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第18話『恵梨香お姉様。少し寝ましょう。これはきっと悪い夢なのです。目覚めれば、全て終わっていますから』
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その報は突然届いた。
テオドールお兄様の研究室にアリスちゃんやローズ様が遊びに来ていた時、ドアを蹴破る様な勢いで執事さんが駈け込んで来たのだ。
「テオドール様!! アルバート様が!」
「……何かあったのかい?」
「例の魔物の攻撃に巻き込まれ、行方不明との事です」
「そうか。それは少々困った事になったね」
淡々とテオドールお兄様は答えるが、私は思わず椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとしていた。
しかし、そんな私をアリスちゃんとローズ様が止める。
「お姉様! 何処へ行くの!」
「ヘイムブルまで! 騎士さん達やアルバート様を助けなきゃ!」
「何を言っているんですか! エリカさんは!」
「エリカ。今はまだ情報が無いんだ。無理に動いても犠牲者を増やすだけだよ」
「でも」
「焦る気持ちは私も同じさ。しかし、だからこそ落ち着かなくてはいけない。冷静に状況を見極めて、己がすべきことを考えるんだ。良いね?」
テオドールお兄様の言葉に私は何も言い返す事が出来ず、元々座っていた椅子に座って、項垂れる。
そして、どうか皆さんが無事である様にと祈って、両手を握り締める事しか出来ないのであった。
そんな私を捨て置き、テオドールお兄様は息を深く吐いてから報告に来た人へ、質問をする。
「それで、状況はどこまで分かっているんだい? 新種の魔物は?」
「それが、その……」
「ん?」
「件の魔物はドラゴンであると、そう報告が」
「ドラゴン……だって?」
テオドールお兄様は椅子から半ば立ち上がると、ペンを落とし、呆然とその名を呟いた。
ドラゴン。
その名前はこの世界において、とても大きな意味を持つ。
かつて私が生きていた世界では、神様の様に扱われていたり、男の子達が遊んでいたゲームで倒されたりしていた物だが、この世界においてはたった一つの意味を表す言葉だ。
それは破壊の化身。
それが歩けば、町や都市を壊滅させる。
一度空を飛ぶために羽ばたけば、周囲のモノを全て吹き飛ばし、更地に変えてしまう。
そして、その皮膚はあらゆる魔術を通さず、武器を通さず、口から放たれる攻撃は、直撃した場所を地面ごと抉り取って、消し去ってしまうほどなのだ。
普通の人間が戦ってどうにかなる相手じゃない。
だからこそ、かつてヘイムブルに現れたとされる小型のドラゴンを、リーザ様のご先祖様が討伐した際には、英雄として称えられる事になり、彼が護った土地と人々を、彼が領主として護っていく事になった訳だ。
「……それはマズいな。ドラゴンがどこへ向かうのか分からないが、最悪いくつかの国が消える事になる。それで? ドラゴンという事は分かったが、他の情報は」
「いえ。それがまだ不明との事で」
「分かった。では王城の対策室へ私も行こう。これでも指揮経験はあるし、魔物研究の第一人者でもあるんだ。少しは役に立てるさ」
「ありがとうございます!!」
「エリカ。君はここで待っていなさい。大丈夫。そんな泣きそうな顔をしなくてもアルやガーランド卿は無事さ。それに王国騎士団だって皆強い。例えドラゴンが相手だとしても無事に帰ってくるよ」
テオドールお兄様は、涙を滲ませている私をそっと抱きしめると、背中を二度軽く叩き、頭を撫でてから椅子に座る様に言った。
「という訳だ。二人にはエリカを頼む」
「分かりました」
「テオドール様もご無事で」
「あぁ。では行こうか」
そして、テオドールお兄様は連絡に来た騎士様と共に部屋を出て行った。
私は何もする事が出来ず、ただ両手を握り合わせて祈るばかり。
しかし、どれだけ祈っても、最後に会ったアルバート様やガーランド様の笑顔が頭を過り、騎士団の人たちの事を思い出してしまい、涙を止める事が出来なかった。
「恵梨香お姉様。少し寝ましょう。これはきっと悪い夢なのです。目覚めれば、全て終わっていますから」
アリスちゃんに言われ、ローズ様に支えられ、私は奥の仮眠室で横になって眼を閉じた。
どうか。目が覚めた時、全てが終わっています様にと。
しかし、現実は残酷であった。
深い眠りの中に居た私が次に目覚めた時、聞こえてきたのはローズ様の声だった。
悲鳴の様な叫び声が部屋中に響き渡る。
