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第1話『天才子役天王寺颯真。それが僕だ』

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天才子役天王寺颯真。それが僕だ。

世界的俳優の父と、世界的歌手の母を持つ僕にとって芸能界へのデビューは当然の事だし、天才と言われる事だって、当然の事だった。

両親が凄いのだから、当たり前だ。褒めるようなことじゃない。

そして、そんな凄い両親なのだから、滅多に帰らないとしても当然の事なのだ。

僕は天才だし、選ばれた人間なのだから、普通の子供の様に両親にあまり会えないとしても悲しくなんてならないし、寂しくもない。

当たり前だ。僕は天才なんだから。

『颯真。ごめんね。今年こそは帰るって約束したのに!』

「ううん。しょうがないよ。急な仕事ならさ」

『この埋め合わせは必ずするから!』

「うん。ありがとう」

大丈夫。寂しくない。悲しくない。

例え、明日が僕の誕生日だとしても。

本当ならお父さんもお母さんも帰ってきて、三人でお祝いするって三カ月も前から約束していたとしても。

僕は天才で凄いんだから、寂しくなんか無いんだ。

『それでね。埋め合わせって訳じゃないんだけど。今日から新しいマネージャーさんを付けたわ』

「マネージャー? でも、木村さんが居るよね? 木村さんはクビって事?」

『あー。違う違う。木村さんには変わらずマネージャーやって貰うんだけど、補佐。えーっと木村さんを助けてくれる人を雇ったの』

「必要無いんじゃない? 木村さんだけで十分だよ」

『そんな事言わないで一度会ってみてー。きっと颯真も気にいるはずよ』

「分かったよ。で、その人とはいつ会えば良いの?」

『今日、そっちの家に行く事になってるから』

「今日!?」

『ごめんね。多分そろそろ着くハズだから、会ってみてー。あ、ごめん。電話来ちゃった。またね。愛してるわ颯真』

「うん。僕も愛してるよ。お母さん」

『あー。そうそう。マネージャーさんの名前は立花光佑っていう子よ。よろしくね!』

僕は電話を切りながら、大変な事になったと、部屋を見渡した。

恐ろしいほどに散らかっている。

ちょっとむしゃくしゃしてテーブルに置いてあった物が床に投げ捨ててあったり、昨日の夜に食べたコンビニのご飯だって台所に置き去りにされている。

洋服だって、その辺りに転がっているのだ。

とてもじゃないが、人を受け入れる状態ではない。

「早く片付けないと……」

僕が焦りながらとりあえず、洋服を掴んで洗濯機に入れようかとしていると、チャイムが鳴った。

どうしようかと悩み、でも待たせるわけにはいかないと、とりあえず出る事にした。

「は、はい」

『あー。すみません。マネージャー補佐って事で雇われた立花光佑です』

「あ、聞いてます。開けますね」

玄関の向こうの人と話をしながら、電子キーのロックを解除する。

すると、すぐに玄関の方から扉が開く音がして、一人の男の人が入ってきた。

「こんにちは。立花光佑です。君が天王寺颯真君でよろしいでしょうか?」

「うん。そう」

「そうですか。特に最初の仕事は聞いてませんが、まずは……部屋の掃除から。ですかね」

「こ、これは! 違うんだ。いつもはもっと綺麗なんだけど、今日だけ特別で」

「分かってますよ。部屋を見る限り、普段は綺麗に使っていると分かります。少し散らかしたくなる。そういう日もありますよね」

「……分かってくれるの?」

「全部は分かりませんが。それとなくは。これでも人生の先輩ですからね」

「そっか」

立花さんはそう言うと、恐ろしく手際よく、片づけてゆく。

そして、お昼も近い時間になれば食べたい物を僕に聞いて、さっさとそれを作ってしまった。

