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第4話『凄いもんだね。天使様の祝福だ』
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事件とは唐突に起こる物だ。と誰かが言っていたが、その事件はまさに唐突に起こった。
朝から具合が悪そうにしていた裕子が、お腹を押さえながら苦しそうに呻き、うずくまってそのまま床に座り込んでしまったのだ。
大事件である。
ましろは大慌てで自分の力を使い裕子を癒そうとするが、擦り傷程度しか治せないましろに出来る事はなかった。
裕子は青い顔で泣きそうになっているましろに「お陰で元気になりましたよ」と言ったが、その言葉がましろを気遣って発せられた言葉である事くらい、ましろにもよく分かっている。
だから、誠が裕子を抱きかかえて布団まで運び、看病している間もずっと裕子の傍を離れず、役に立たないかもしれないけれど、癒しの力を使い続けていたのだった。
「熱はどうですか?」
「なさそうですね。ただ、少し吐き気が」
「そうですか。大事があるといけませんし。西本さんにお願いしておきますね」
「寝てれば大丈夫ですよ」
「そうはいきません。何かあれば大変ですから。何もないなら何もないで良いじゃないですか。私を安心させて下さい」
「……分かりました。でも、お仕事にはちゃんと行かないと駄目ですよ?」
「はい。それはもう。しっかりとこなしてきます。ただし、裕子さんも無理は禁物ですよ」
「はぁーい。分かってます」
「ではましろさん。裕子さんの事はお願いします。これからお医者さんが来ますので、その方と裕子さんのいう事をよく聞いて下さいね」
「はい! 分かりました!」
「頼もしいですね。ではお願いします」
それだけ言い残すと誠はいつも通り仕事に出かけ、その後すぐ傍で辛そうにしている裕子をジッと見ていたましろだったが、誰かが入ってきた気配に立ち上がって、玄関へと向かった。
裕子がうるさくない様に、足音を立てず、まるで忍びの様にましろは走る。
そして、玄関で靴を脱いでいるお婆さんに話しかけるのだった。
「西本さんですか?」
「あぁ。そうだよ。ましろちゃんだったかね。お出迎えありがとうねぇ。裕子さんは奥の部屋かい?」
「はい。裕子さんを、裕子さんをお願いします」
「任せておきなさい」
頼もしい西本の言葉に勢いよく頭を下げながらましろは廊下で西本が出てくるのを待った。
別に出ていけと言われた訳では無いのだが、中に入って邪魔をするのが嫌だったのだ。
そして、部屋の中から呻くような声と、何か話している様な声が聞こえ、不意に西本がましろを呼ぶ声がした。
「ましろちゃん。そこに居るのかい?」
「はい! います!」
「じゃあ入ってきて良いよ。お母さんの状態がよく分かったからね」
「はい!」
ましろは勢いよく……しかし、裕子が驚かない程度にゆっくりと部屋に入った。
そしてすぐさま畳の上に正座をして、西本の言葉を待つ。
「ゆ、裕子さんは、どうなんでしょうか」
「おめでとう。ましろちゃん。弟か妹が出来るよ」
「……?」
「ふふ。子供が出来たという事ですよ。ましろちゃん。私のお腹に子供がいるんです」
「子供? 裕子さんのお腹の中に子供がいるの? 大丈夫? 苦しくない? 痛くない?」
「まぁ苦しかったり痛かったりはしますけど。それでも、これは嬉しい事なんですよ。ましろちゃん」
「そう、なんだ。ねぇ、裕子さん。ましろに出来る事って何かある?」
「そうですねぇ。じゃあ、お腹を撫でてもらって、元気に生まれる様にって応援して貰えますか?」
「う、うん」
ましろはおっかなびっくり布団の上から裕子のお腹を撫で、祈る。
それは無意識であっただろうが、ましろは翼を大きく広げ、全身を白く発光させながら、ただひたすらに裕子とそのお腹の中に居る子に祈るのだった。