「こんな、ふざけた命令! あり得ません! 国王はそれほどまでにエリカさんを」
「ローズ様」
「っ、申し訳ございません。アリスさん。ですが、私はこの事を抗議しに王城へ行きます。アリスさんはここでエリカさんをお願いします」
「いえ。どちらにせよ召集令状が出ているのですから、私は行かねば。ローズ様こそ、ここでお姉様を」
「出来る訳が無いでしょう!? 大切なお友達を、むざむざ死ぬと分かっている戦場に送り込むなんて」
「大丈夫ですって。後方支援ですし。死ぬことなんて」
「バカな事を言わないで!! 相手はその辺の魔物じゃない。ドラゴンですよ!? 後方支援だって言っても、もし万が一にでもドラゴンの視界に貴方達が入れば、消されます。助かる方法なんて、ある訳、無いじゃないですか」
「ローズ様……泣かないでください」
「泣いて、なんて。私は、何も出来ないのに、私じゃ王の命令を撤回させるだけの力が」
「足りないのなら、足せばよろしいのでは無いかしら」
「っ!? レンゲント!?」
「そう、私こそ。ジュリアーナ・セイオニス・レンゲント。私の親友であるリーザが戦場へ行くというので、その支援を求める為に王都へ来たのですが、どうやらあの無能が最悪の手を打ってきたという事で、私もこちらに来たという訳です」
「ジュリアーナ様は、私の事がお嫌いなのでは」
「何を言いますか。アリスさん。確かに貴女は敵対派閥の者。平時であれば嫌味の一つも言いましょう。しかし、国が、そして世界が存亡の危機を迎えているこの状況において、その様な事をする意味も必要もありません。有事において必要なのは正しい選択です。ここで貴女を餌にエリカさんを戦場へ引きずり出して、万が一貴女方二人を失えば、この国は終わりです。そして、そうさせない為の力を私と貴女は持っている。そうですね? ローズ・ユーグ・グリセリア」
「……っ! 当然です! 私は誇り高きグリセリア家の娘。お父様の名に恥じぬ様、この国を救って見せましょう!」
「その意気です。では行きましょうか。あの愚物が余計な事をする前に、まずは国内の勢力をまとめます。ただあんな者でもこの国の王ですからね。最悪の事態は覚悟しておいて下さい」
「大丈夫です! 私、実は戦うと強いんですからね!」
「ドラゴン相手にそこまで強気になれるなら大した物です。あまり心配しなくても良さそうですね」
そして三人の女性は部屋を出て行った。
残された私は一人、先ほどの話を聞いて得た情報を頭でまとめていた。
アリスちゃんが戦場へ行けと王様に命令されたという話。
そして、それを止める為にローズ様とジュリアーナ様が協力して抗議しようとしているけど、上手く行かない可能性があるという事。
アリスちゃんが戦場へ行かなければいけないのは、私が行かなかったから。という事!!
「なら……やる事は決まってるよね」
私はベッドから起き上がり、緊急用にとテオドールお兄様が置いておいてくれた、転移の魔術が発動できる道具を手に取った。
そしてそれを起動させて、イービルサイド家の中庭を頭に思い浮かべる。
『……? なんだ? 何の音だ』
『失礼』
「っ!? エリカ様!! 何を」
「ごめんなさい! 私、行きます!」
私は転移の魔術を発動して、部屋の中に入ってきた騎士さん達に頭を下げながら、イービルサイド家の中庭に転移した。
そして、地面を転がるように走りながら、ジェイドさんがいつも寝ころんでいる場所へと向かう。
「ジェイドさん!!」
「なんだ。随分と騒がしいな」
「お願いがあります! 私を、ヘイムブル領まで運んでください!!」
「アン? 何だかよく分からねぇが、分かったぜ。乗りな!」
「私もいくー」
「わたしも」
「あっ、ごめんね。今回は危険だから、二人はここで待ってて」
「危険……なの?」
「痛い思いする?」
「大丈夫。ジェイドさんは絶対に無事に返すから」
私はリゼットちゃんとコゼットちゃんを抱きしめて、そう言った。
しかし、二人は私から離れてはくれない。
「だめ」
「エリカも、絶対に無事で、帰ってきて」
「……」
「おい」
「っ、ジェイドさん」
「チビ共の言う通りだ。死ぬつもりでどっかに行きてぇって言うんなら、俺は連れて行かねぇぞ」
三組の瞳に見つめられ、私は深く息を吐いた。
死ぬつもりは無い。死にたくはない。
でも死ぬかもしれない。
そういう想いを全て飲み込んで、笑う。
「分かってますよ。大丈夫。私は必ず帰って来ます」
「やくそく」
「約束だから」
「えぇ、大丈夫です」
二人の頭を撫でて、大きな狼の姿になったジェイドさんの背に乗る。