正直お母さんの料理より、どこかのお店で食べた物よりもずっと美味しかった。

しかもそれだけじゃなくて、立花さんは学校の勉強で分からない所も分かりやすく教えてくれるし。

おやつの時間に、テレビでやっていた名店のお菓子を作ってくれたりした。

マネージャーとは何なのかって疑問になるけれど、とにかく凄い人だっていう事は分かった。

そして家の事をやりながら、台本を読む僕の練習相手になってくれて、夕ご飯もリクエストした物が現れ僕は満足していた。

確かにこれは木村さんとは違った意味で、ありがたい人だ。

お母さんの言っていた会えば分かるという意味がよく分かる。

しかし、立花さんの猛攻はこれで終わりでは無かった。

夕食の時間。僕の我儘もあって、向かい合って食べていた僕に立花さんが不意に口を開いた。

「そういえば天王寺君。明日の予定は決まっていますか?」

「ううん。一日オフ」

まぁ本来は誕生日だったけれど、お父さんもお母さんも帰ってこないし。

やる事なんて何も無いのだ。

「そうですか。では一日。私に付き合ってくれませんか?」

「立花さんと? 別にいいけど。なんで?」

「もしこれからマネージャーとしてやっていく場合、互いの事を知っていると良いじゃないですか」

「それは、確かに」

「という訳で、明日まずは遊園地なんてどうでしょうか?」

「遊園地!? 本当に!?」

「えぇ」

「そっか。遊園地か! そうと決まれば早く寝ないとね!」

「そうですね。ではお風呂の準備をしましょう」

立花さんはそう言うと、食べ終わった食器を片付けながら僕に遊園地のパンフレットとデザートを渡し、お風呂の準備を始めた。

僕はデザートを食べながらパンフレットを見て、どの乗り物に乗ろうかななんて、考えながらページをめくる。

写真に写っている人たちは誰も彼も楽しそうで、僕は夜寝るときに乗り物に乗って喜んでいる自分を夢見たくらいだ。



そして翌日。

僕はまだ寝ている状態で立花さんに車へ運んでもらい、車の中で眠ったまま移動していた。

そして目を覚ました時、窓の外に広がる景色を見て、喜びの声をあげる。

遠く遥か向こうまで広がる海と、大きく様々な乗り物が見える遊園地だ。

以前父と母に一緒に行こうと話していたが、結局行けなかった場所だ。

早く来たおかげか、スムーズに中に入れた僕は立花さんの手を引っ張りながら、どこに行く!? とはしゃいでいた。

乗り物はどれも楽しくて、一緒にいる立花さんが色々と教えてくれるお陰で、ただ乗っているよりもずっと楽しむ事が出来た。

ただ、ただ、楽しくて、気が付いたら日が落ち始めていた。

そして打ちあがる花火と、パレードを見て、僕達は楽しかった一日の終わりを残念に思いながら、帰り道を歩く。

楽しかった。

それに嘘はない。

本心だ。立花さんは、居た事は無いけれど、お兄ちゃんみたいで。

色々な事を教えてくれるし、困っていたら助けてくれるし。凄い人だった。

でも、僕は、周りを歩いている家族連れを見て、現実を思い知る。

そうだ。本当は違う。

僕が一緒に来たかったのも、誕生日に一緒に過ごしたかったのも……。

「いい時間ですね」

「立花さん?」

こんな楽しい日に、まるで雨の様に降りかかる寂しさを感じていた僕は、真剣な表情で携帯を見ている立花さんを見上げて疑問の声を上げた。

しかし、立花さんからの返答はなく、立花さんは失礼しますよ。とだけ言って僕を抱き上げた。

そして、群衆の中を滑る様に進んでいく。

「天王寺君。これからディナーに行きましょう!」

「ディ、ディナー!? い、良いけど!」

「決まりですね。では飛ばしますよ」

立花さんは遊園地のゲートを抜けると、人が歩くコースを外れ、様々な物を足場にして屋根に上り、そのまま走っていく。

し、知っている。これ映画で見た奴だ。

立花さんは忍者だったのか!