どうか、元気に生まれます様に……と。
「凄いもんだね。天使様の祝福だ」
「えぇ、ありがたい話です」
「しかし、天使様もあんまり家事は得意じゃないって聞いてるからね。学校のジジババ達に言って、アンタの旦那が早く帰れるように言っておくよ。後は暇そうな奴らにも声掛けとくからね。適当に使いな」
「ありがとうございます。助かります」
「ありがとう! 西本さん!」
「子供は未来の宝さ。頑張んな。あぁ、後、ましろちゃん。何かあったら私か大岡を呼ぶんだよ。電話番号は電話の所に書いてあるからね。どんな些細な事でも気になったら電話してきな」
「はい! ありがとうございます!!」
「へっへ。元気だねぇ。んじゃ私は帰るよ」
「あ、送っていく……」
「いらないよ。裕子さんに付いていてあげな。じゃあね」
「はい! ありがとう! ありがとう! 西本さん!」
西本はそのまま部屋を出てゆき、部屋に残されたましろはやはり心配そうに裕子を見つめるが、裕子はそんなましろを安心させる様に微笑むのだった。
そして、この噂は光の様な速さで村中を駆け巡り、深夜という程に遅い時間では無いが、日も落ちて野中家が裕子の部屋で和やかな時間を過ごしている時に、またしても秘密の会合が開かれるのだった。
相も変わらず偵察の男が帰還してから始まる会合は、いつも変わらず酒を床に並べ、各々が好きなように食べ、飲み騒いでいた。
話し合いというより、ただの飲み会である。
「しっかし、めでたいねー」
「お父さんに似ても、お母さんに似ても、落ち着いた優しい良い子になるだろうな」
「いや、分からんぞ。姉のましろちゃんは元気すぎるくらい元気だからな」
「山で迷子になった健太君を探す為に空を飛んで行ったのを見た時は、目玉が飛び出るかと思ったよ」
「優しい良い子なんだよ。一人で迷子だって話を聞いたら、それは可哀想だって、すぐに飛び出していったからなぁ」
「しっかし。あんまりやんちゃ過ぎると弟君か妹ちゃんが真似してしまうかもしれないぞ? それは危険だ」
「子供らの中では既にましろちゃんごっこが流行ってるらしいからな。自分たちも飛びたいと翼を作ってたよ。可愛いもんだねぇ」
「危ない事はしてなかったかい?」
「あぁ、高い所って言ったって、精々が子供らの半分くらいの高さだ。少し滑らしたって足をひねる程度だよ。そのくらいならいい勉強代さ」
「なるほど。まぁバカやってた俺たちの子供の頃よかマシだな」
「いや。あの時にましろちゃんが居なくてよかった。何やってたか分かったもんじゃない」
「確かにな! いやー。昔はバカだった」
「何今はバカじゃないみたいな言い方してんだよ。今も大して変わんないだろうが。聞いたぞ。ガキどもにせがまれてカブトムシ捕まえるのに、木を蹴って、蜂に追いかけまわされたってよ」
「なぬ!? その話は内緒だって言ったのに。しょうがねぇなぁ」
「ガハハ。源さんは昔からなーんにも変わってねぇよ。なぁ大岡さん」
「あぁ。源は昔から大して変わってないね。変わったのはそのデカい図体くらいさ。なぁ。真由美?」
「そうですね」
「まゆみ~。お前まで」
「ふふ。でも、昔から私の事を大切にしてくれて、ずっと一途に想ってくれているのも変わりませんよ」
「んな!」
「ガハハ! こりゃ惚気られちまったな!」
「おーおー。熱い熱い。こりゃ三人目もそう遠くないな」
「からかうんじゃねぇよ! ったくもう!」
「ふふ。ごめんなさい。あなた」
「いや、真由美は良いんだ。悪いのは他の連中だよ」
「だそうだ。源さんをからかって良いのは真由美さんだけだってよ。心に刻んどけ。お前ら」
「ガハハ。こりゃ気を付けねぇとな!」
彼らの宴会は楽し気に夜も遅くまで続いてゆく。
幸せは、今ここに確かにあった。
そして、この場に居る皆が願う幸せも、この小さな村の中に確かにあったのだ。
