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第5章 救世主と事件
第32話 笑顔と事件
しおりを挟む「なにせ、俺だって、昔は飛鳥と仲悪かったしな──」
「……」
その言葉に飛鳥が口を閉ざすと、さっきまで騒がしかったテーブルは、すぐさま沈黙した。
「えぇ?? 仲悪かったって……神木さんと、橘が?」
少しだけ重くなった空気を感じながら目を丸くした大河が、二人を交互に見渡す。
二人は小学生の頃からの付き合いだと、大河は隆臣から聞いていた。
こうして話している姿は、憎まれ口を叩きながらも、とても仲良く見えた。
だが、まさかそんな二人が、昔は仲が悪かったなんて──
「あはは……そう言えば、そうだったねー」
すると今度は飛鳥が、またニコニコと笑いながら話し始めた。
「隆ちゃん、あの頃は超目付き悪くて、狂犬みたいだったもんね?」
「お前に分かるか? 小5で転校しなきゃならなかった俺の精神的苦痛が……」
「なに、苦痛感じてたの? あれで?」
「それに、お前も人のこと言えねーだろ!? 目つき悪い上に、笑顔だって皆無だったくせに…」
「え!? 神木くんが……!?」
二人の会話に大河がまた再び驚きの声を上げる。
いつも、見惚れてしまうような綺麗な笑顔を携えている飛鳥。
そんな飛鳥が「笑顔が皆無」……つまり、笑っていない時期があったなんて、今じゃとてもじゃないが、信じられなかった。
「え、その話すごく気になる!! 昔仲か悪かったに、どうやって仲良くなったの?! あと神木くんて、やっばり子供の頃からずば抜けて美人だったんですか!?」
「……」
目を輝かせ、まるで餌を待つ子犬のように、昔話を要求し始める大河。
飛鳥はそれをみて、少しばかり顔を曇らせると、視線をそらし、腕につけた時計を確認する。
「……申し訳ないけど、俺そろそろ帰らなきゃ」
「えー帰っちゃうんですか!? 昔話一緒に聞かせてくださいよ!」
「俺たちの子供の頃の話なんて、たいした話じゃないよ」
飛鳥は、その後荷物をもち、席を立つと「じゃぁ、またね」と笑ってる、そそくさと会計をしたあと、喫茶店から出ていった。
飛鳥が去り隆臣と二人だけになった大河は、向かいの空席を見つめ小さく呟く。
「俺…もしかして、嫌われちゃった?」
「いや、大丈夫だろ……『嫌い』じゃなくて『苦手』だって言ってたし。それに飛鳥は、嫌いな奴には基本笑顔なんて見せねーよ。もうすぐ昼だし、帰って昼メシでも作るんだろ?」
「マジで!? 神木くん料理もできんの!?」
「はぁ…」
隆臣は、再びコーヒーを手に取ると、今までの苦労が水の泡と化したからか、深々とため息をついた。
あわよくば、大河が飛鳥と鉢合わせする前に、時間を戻したい…
「でも信じらんないな。橘と神木くんが、昔は仲悪かったなんて……」
「……」
すると、再び大河から降ってきた言葉に、隆臣は眉をひそめた。
幼い頃の『苦い記憶』が甦る。
今思えば、飛鳥と初めて会った時の印象は、あまりよいものではなかった。
だが、それが今はこうして顔を付き合わせている。
──きっかけは何か?
と問われたら、今でも思い出すのは、小5の秋の──あの『事件』のことだけだった。
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