そして、立花さんに抱きかかえられ、驚き、声をあげる暇もないほどに風の様に駆け抜けた僕はあるホテルの前に立っていた。

入り口に立っていた人は、空から降りてきた立花さんに動揺して、短く悲鳴をあげていたが、立花さんが謝罪して、ようやく落ち着いていた。

「申し訳ない。人と待ち合わせをしているのですが、入っても良いですか?」

「え、えぇ。お気をつけて」

「ありがとう」

立花さんはホテルの中に入ると、僕を地面に下ろして、多くの椅子が並ぶ場所を指さした。

そして向こう側もこちらに気づいたのか、立ち上がりこちらにやや駆け足で向かってくる。

「颯真!」

「颯真!!」

「お父さん! お母さん!? 仕事じゃなかったの!?」

「少しだが、時間が作れてね」

「ごめんね。颯真。来るのが遅れちゃって。でもどうにか今日には間に合ったわ」

「「誕生日おめでとう。颯真」」

僕は何だか胸がいっぱいで、涙が溢れてきてしまう。

そしてお父さんとお母さんに抱き着いて、ありがとうと感謝を伝えた。

「では、私は食後の調整をしておりますので、一時間半ほどしましたら、またこちらにお願いします」

「あぁ、分かったよ。ありがとう。光佑」

「本当に。助かったわ」

「いえ。大した事はしていませんよ。では、失礼します」

立花さんはそう言うと、ホテルから出て行って、入り口の人とまた話をしていた。

僕はお父さん、お母さんと手を繋ぎながら予約していたというレストランへ向かい、また誕生日を祝って貰えた。

夢のような時間だ。

「でも、二人とも、帰ってこれないって言ってたのに。どうして来れたの?」

「あー。いや、それなんだがな。彼がスケジュールを調整してくれたんだ。監督と話してな、どうにか少しだが、時間を作れたよ」

「私も。あの偏屈な社長がまさか許可してくれるなんて思わなかったわ。彼、本当に凄いわね」

「そういう才能があるんだろうね」

「まぁ、でも流石の彼も一日休みまではくれなかったけど」

「そうだね。僕はこれから新幹線で西に向かわないといけないよ」

「私も夜の便で北に行かないと」

「あ、もう行っちゃうんだ」

「ごめんね。颯真。今度の撮影が終わったら、ゆっくり出来るから」

「そうだ。今度の月末は一緒に遊びに行こう!」

「あなた? そんな約束して。またスケジュール詰まったらどうするつもり?」

「その時はまた光佑にお願いするさ。どんな爺さんも彼にかかればイチコロだからね」

「ふふ。そうね。じゃあ、約束しましょうか」

「うん。約束」

僕はお父さんとお母さんに次の約束をして、最高の誕生日を終わらせた。

でも、少しだけ、ほんの少しだけ不満な事があった。

それをお父さんとお母さんに伝えると、二人とも笑ってくれて、次の時はそうしましょうと言ってくれた。

だから、僕は勇気を出して、立花さんの車に乗りながら、その話をする。

「あの、あのね! 今日はありがとう」

「喜んでもらえて何よりですよ。楽しめましたか?」

「うん。でも、一つだけ、足りない事があったよ」

「足りない。ですか?」

「そう。何だか分かる?」

「そうですね。映画を見たかったとか」

「ぶっぶー。違います」

「ふむ。お昼も遊園地の食事ではなく、どこかレストランが良かったとか」

「全然違うよ」

「……なかなか難しいですねぇ」

「正解は、夜ご飯食べる時に立花さんが居なかった事だよ! 今度同じ事があったら、ちゃんと途中で居なくならないで参加してね!」

「いや、しかし。親子水入らずの場に入るのは」

「いいの! お父さんもお母さんも良いよって言ってたし。それに立花さんは僕のマネージャーなんでしょ。なら、雇い主が必要だって言ってるんだから、必要なの」

「……分かりました。次回からはよく検討しましょう」

「お願いね!」

僕は次から立花さんも含めて家族がそろって食事できる事を夢見て、笑う。

楽しい。本当に楽しい誕生日だった。
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