人は一人では生きていけない。
だからこそ、他者を想い、他者の幸せを願い。そして願われて今を生きる。
それが横倉村に根付いた生きていく為の術であった。
朝から具合が悪そうにしていた裕子が、お腹を押さえながら苦しそうに呻き、うずくまってそのまま床に座り込んでしまったのだ。
大事件である。
ましろは大慌てで自分の力を使い裕子を癒そうとするが、擦り傷程度しか治せないましろに出来る事はなかった。
裕子は青い顔で泣きそうになっているましろに「お陰で元気になりましたよ」と言ったが、その言葉がましろを気遣って発せられた言葉である事くらい、ましろにもよく分かっている。
だから、誠が裕子を抱きかかえて布団まで運び、看病している間もずっと裕子の傍を離れず、役に立たないかもしれないけれど、癒しの力を使い続けていたのだった。
「熱はどうですか?」
「なさそうですね。ただ、少し吐き気が」
「そうですか。大事があるといけませんし。西本さんにお願いしておきますね」
「寝てれば大丈夫ですよ」
「そうはいきません。何かあれば大変ですから。何もないなら何もないで良いじゃないですか。私を安心させて下さい」
「……分かりました。でも、お仕事にはちゃんと行かないと駄目ですよ?」
「はい。それはもう。しっかりとこなしてきます。ただし、裕子さんも無理は禁物ですよ」
「はぁーい。分かってます」
「ではましろさん。裕子さんの事はお願いします。これからお医者さんが来ますので、その方と裕子さんのいう事をよく聞いて下さいね」
「はい! 分かりました!」
「頼もしいですね。ではお願いします」
それだけ言い残すと誠はいつも通り仕事に出かけ、その後すぐ傍で辛そうにしている裕子をジッと見ていたましろだったが、誰かが入ってきた気配に立ち上がって、玄関へと向かった。
裕子がうるさくない様に、足音を立てず、まるで忍びの様にましろは走る。
そして、玄関で靴を脱いでいるお婆さんに話しかけるのだった。
「西本さんですか?」
「あぁ。そうだよ。ましろちゃんだったかね。お出迎えありがとうねぇ。裕子さんは奥の部屋かい?」
「はい。裕子さんを、裕子さんをお願いします」
「任せておきなさい」
頼もしい西本の言葉に勢いよく頭を下げながらましろは廊下で西本が出てくるのを待った。
別に出ていけと言われた訳では無いのだが、中に入って邪魔をするのが嫌だったのだ。
そして、部屋の中から呻くような声と、何か話している様な声が聞こえ、不意に西本がましろを呼ぶ声がした。
「ましろちゃん。そこに居るのかい?」
「はい! います!」
「じゃあ入ってきて良いよ。お母さんの状態がよく分かったからね」
「はい!」
ましろは勢いよく……しかし、裕子が驚かない程度にゆっくりと部屋に入った。
そしてすぐさま畳の上に正座をして、西本の言葉を待つ。
「ゆ、裕子さんは、どうなんでしょうか」
「おめでとう。ましろちゃん。弟か妹が出来るよ」
「……?」
「ふふ。子供が出来たという事ですよ。ましろちゃん。私のお腹に子供がいるんです」
「子供? 裕子さんのお腹の中に子供がいるの? 大丈夫? 苦しくない? 痛くない?」
「まぁ苦しかったり痛かったりはしますけど。それでも、これは嬉しい事なんですよ。ましろちゃん」
「そう、なんだ。ねぇ、裕子さん。ましろに出来る事って何かある?」
「そうですねぇ。じゃあ、お腹を撫でてもらって、元気に生まれる様にって応援して貰えますか?」
「う、うん」
ましろはおっかなびっくり布団の上から裕子のお腹を撫で、祈る。
それは無意識であっただろうが、ましろは翼を大きく広げ、全身を白く発光させながら、ただひたすらに裕子とそのお腹の中に居る子に祈るのだった。
どうか、元気に生まれます様に……と。
「凄いもんだね。天使様の祝福だ」
「えぇ、ありがたい話です」
