上 下
16 / 20

第16話『タイトルは救国の聖女。だそうです!』

しおりを挟む
時間というのは思っていたよりも経つのが早いもので。

気が付けばテオドールお兄様と一緒に研究を始めて、一ヵ月という月日が流れていた。

「もう! 私は怒っていますよ!! 恵梨香お姉様!」

そして久しぶりにイービルサイド家に戻ってきた私は、アリスちゃんにお説教をされている所であった。

「ちょっと家を外したら、テオドール様とお姉様が一緒に玉座の間に現れて、そのまま消えて一ヵ月! 私がどれだけお姉様の事を心配していたか! お姉様にはお分かりですか!?」

「あの、その、申し訳ございません」

「まぁ? テオドール様のお陰で、お姉様が酷い目に遭わずに済んだというのはとても良い事だと思います。ですが、それはそれ、これはこれです! 何ですか? この、一ヵ月研究室に閉じこもって、殆どご飯も食べず研究ばかりしていたというのは! お姉様は何を考えてらっしゃるのですか!?」

「あ、いえ。そのですね。実はテオドールお兄様との研究がとてもよい進みをしておりまして、もう少しで魔術の効果を向上するアイテムが完成出来る……」

「お姉様!!」

「ぁぅ。ごめんなさい」

「大体一ヵ月もの間。湯あみはどうしていたのです。まさか」

「それはちゃんとしてたから大丈夫! テオドールお兄様の発明の中にシャワーの様なモノがあって、そこで体を洗って」

「お姉様!? まさか殿方の前で湯あみを!? 何をやっているんですか!」

「殿方と言ってもお兄様ですし」

「血は繋がっていないでしょう!? 何がお兄様ですか。常識ではあり得ませんよ! 家族と言えど裸を見せるなど」

「いや、カーテンはあったし。それにアリスちゃんとも一緒に湯あみしてたよね?」

「私は良いんです! 私はお姉様の妹ですから。全てが許されます。それは当然です」

「えぇー」

「という訳で。今日は一日私とデートしましょう! 良いですね!? テオドール様も許可しておりましたし。そろそろ護衛の騎士様がいらっしゃる予定です」

「騎士様、ですか?」

「えぇ。ガーランド様です」

あぁ、と私は空を仰いだ。

今日は大分窮屈な一日になりそうだなと。



そしてその予想通り、私の護衛にと現れたガーランド様は、まるでこれから数万の敵へ挑むかの様に、私には傷一つ付けないという覚悟を口にしており、アリスちゃんもまた、私から手を離さないで下さいと、私の腕に捕まっており、精神的にも、肉体的にも苦しい外出となったのだった。

「少し、恥ずかしいのですが」

「必要な事です」

「もう。お姉様。我儘は言わないで下さい」

「はぁい」

我儘なんだ……。

「では今日は観劇へ参りましょう。素晴らしい劇が公演されているとの事ですから」

「素晴らしい劇?」

「はい。タイトルは救国の聖女。だそうです!」

タイトルからして嫌な予感しかしていなかったが、アリスちゃんに逆らう事は出来ず、私は小さく頷くのだった。

そして始まった劇は、その……何と言うか。とても恥ずかしい物だった。

私……を恐らくモデルにしているその聖女様は、苦しむ人の為にと家を飛び出し、町から町へ、そして国中を渡り、多くの人を癒した。

金銭を手渡そうとすれば、それはこれからの生活に必要な物だからと断り。

子供がお礼にと渡した透明な石は、宝物にしますねと大事にハンカチで包んだ。

そして、老婆が聖女様にと手渡した食べ物をありがとうございます。と言いながら受け取り、近くに居た人達と分け合いながら食べた。

どんな苦しい状況に居る人にも、笑顔で大丈夫だと、もう心配いらないのだと言う彼女は、まさに聖女アメリアの生まれ変わりであり、現代に舞い降りた救国の聖女であると。

酷い誇張で描かれていた。

いや、確かにこの劇で出てきた様な出来事はあった。

あったけれど! あんな風に神々しい光とかは出てなかったし。私はそんな素晴らしい人間じゃない。

金銭の事だって、私はこの世界に来てからずっと恵まれた生活をしているのだから、私がこれ以上受け取るべきじゃないというのは当たり前の話だ。

それに子供がくれた宝物は、本当にキラキラと輝いていて、見ているだけでみんなの幸せそうな顔を思い出せる素敵な品だ。ただの石とかじゃない。

食べ物だってそうだ。劇では汚れたとか言ってたけど、全然そんな事は無かったし。それにお腹が空いているのはみんな同じなんだし。お婆ちゃんもみんなで食べる事に喜んでいた。

それに、今までに食べたことないくらい美味しいってみんな言っていたし。きっととても良い物だったんだと思う。

私だってまた機会があれば食べたいと思うくらいだ。

そう。誇張だ。

誇張が凄いのだ。

救国の聖女なんて、私にはまったく相応しくない名前だと思う。

テオドールお兄様と研究室に閉じこもっていた頃、隣国である聖国から使者が来て、聖女様は聖国にもいると言っていたけれど、きっと本物の聖女は向こうなんだと私は思っていた。

