上 下
18 / 20

第18話『恵梨香お姉様。少し寝ましょう。これはきっと悪い夢なのです。目覚めれば、全て終わっていますから』

しおりを挟む
その報は突然届いた。

テオドールお兄様の研究室にアリスちゃんやローズ様が遊びに来ていた時、ドアを蹴破る様な勢いで執事さんが駈け込んで来たのだ。

「テオドール様!! アルバート様が!」

「……何かあったのかい?」

「例の魔物の攻撃に巻き込まれ、行方不明との事です」

「そうか。それは少々困った事になったね」

淡々とテオドールお兄様は答えるが、私は思わず椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとしていた。

しかし、そんな私をアリスちゃんとローズ様が止める。

「お姉様! 何処へ行くの!」

「ヘイムブルまで! 騎士さん達やアルバート様を助けなきゃ!」

「何を言っているんですか! エリカさんは!」

「エリカ。今はまだ情報が無いんだ。無理に動いても犠牲者を増やすだけだよ」

「でも」

「焦る気持ちは私も同じさ。しかし、だからこそ落ち着かなくてはいけない。冷静に状況を見極めて、己がすべきことを考えるんだ。良いね?」

テオドールお兄様の言葉に私は何も言い返す事が出来ず、元々座っていた椅子に座って、項垂れる。

そして、どうか皆さんが無事である様にと祈って、両手を握り締める事しか出来ないのであった。

そんな私を捨て置き、テオドールお兄様は息を深く吐いてから報告に来た人へ、質問をする。

「それで、状況はどこまで分かっているんだい? 新種の魔物は?」

「それが、その……」

「ん?」

「件の魔物はドラゴンであると、そう報告が」

「ドラゴン……だって?」

テオドールお兄様は椅子から半ば立ち上がると、ペンを落とし、呆然とその名を呟いた。

ドラゴン。

その名前はこの世界において、とても大きな意味を持つ。

かつて私が生きていた世界では、神様の様に扱われていたり、男の子達が遊んでいたゲームで倒されたりしていた物だが、この世界においてはたった一つの意味を表す言葉だ。

それは破壊の化身。

それが歩けば、町や都市を壊滅させる。

一度空を飛ぶために羽ばたけば、周囲のモノを全て吹き飛ばし、更地に変えてしまう。

そして、その皮膚はあらゆる魔術を通さず、武器を通さず、口から放たれる攻撃は、直撃した場所を地面ごと抉り取って、消し去ってしまうほどなのだ。

普通の人間が戦ってどうにかなる相手じゃない。

だからこそ、かつてヘイムブルに現れたとされる小型のドラゴンを、リーザ様のご先祖様が討伐した際には、英雄として称えられる事になり、彼が護った土地と人々を、彼が領主として護っていく事になった訳だ。

「……それはマズいな。ドラゴンがどこへ向かうのか分からないが、最悪いくつかの国が消える事になる。それで? ドラゴンという事は分かったが、他の情報は」

「いえ。それがまだ不明との事で」

「分かった。では王城の対策室へ私も行こう。これでも指揮経験はあるし、魔物研究の第一人者でもあるんだ。少しは役に立てるさ」

「ありがとうございます!!」

「エリカ。君はここで待っていなさい。大丈夫。そんな泣きそうな顔をしなくてもアルやガーランド卿は無事さ。それに王国騎士団だって皆強い。例えドラゴンが相手だとしても無事に帰ってくるよ」

テオドールお兄様は、涙を滲ませている私をそっと抱きしめると、背中を二度軽く叩き、頭を撫でてから椅子に座る様に言った。

「という訳だ。二人にはエリカを頼む」

「分かりました」

「テオドール様もご無事で」

「あぁ。では行こうか」

そして、テオドールお兄様は連絡に来た騎士様と共に部屋を出て行った。

私は何もする事が出来ず、ただ両手を握り合わせて祈るばかり。

しかし、どれだけ祈っても、最後に会ったアルバート様やガーランド様の笑顔が頭を過り、騎士団の人たちの事を思い出してしまい、涙を止める事が出来なかった。

「恵梨香お姉様。少し寝ましょう。これはきっと悪い夢なのです。目覚めれば、全て終わっていますから」

アリスちゃんに言われ、ローズ様に支えられ、私は奥の仮眠室で横になって眼を閉じた。

どうか。目が覚めた時、全てが終わっています様にと。



しかし、現実は残酷であった。



深い眠りの中に居た私が次に目覚めた時、聞こえてきたのはローズ様の声だった。

悲鳴の様な叫び声が部屋中に響き渡る。

「こんな、ふざけた命令! あり得ません! 国王はそれほどまでにエリカさんを」

「ローズ様」

「っ、申し訳ございません。アリスさん。ですが、私はこの事を抗議しに王城へ行きます。アリスさんはここでエリカさんをお願いします」

「いえ。どちらにせよ召集令状が出ているのですから、私は行かねば。ローズ様こそ、ここでお姉様を」

「出来る訳が無いでしょう!? 大切なお友達を、むざむざ死ぬと分かっている戦場に送り込むなんて」

「大丈夫ですって。後方支援ですし。死ぬことなんて」

「バカな事を言わないで!! 相手はその辺の魔物じゃない。ドラゴンですよ!? 後方支援だって言っても、もし万が一にでもドラゴンの視界に貴方達が入れば、消されます。助かる方法なんて、ある訳、無いじゃないですか」