「しかし、天使様もあんまり家事は得意じゃないって聞いてるからね。学校のジジババ達に言って、アンタの旦那が早く帰れるように言っておくよ。後は暇そうな奴らにも声掛けとくからね。適当に使いな」
「ありがとうございます。助かります」
「ありがとう! 西本さん!」
「子供は未来の宝さ。頑張んな。あぁ、後、ましろちゃん。何かあったら私か大岡を呼ぶんだよ。電話番号は電話の所に書いてあるからね。どんな些細な事でも気になったら電話してきな」
「はい! ありがとうございます!!」
「へっへ。元気だねぇ。んじゃ私は帰るよ」
「あ、送っていく……」
「いらないよ。裕子さんに付いていてあげな。じゃあね」
「はい! ありがとう! ありがとう! 西本さん!」
西本はそのまま部屋を出てゆき、部屋に残されたましろはやはり心配そうに裕子を見つめるが、裕子はそんなましろを安心させる様に微笑むのだった。
そして、この噂は光の様な速さで村中を駆け巡り、深夜という程に遅い時間では無いが、日も落ちて野中家が裕子の部屋で和やかな時間を過ごしている時に、またしても秘密の会合が開かれるのだった。
相も変わらず偵察の男が帰還してから始まる会合は、いつも変わらず酒を床に並べ、各々が好きなように食べ、飲み騒いでいた。
話し合いというより、ただの飲み会である。
「しっかし、めでたいねー」
「お父さんに似ても、お母さんに似ても、落ち着いた優しい良い子になるだろうな」
「いや、分からんぞ。姉のましろちゃんは元気すぎるくらい元気だからな」
「山で迷子になった健太君を探す為に空を飛んで行ったのを見た時は、目玉が飛び出るかと思ったよ」
「優しい良い子なんだよ。一人で迷子だって話を聞いたら、それは可哀想だって、すぐに飛び出していったからなぁ」
「しっかし。あんまりやんちゃ過ぎると弟君か妹ちゃんが真似してしまうかもしれないぞ? それは危険だ」
「子供らの中では既にましろちゃんごっこが流行ってるらしいからな。自分たちも飛びたいと翼を作ってたよ。可愛いもんだねぇ」
「危ない事はしてなかったかい?」
「あぁ、高い所って言ったって、精々が子供らの半分くらいの高さだ。少し滑らしたって足をひねる程度だよ。そのくらいならいい勉強代さ」
「なるほど。まぁバカやってた俺たちの子供の頃よかマシだな」
「いや。あの時にましろちゃんが居なくてよかった。何やってたか分かったもんじゃない」
「確かにな! いやー。昔はバカだった」
「何今はバカじゃないみたいな言い方してんだよ。今も大して変わんないだろうが。聞いたぞ。ガキどもにせがまれてカブトムシ捕まえるのに、木を蹴って、蜂に追いかけまわされたってよ」
「なぬ!? その話は内緒だって言ったのに。しょうがねぇなぁ」
「ガハハ。源さんは昔からなーんにも変わってねぇよ。なぁ大岡さん」
「あぁ。源は昔から大して変わってないね。変わったのはそのデカい図体くらいさ。なぁ。真由美?」
「そうですね」
「まゆみ~。お前まで」
「ふふ。でも、昔から私の事を大切にしてくれて、ずっと一途に想ってくれているのも変わりませんよ」
「んな!」
「ガハハ! こりゃ惚気られちまったな!」
「おーおー。熱い熱い。こりゃ三人目もそう遠くないな」
「からかうんじゃねぇよ! ったくもう!」
「ふふ。ごめんなさい。あなた」
「いや、真由美は良いんだ。悪いのは他の連中だよ」
「だそうだ。源さんをからかって良いのは真由美さんだけだってよ。心に刻んどけ。お前ら」
「ガハハ。こりゃ気を付けねぇとな!」
彼らの宴会は楽し気に夜も遅くまで続いてゆく。
幸せは、今ここに確かにあった。
そして、この場に居る皆が願う幸せも、この小さな村の中に確かにあったのだ。
人は一人では生きていけない。
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