聖国におられる聖女様はそれはもう素敵な人らしい。

傷ついている人を見かければその癒しの力で、どの様な方でも分け隔てなく癒すとか。

魔物が現れた際には、その魔物を追い払い、襲われていた人達を助けたとか。

すっかり枯れてしまった森を復活させたとか。

既に息のない方を蘇らせたとか。

未来を予言したとか。

多くの奇跡を世界に齎し続けているのだ。

私などは比べるまでも無いだろう。

という訳で、私が聖女と呼ばれなくなるための方法は何か無いだろうか。

「ありませんね」

「エリカ殿。それは難しいかと」

「え、えぇー」

「それに。正直聖国のお話は大分誇張していると私は思いますよ?」

「そうなの?」

「えぇ。明らかにおかしい話もいくつか混じってますしね。一番は命を落とした者を復活させたという話ですが、それだけの力を持っているのに、聖国の聖王が亡くなった時、聖女は何もしていないんですよね」

「それは、その聖王様に頼まれたとか」

「その件ですが、どうやらそういう訳でも無かったようですね。ギリギリまで聖王は聖女を呼び、救いを求めていたが、聖女は近づこうともしなかったとか」

「……」

「それにさ。森を復活させたなんて話もあるけど、そもそもその失われた森がどこかも私たちは聖国が言うまで分からなかったんだよ。急に聖国が観光名所みたいにここが聖女様が復活させた森です! って言い始めたの。正直誰も信じてないと思うよ?」

「な、なら未来を予言したっていうのは」

「エリカ殿。それは嘘なので、知る必要は無いかと」

「え」

「うん。まるで信用できない話だし。知らなくて良いんじゃないかな」

「え? あの? 二人とも?」

結局そのまま誤魔化されてしまい話を聞くことが出来なかった。

何とかイービルサイド家の人で知っている人が居ないかと探ろうとしたのだけれど、アリスちゃんに妨害され、そのままテオドールお兄様に引き渡されてしまう。

そして、また研究室へと戻ってくるのだった。

何故か異様なほど隠されているその事実に私が不満を訴えると、あっさりテオドールお兄様がその未来予知に付いて話してくれた。

「なんだ。君は知らなかったのかい?」

「え? テオドールお兄様はご存じなのですか?」

「あぁ。とは言っても知ったのは最近だけどね。ほら、この間尋ねてきた聖国の使者も言っていただろう?」

なんて、テオドールお兄様に言われるが、私は話の途中でメイドさんによって別の部屋に移されたから知らない。

「いえ。私は途中で退出しましたから」

「そういえば、そうだったなぁ。ふむ。では話そうか。少し前の事になるが、聖国から聖女の予言という物が全世界に公表された。そこには二つの予言があり、一つ目はエリカという名の少女が未曽有の危機から世界を救い聖女と呼ばれるようになるという予言だった。聖国によればこの予言自体はかなり昔にされていたらしい。そう。君が表舞台に立つよりも前、イービルサイド家に引き取られるよりも前にだ」

「……」

驚いて声も出ないとはこのことだ。

本当に本物の聖女様じゃないか。

私がこの世界に来る前から予言していたなんて。

「そしてもう一つの予言。それは、この世界に大いなる闇が復活するという物だ。大いなる闇。おそらくは聖人アルマが現れる以前の世界に戻るという予言だろうね」

「そんな! それじゃ」

「まぁ、少し落ち着いて欲しい。予言には続きがある」

「……」

私はキュッと口を閉じて、テオドールお兄様の言葉を待った。

「しかし、聖国の聖女。そしてエリカという名の聖女が共に手を取り、世界の為に祈り続ける事が出来れば闇は現れないだろう。というのが予言の全文だよ」

「祈り続ける、というのは」

「期間やら方法やらは謎だ。その聖女しか知らないらしい。だから、この間現れた聖国の人間も言っていたのさ。君を連れて行かねば世界が滅ぶとね。中々厄介な事になってきた物だと思うよ」

私はそのテオドールお兄様の言葉に何も言えず、ただ黙って俯くことしか出来ないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

聖女の証

とーふ(代理カナタ)
ファンタジー
後の世界で聖女と呼ばれる少女アメリア。 この物語はアメリアが世界の果てを目指し闇を封印する旅を描いた物語。 異界冒険譚で語られる全ての物語の始まり。 聖女の伝説はここより始まった。 これは、始まりの聖女、アメリアが聖女と呼ばれるまでの物語。 異界冒険譚シリーズ【アメリア編】-聖女の証- ☆☆本作は異界冒険譚シリーズと銘打っておりますが、世界観を共有しているだけですので、単独でも楽しめる作品となっております。☆☆ その為、特に気にせずお読みいただけますと幸いです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

異界冒険譚シリーズ外伝【ミラ編前日譚】-その恋の始まりは、暗闇へと繫っている-

とーふ(代理カナタ)
ファンタジー
その日、世界に一人の少女が誕生した。 彼女の誕生に人々は歓喜し、世界へ感謝を告げた。 その整った容姿、素晴らしい精神性は人々の心を惹きつけ、奪う。 しかし彼女の誕生は喜びばかりを人々に与えはしなかった。 そう。彼女を求め、争いが始まってしまったのだ。 これは一人の少女を巡り、戦う者たちの物語(かもしれない) ☆☆この物語は『異界冒険譚シリーズ【ミラ編】-少女たちの冒険譚-』の前日譚となっております。 単独でも読めますが、本編の方も読んでいただけると、より一層楽しめるかと思います!☆☆

処理中です...