「ローズ様……泣かないでください」

「泣いて、なんて。私は、何も出来ないのに、私じゃ王の命令を撤回させるだけの力が」

「足りないのなら、足せばよろしいのでは無いかしら」

「っ!? レンゲント!?」

「そう、私こそ。ジュリアーナ・セイオニス・レンゲント。私の親友であるリーザが戦場へ行くというので、その支援を求める為に王都へ来たのですが、どうやらあの無能が最悪の手を打ってきたという事で、私もこちらに来たという訳です」

「ジュリアーナ様は、私の事がお嫌いなのでは」

「何を言いますか。アリスさん。確かに貴女は敵対派閥の者。平時であれば嫌味の一つも言いましょう。しかし、国が、そして世界が存亡の危機を迎えているこの状況において、その様な事をする意味も必要もありません。有事において必要なのは正しい選択です。ここで貴女を餌にエリカさんを戦場へ引きずり出して、万が一貴女方二人を失えば、この国は終わりです。そして、そうさせない為の力を私と貴女は持っている。そうですね? ローズ・ユーグ・グリセリア」

「……っ! 当然です! 私は誇り高きグリセリア家の娘。お父様の名に恥じぬ様、この国を救って見せましょう!」

「その意気です。では行きましょうか。あの愚物が余計な事をする前に、まずは国内の勢力をまとめます。ただあんな者でもこの国の王ですからね。最悪の事態は覚悟しておいて下さい」

「大丈夫です! 私、実は戦うと強いんですからね!」

「ドラゴン相手にそこまで強気になれるなら大した物です。あまり心配しなくても良さそうですね」

そして三人の女性は部屋を出て行った。

残された私は一人、先ほどの話を聞いて得た情報を頭でまとめていた。

アリスちゃんが戦場へ行けと王様に命令されたという話。

そして、それを止める為にローズ様とジュリアーナ様が協力して抗議しようとしているけど、上手く行かない可能性があるという事。

アリスちゃんが戦場へ行かなければいけないのは、私が行かなかったから。という事!!

「なら……やる事は決まってるよね」

私はベッドから起き上がり、緊急用にとテオドールお兄様が置いておいてくれた、転移の魔術が発動できる道具を手に取った。

そしてそれを起動させて、イービルサイド家の中庭を頭に思い浮かべる。

『……? なんだ? 何の音だ』

『失礼』

「っ!? エリカ様!! 何を」

「ごめんなさい! 私、行きます!」

私は転移の魔術を発動して、部屋の中に入ってきた騎士さん達に頭を下げながら、イービルサイド家の中庭に転移した。

そして、地面を転がるように走りながら、ジェイドさんがいつも寝ころんでいる場所へと向かう。

「ジェイドさん!!」

「なんだ。随分と騒がしいな」

「お願いがあります! 私を、ヘイムブル領まで運んでください!!」

「アン? 何だかよく分からねぇが、分かったぜ。乗りな!」

「私もいくー」

「わたしも」

「あっ、ごめんね。今回は危険だから、二人はここで待ってて」

「危険……なの?」

「痛い思いする?」

「大丈夫。ジェイドさんは絶対に無事に返すから」

私はリゼットちゃんとコゼットちゃんを抱きしめて、そう言った。

しかし、二人は私から離れてはくれない。

「だめ」

「エリカも、絶対に無事で、帰ってきて」

「……」

「おい」

「っ、ジェイドさん」

「チビ共の言う通りだ。死ぬつもりでどっかに行きてぇって言うんなら、俺は連れて行かねぇぞ」

三組の瞳に見つめられ、私は深く息を吐いた。

死ぬつもりは無い。死にたくはない。

でも死ぬかもしれない。

そういう想いを全て飲み込んで、笑う。

「分かってますよ。大丈夫。私は必ず帰って来ます」

「やくそく」

「約束だから」

「えぇ、大丈夫です」

二人の頭を撫でて、大きな狼の姿になったジェイドさんの背に乗る。

そして、空へと跳んだ。

向かう場所はヘイムブル。

戦うべき相手は、ドラゴン。

この世界で最も危険な場所へ、私は向かうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

聖女の証

とーふ(代理カナタ)
ファンタジー
後の世界で聖女と呼ばれる少女アメリア。 この物語はアメリアが世界の果てを目指し闇を封印する旅を描いた物語。 異界冒険譚で語られる全ての物語の始まり。 聖女の伝説はここより始まった。 これは、始まりの聖女、アメリアが聖女と呼ばれるまでの物語。 異界冒険譚シリーズ【アメリア編】-聖女の証- ☆☆本作は異界冒険譚シリーズと銘打っておりますが、世界観を共有しているだけですので、単独でも楽しめる作品となっております。☆☆ その為、特に気にせずお読みいただけますと幸いです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...