神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第46話 転校生と黄昏時の悪魔 14

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 ドン──ッ‼

 薄暗いトイレの中。飛鳥は、男に胸ぐらを捕まれると、そのままトイレのドアに強く叩きつけられた。

 床に座り込み、押さえつけられるようにして捕らえられた体に逃げ場などはなく、飛鳥は背中に響いた衝撃で小さく声を漏らす。

「…ぅ……っ」
「君は本当にいい子だね」

 頭上から聞こえた声に、苦痛に顔を歪めつつもうっすらとその瞳を開くと、男は飛鳥を見下ろしながら妖しい笑みを浮べていた。

「私は、とても嬉しいよ。こんなにが手に入るんだ」

「……っ、華の……ぬぃぐるみ……わざと………隠…したの……?」
 
 男を睨みつけつつ、ずっと気になっていたことを問いかける。

 すると、男は最初飛鳥に話しかけた時と同じように、朗らかに笑って話しかけてきた。

「おや、気づいていたのかい? 君を見ていたら、とてもとても良いお兄ちゃんだったからね。ぬいぐるみが無くなれば、妹のために一人で探しに来てくれんじゃないかと思ってね?」

「──んっ、」

 胸ぐらを押さえ込む男の力が更に強まると息苦しさは更に増した気がした。

 それに加え、まさか昼間遊んでいた時から目をつけられていたのかと思うと、背筋がゾッと震えて、家から出たことを深く後悔する。

「私はね。美しいものが大好きなんだ。絵画に美術品、今まで欲しいものはなんでも手にいれてきた。正直、子供なんて汚いだけでなんの興味もなかったんだがね。今日君を見つけたら、ついつい気が変わってしまってね?───に、加えてみたくなったんだよ」

 男がこちらを見つめ、うっとりとした表情で語りかける。


──コレクション?

何、言ってんの、この人…っ


「……っ…キチガ…イ…ッ」




グッ──!!

「──っ、あッ!」

 胸ぐらを掴んでいた男の手が、そのまま首へと回された。細い首を撫でるその感触に並々ならぬ恐怖を感じると、飛鳥はとっさにその男の腕をつかむ。

「ッ……や──ッ」

「あははははは、酷いことをいうじゃないか!! 大人しくしていれば、怖い思いなどせずにすんだのに」

「ん、ッッ…!」

 だが、そのわずかながらの抵抗で男の力が緩むことはなく、首筋に食い込む指は、容赦なく飛鳥の意識を奪うべく絡み付いた。

「大丈夫だよ、殺したりはしないからね。気道は塞がず頸動脈だけを圧迫して酸欠にするだけさ。少し気を失ってもらわないと君は頭が良さそうだからね?」

「っ……ぁ、…ッ」

「心配しなくても、どうせ明日には海外さ。いなくなった所で、見つけられるはずもない…」

「──や、…ぁ、…はぁ、っ」

 ヒューヒューと喉から荒く呼吸が漏れる中、血管を圧迫され血液が十分に行き渡らない脳は、くらくらとめまいをおこし始める。

 だがそれでも、その男の言葉は、耳障りなくらいクリアだった。
 
「君はどの国に住みたいかな? 良い子にしていたら、綺麗な服を着せて、欲しいものもなんでも買ってあげよう」

「……」

「これからは、私がになるんだ──たくさんたくさん可愛がってあげよう」

「ン…っ!」

 首にかけた手はそのままに、男のもう片方の手が、飛鳥の髪や頬に触れる。

 肌に触れる指先の感触に背筋が氷る。

本能的に涙が溢れそうになると、必死に男を睨み付けるその瞳にはじわりと涙が滲んだ。


「あぁ、そういう表情も実にいいね。君の将来がますます楽しみだ」

「んッ、あ、ゃ──…!」

 ありったけの余力を振り絞って、手足をばたつかせ抵抗する。

 男の放つ言葉が、その先に何が待つのかを暗示じさせて恐ろしく身が震えた。

 目の前には、真っ暗な絶望が転がっていて、飛鳥が嫌だと抵抗すればするほど、笑みをうかべる男の顔が、声が、少しずつ遠いて

全身の力が抜けていく──


「…はぁ、……っ──…ッ」

 首筋にそって食い込む男の手に、必死になって爪を立てた。

 だが、手の力がぬけはじめ、一気に視界はぐらつきはじめる。

 ──意識を失ったら終わりだ。

 そう、わかっているはずなのに、浅くなった呼吸が、じわじわとその思考を奪っていく。

「さぁ、そろそろ楽になりなさい…」
「───…っ…」

 霞む視界の奥で、男が頬を撫でながらほくそ笑んだ。まるで、品定めでもするかのように、頭上から囁きかけるその声が不快で仕方ない。

 それに加え、次目を覚ましたら、自分はどうなっているのだろう。

 その絶望感から体は震えだし、瞳に溜まった涙が今にも溢れだしそうになる。


「…っ…は、っ………ぁ、……や」


誰か──

 だが、そんな飛鳥の思いを裏切るように、その意識は次第に薄れていく。

 自分の限界がもうそこまできていて、力が出ない。息もできない。苦しい。怖い。怖い。怖い。

 朦朧とする意識の中で、必死に助けを求める。

 だが、どんなに叫ぼうとも、その声が音になることはなく、何かを語りかけてくるその男の声も、もうよく聞き取れなくなっていた。



「……っ」

 するとその瞬間。掴んでいたその手が、ダラリと力をなくし、男の腕から離れた。

 抵抗することなく、されるがままになった飛鳥を見下ろすと、男は喉の奥で「ククッ」と小さく笑う。

 その男の含むような笑みが見えたと同時に、飛鳥のその脳裏には「家族」の姿が過ぎる。


本当なら、今頃みんなで夕飯を食べていた頃だろう…

きっと、心配してる…
もしかしたら、泣いてるかもしれない…


「…っ………」

 瞬間、冷たくなった頬に一筋の涙が伝った。

 薄れゆく意識の中で、飛鳥は家族を思いながら、ゆっくりとその瞳を閉じる。


──もう、限界だった。




(…………ご……めん……っ)




ごめん

ごめん

ごめん──


父さん





ゴメン…っ


俺……もぅ───……っ





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