そして、空へと跳んだ。
向かう場所はヘイムブル。
戦うべき相手は、ドラゴン。
この世界で最も危険な場所へ、私は向かうのだった。
テオドールお兄様の研究室にアリスちゃんやローズ様が遊びに来ていた時、ドアを蹴破る様な勢いで執事さんが駈け込んで来たのだ。
「テオドール様!! アルバート様が!」
「……何かあったのかい?」
「例の魔物の攻撃に巻き込まれ、行方不明との事です」
「そうか。それは少々困った事になったね」
淡々とテオドールお兄様は答えるが、私は思わず椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとしていた。
しかし、そんな私をアリスちゃんとローズ様が止める。
「お姉様! 何処へ行くの!」
「ヘイムブルまで! 騎士さん達やアルバート様を助けなきゃ!」
「何を言っているんですか! エリカさんは!」
「エリカ。今はまだ情報が無いんだ。無理に動いても犠牲者を増やすだけだよ」
「でも」
「焦る気持ちは私も同じさ。しかし、だからこそ落ち着かなくてはいけない。冷静に状況を見極めて、己がすべきことを考えるんだ。良いね?」
テオドールお兄様の言葉に私は何も言い返す事が出来ず、元々座っていた椅子に座って、項垂れる。
そして、どうか皆さんが無事である様にと祈って、両手を握り締める事しか出来ないのであった。
そんな私を捨て置き、テオドールお兄様は息を深く吐いてから報告に来た人へ、質問をする。
「それで、状況はどこまで分かっているんだい? 新種の魔物は?」
「それが、その……」
「ん?」
「件の魔物はドラゴンであると、そう報告が」
「ドラゴン……だって?」
テオドールお兄様は椅子から半ば立ち上がると、ペンを落とし、呆然とその名を呟いた。
ドラゴン。
その名前はこの世界において、とても大きな意味を持つ。
かつて私が生きていた世界では、神様の様に扱われていたり、男の子達が遊んでいたゲームで倒されたりしていた物だが、この世界においてはたった一つの意味を表す言葉だ。
それは破壊の化身。
それが歩けば、町や都市を壊滅させる。
一度空を飛ぶために羽ばたけば、周囲のモノを全て吹き飛ばし、更地に変えてしまう。
そして、その皮膚はあらゆる魔術を通さず、武器を通さず、口から放たれる攻撃は、直撃した場所を地面ごと抉り取って、消し去ってしまうほどなのだ。
普通の人間が戦ってどうにかなる相手じゃない。
だからこそ、かつてヘイムブルに現れたとされる小型のドラゴンを、リーザ様のご先祖様が討伐した際には、英雄として称えられる事になり、彼が護った土地と人々を、彼が領主として護っていく事になった訳だ。
「……それはマズいな。ドラゴンがどこへ向かうのか分からないが、最悪いくつかの国が消える事になる。それで? ドラゴンという事は分かったが、他の情報は」
「いえ。それがまだ不明との事で」
「分かった。では王城の対策室へ私も行こう。これでも指揮経験はあるし、魔物研究の第一人者でもあるんだ。少しは役に立てるさ」
「ありがとうございます!!」
「エリカ。君はここで待っていなさい。大丈夫。そんな泣きそうな顔をしなくてもアルやガーランド卿は無事さ。それに王国騎士団だって皆強い。例えドラゴンが相手だとしても無事に帰ってくるよ」
テオドールお兄様は、涙を滲ませている私をそっと抱きしめると、背中を二度軽く叩き、頭を撫でてから椅子に座る様に言った。
「という訳だ。二人にはエリカを頼む」
「分かりました」
「テオドール様もご無事で」
「あぁ。では行こうか」
そして、テオドールお兄様は連絡に来た騎士様と共に部屋を出て行った。
私は何もする事が出来ず、ただ両手を握り合わせて祈るばかり。
しかし、どれだけ祈っても、最後に会ったアルバート様やガーランド様の笑顔が頭を過り、騎士団の人たちの事を思い出してしまい、涙を止める事が出来なかった。
「恵梨香お姉様。少し寝ましょう。これはきっと悪い夢なのです。目覚めれば、全て終わっていますから」
アリスちゃんに言われ、ローズ様に支えられ、私は奥の仮眠室で横になって眼を閉じた。
どうか。目が覚めた時、全てが終わっています様にと。
しかし、現実は残酷であった。
深い眠りの中に居た私が次に目覚めた時、聞こえてきたのはローズ様の声だった。
悲鳴の様な叫び声が部屋中に響き渡る。
「こんな、ふざけた命令! あり得ません! 国王はそれほどまでにエリカさんを」
「ローズ様」
「っ、申し訳ございません。アリスさん。ですが、私はこの事を抗議しに王城へ行きます。アリスさんはここでエリカさんをお願いします」
