐車場が見える。
降りなければと思って慌てると、大神の腕が背中に差し込まれた。
驚いて仰ぎ見ると、ひざの下にも腕が入れられ、簡単に抱き上げられてしまう。
「まだ寝ぼけているようだから、運んであげよう」
「自分で歩けます! おろしてください!」
「これでも鍛えているから君くらい軽いものだよ。部屋まで運ぶからじっとしていなさい」
バタバタと足をばたつかせながら、言われた言葉に反応した。
「部屋ってなんですか?」
「俺の部屋だ。食事はもう用意させてあるから安心して」
(全然安心できないんですけど! え? なんで部屋?)
暴れるも、まったく腕はびくともしない。
大神はしてやったりといった顔で笑っている。
(逃げ場がないよ、どうしよう)
エントランスを通り、生体認証のドアがなんなく開く。
こんなセキュリティの高いマンションをどうやって逃げていいのか、羊子には見当もつかなかった。
(……だまされた)
また、いいようにされてしまったのだ。
どこに行くかもきっとわざと黙っていたに違いない。
泊まることはなかば了承させられていたが、逃げる気満々だったのに。
実は食事をしている間に電話をかけてもらえるようにコンパニオン会社の同僚にお願いしていたのだが、こんな密室に連れ込まれては、果たして逃げられるのだろうか。
逃がす気のない大神の本気を感じて、羊子はつばをのむこむ。
「レストランに行きたかったんですが」
「じゃあ次回はそうしよう」
「ケーキだって食べたかったし」
「ちゃんと用意してあるよ」
口でも力でも、まったく勝てそうにない。
どうしたらいいかわからず、羊子はただうなだれた。
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