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第2章 クリスマスの決意
第16話 神木家とクリスマス
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***
それから暫く、飛鳥が泣いている華やイライラしている蓮をなだめていると、閉店作業を終えた隆臣が、飛鳥に声をかけてきた。
「飛鳥、今から帰っても飯作るの大変だろ。母さんが、今日はここで食ってけって」
「え? いいの?」
時刻はすでに8時半。今から帰って夕飯を作るのはさすがに億劫だと、美里が提案してくれたらしい。
「ありがとう。じゃぁ、うちのケーキもみんなで食べればいいね」
「そうだな。華、今からクリスマスパーティーするぞ。だからいつまでも泣いてるな」
飛鳥と同じく、テーブルの椅子に腰かけて、ウサギのように赤くはらした目を袖で拭い気持ちを落ち着かせようとしている華。そんな華に向けて隆臣が問いかけると、もうクリスマスどころではないと思っていたのだろう、華は思い出したように、きょとんと目を丸くした。
「え? パーティ?」
「あぁ、料理は昨日のうちに仕込んどいたから、すぐできるぞ」
「ほんと!」
隆臣の言葉を聞いて、華の顔が一気に明るくなる。それをみて、まわりの雰囲気も、次第におだやかなものに変わると、どうやら一段落ついたようだと感じ取った狭山は、そそくさと退散することにした。
「じゃぁ、俺はこれで――」
「あ、ちょっと待って!」
だが、外に出ようと喫茶店の入り口に手をかけた時、狭山はなぜか飛鳥に呼び止められた。
「なに?」
「狭山さんも、食べてけば?」
「え?」
にっこりと笑って言われた言葉は、なんと「食事のお誘い」だった。
「な、なんで!?」
「だって、うちの子達心配して、わざわざ、ここまで連れてきてくれたんでしょ? やっぱりいい人だね、お兄さん」
「な、いや! 俺はいい。邪魔だろ、部外者なんだし」
「えーだって、お兄さん彼女いなさそうだし。どうせ帰っても、一人寂しくケーキ食べるんでしょ?」
「……っく!(言い返せねぇ)」
飛鳥が、狭山の手にしたケーキを指さしながらそう言うと、狭山は二の句が告げず、わなわなと手を震わせた。
悪気はないのかもしれないが、人の触れられたくない部分に土足で踏み込んでくるこの笑顔が、時々すごく憎らしい。
「隆ちゃん、この人だよ! この前、俺を車で送ってくれた優しいお兄さん」
すると、飛鳥は先日話したことを思い返しながら、狭山を紹介し始めた。その言葉に、その場にいた隆臣と蓮が、思い出したように頷くと
「ああ、あなたが 車で送らされたあげく、名前を聞くこともできず追い返された、あの狭山さんですか?」
「あー、兄貴を女と間違えてスカウトして、しまいには高いアイス奢るハメになった、あの狭山さん?」
「あれ? なんか俺、悪い方に有名になってない?」
どうやら、彼らの間では「可哀想なお兄さん」として勝手に有名になっているらしい。だが、実際にこの少年に振り回されたのは事実なのだから、無理もないかもしれないが……
「隆臣~、料理運ぶの手伝って―」
すると、奥のキッチンから、美里の声が聞こえてきて、その後、神木家は、橘親子と狭山と、いつもとは違う顔ぶれで、クリスマス・イブを過ごすこととなった。
喫茶店を貸し切るようにして催されたクリスマスパーティーは、いつもの家族だけのクリスマスとはどこか違っていた。
「華……はい、ケーキ」
食事を終え、ケーキを切り分けると、皿に盛りつけられたケーキを手に、テーブルについていた華に、蓮がそっと差し出した。
「ありがとう、蓮」
「もう、大丈夫か?」
「うん……ダメだよねー泣き虫、全然治らないや」
ケーキを一口分、口に含むと、ラズベリーケーキの甘酸っぱい味が、口の中一杯に広がった。そして、その瞬間、脳裏によぎったのは、先日言われた、葉月の言葉。
『もしかしたら、今年は家族で過ごす最後のクリスマスかもしれないのにね』
最後の―――その言葉が、重くのしかかる。
「ねぇ、蓮……」
「……」
「来年のクリスマスは、どうなってるんだろうね……?」
別のテーブルでは、兄が狭山をからかいながら、隆臣や美里と共に楽しそうに笑っていた。
ずっと一緒にいてくれた「母親」のような存在。でも、どんなに仲が良くても、いつかは兄や父の元から、離れなくてはならないのだと、大人にならなくてはならないのだと……そして大人になったら……
「いつか、バラバラになっちゃうのかな?私たち……」
「……」
華のその悲痛な声に、蓮は言葉を詰まらせる。まだ、離れたくないと「子供」の自分が叫ぶのだ。やっと手にした「今の幸せ」を手放したくないと、変わりたくないと、先のわからない未来に進むことを恐れてる。
当たり前のように一緒にいた家族。暖かい家族。
その家族と、離れる決心がつかないのは、きっと『絆』が強すぎたせいなのだろう……
「さあな。でも、大人になるって決めただろ?兄貴のためにも……」
「……」