「いえ。どちらにせよ召集令状が出ているのですから、私は行かねば。ローズ様こそ、ここでお姉様を」
「出来る訳が無いでしょう!? 大切なお友達を、むざむざ死ぬと分かっている戦場に送り込むなんて」
「大丈夫ですって。後方支援ですし。死ぬことなんて」
「バカな事を言わないで!! 相手はその辺の魔物じゃない。ドラゴンですよ!? 後方支援だって言っても、もし万が一にでもドラゴンの視界に貴方達が入れば、消されます。助かる方法なんて、ある訳、無いじゃないですか」
「ローズ様……泣かないでください」
「泣いて、なんて。私は、何も出来ないのに、私じゃ王の命令を撤回させるだけの力が」
「足りないのなら、足せばよろしいのでは無いかしら」
「っ!? レンゲント!?」
「そう、私こそ。ジュリアーナ・セイオニス・レンゲント。私の親友であるリーザが戦場へ行くというので、その支援を求める為に王都へ来たのですが、どうやらあの無能が最悪の手を打ってきたという事で、私もこちらに来たという訳です」
「ジュリアーナ様は、私の事がお嫌いなのでは」
「何を言いますか。アリスさん。確かに貴女は敵対派閥の者。平時であれば嫌味の一つも言いましょう。しかし、国が、そして世界が存亡の危機を迎えているこの状況において、その様な事をする意味も必要もありません。有事において必要なのは正しい選択です。ここで貴女を餌にエリカさんを戦場へ引きずり出して、万が一貴女方二人を失えば、この国は終わりです。そして、そうさせない為の力を私と貴女は持っている。そうですね? ローズ・ユーグ・グリセリア」
「……っ! 当然です! 私は誇り高きグリセリア家の娘。お父様の名に恥じぬ様、この国を救って見せましょう!」
「その意気です。では行きましょうか。あの愚物が余計な事をする前に、まずは国内の勢力をまとめます。ただあんな者でもこの国の王ですからね。最悪の事態は覚悟しておいて下さい」
「大丈夫です! 私、実は戦うと強いんですからね!」
「ドラゴン相手にそこまで強気になれるなら大した物です。あまり心配しなくても良さそうですね」
そして三人の女性は部屋を出て行った。
残された私は一人、先ほどの話を聞いて得た情報を頭でまとめていた。
アリスちゃんが戦場へ行けと王様に命令されたという話。
そして、それを止める為にローズ様とジュリアーナ様が協力して抗議しようとしているけど、上手く行かない可能性があるという事。
アリスちゃんが戦場へ行かなければいけないのは、私が行かなかったから。という事!!
「なら……やる事は決まってるよね」
私はベッドから起き上がり、緊急用にとテオドールお兄様が置いておいてくれた、転移の魔術が発動できる道具を手に取った。
そしてそれを起動させて、イービルサイド家の中庭を頭に思い浮かべる。
『……? なんだ? 何の音だ』
『失礼』
「っ!? エリカ様!! 何を」
「ごめんなさい! 私、行きます!」
私は転移の魔術を発動して、部屋の中に入ってきた騎士さん達に頭を下げながら、イービルサイド家の中庭に転移した。
そして、地面を転がるように走りながら、ジェイドさんがいつも寝ころんでいる場所へと向かう。
「ジェイドさん!!」
「なんだ。随分と騒がしいな」
「お願いがあります! 私を、ヘイムブル領まで運んでください!!」
「アン? 何だかよく分からねぇが、分かったぜ。乗りな!」
「私もいくー」
「わたしも」
「あっ、ごめんね。今回は危険だから、二人はここで待ってて」
「危険……なの?」
「痛い思いする?」
「大丈夫。ジェイドさんは絶対に無事に返すから」
私はリゼットちゃんとコゼットちゃんを抱きしめて、そう言った。
しかし、二人は私から離れてはくれない。
「だめ」
「エリカも、絶対に無事で、帰ってきて」
「……」
「おい」
「っ、ジェイドさん」
「チビ共の言う通りだ。死ぬつもりでどっかに行きてぇって言うんなら、俺は連れて行かねぇぞ」
三組の瞳に見つめられ、私は深く息を吐いた。
死ぬつもりは無い。死にたくはない。
でも死ぬかもしれない。
そういう想いを全て飲み込んで、笑う。
「分かってますよ。大丈夫。私は必ず帰って来ます」
「やくそく」
「約束だから」
「えぇ、大丈夫です」
二人の頭を撫でて、大きな狼の姿になったジェイドさんの背に乗る。
そして、空へと跳んだ。
向かう場所はヘイムブル。
戦うべき相手は、ドラゴン。
この世界で最も危険な場所へ、私は向かうのだった。
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