蓮のその言葉に、華は目を細めた。その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせているように、華には聞こえたから。
「うん、そうだよね……お兄ちゃんには、誰よりも幸せになってほしいもの…」
見えない未来。
大人になったら、この「絆」とどうなってしまうのだろう…
でも、早く大人にならなきゃいけない。
早く大人になって、兄を安心させてあげたい。
自分たちから、解放させてあげたい……
居心地のよい「今」に後ろ髪をひかれながらも、二人は兄を思い、前に進む道を選ぶのだ。
「頑張ろうね……」
「あぁ……」
先のわからない未来に進むのは、不安で仕方ない。
だけど、たとえどんなに、今と違う未来であったとしても、その先にまた、みんなで笑い合える未来がきっとくると信じて……
皆と楽しそうに笑う兄をみて、華と蓮は、願うように、そっと目を閉じるのだった。
それから暫く、飛鳥が泣いている華やイライラしている蓮をなだめていると、閉店作業を終えた隆臣が、飛鳥に声をかけてきた。
「飛鳥、今から帰っても飯作るの大変だろ。母さんが、今日はここで食ってけって」
「え? いいの?」
時刻はすでに8時半。今から帰って夕飯を作るのはさすがに億劫だと、美里が提案してくれたらしい。
「ありがとう。じゃぁ、うちのケーキもみんなで食べればいいね」
「そうだな。華、今からクリスマスパーティーするぞ。だからいつまでも泣いてるな」
飛鳥と同じく、テーブルの椅子に腰かけて、ウサギのように赤くはらした目を袖で拭い気持ちを落ち着かせようとしている華。そんな華に向けて隆臣が問いかけると、もうクリスマスどころではないと思っていたのだろう、華は思い出したように、きょとんと目を丸くした。
「え? パーティ?」
「あぁ、料理は昨日のうちに仕込んどいたから、すぐできるぞ」
「ほんと!」
隆臣の言葉を聞いて、華の顔が一気に明るくなる。それをみて、まわりの雰囲気も、次第におだやかなものに変わると、どうやら一段落ついたようだと感じ取った狭山は、そそくさと退散することにした。
「じゃぁ、俺はこれで――」
「あ、ちょっと待って!」
だが、外に出ようと喫茶店の入り口に手をかけた時、狭山はなぜか飛鳥に呼び止められた。
「なに?」
「狭山さんも、食べてけば?」
「え?」
にっこりと笑って言われた言葉は、なんと「食事のお誘い」だった。
「な、なんで!?」
「だって、うちの子達心配して、わざわざ、ここまで連れてきてくれたんでしょ? やっぱりいい人だね、お兄さん」
「な、いや! 俺はいい。邪魔だろ、部外者なんだし」
「えーだって、お兄さん彼女いなさそうだし。どうせ帰っても、一人寂しくケーキ食べるんでしょ?」
「……っく!(言い返せねぇ)」
飛鳥が、狭山の手にしたケーキを指さしながらそう言うと、狭山は二の句が告げず、わなわなと手を震わせた。
悪気はないのかもしれないが、人の触れられたくない部分に土足で踏み込んでくるこの笑顔が、時々すごく憎らしい。
「隆ちゃん、この人だよ! この前、俺を車で送ってくれた優しいお兄さん」
すると、飛鳥は先日話したことを思い返しながら、狭山を紹介し始めた。その言葉に、その場にいた隆臣と蓮が、思い出したように頷くと
「ああ、あなたが 車で送らされたあげく、名前を聞くこともできず追い返された、あの狭山さんですか?」
「あー、兄貴を女と間違えてスカウトして、しまいには高いアイス奢るハメになった、あの狭山さん?」
「あれ? なんか俺、悪い方に有名になってない?」
どうやら、彼らの間では「可哀想なお兄さん」として勝手に有名になっているらしい。だが、実際にこの少年に振り回されたのは事実なのだから、無理もないかもしれないが……
「隆臣~、料理運ぶの手伝って―」
すると、奥のキッチンから、美里の声が聞こえてきて、その後、神木家は、橘親子と狭山と、いつもとは違う顔ぶれで、クリスマス・イブを過ごすこととなった。
喫茶店を貸し切るようにして催されたクリスマスパーティーは、いつもの家族だけのクリスマスとはどこか違っていた。
「華……はい、ケーキ」
食事を終え、ケーキを切り分けると、皿に盛りつけられたケーキを手に、テーブルについていた華に、蓮がそっと差し出した。
「ありがとう、蓮」
「もう、大丈夫か?」
「うん……ダメだよねー泣き虫、全然治らないや」
ケーキを一口分、口に含むと、ラズベリーケーキの甘酸っぱい味が、口の中一杯に広がった。そして、その瞬間、脳裏によぎったのは、先日言われた、葉月の言葉。
『もしかしたら、今年は家族で過ごす最後のクリスマスかもしれないのにね』
最後の―――その言葉が、重くのしかかる。
「ねぇ、蓮……」
「……」
「来年のクリスマスは、どうなってるんだろうね……?」
別のテーブルでは、兄が狭山をからかいながら、隆臣や美里と共に楽しそうに笑っていた。
ずっと一緒にいてくれた「母親」のような存在。でも、どんなに仲が良くても、いつかは兄や父の元から、離れなくてはならないのだと、大人にならなくてはならないのだと……そして大人になったら……
「いつか、バラバラになっちゃうのかな?私たち……」
「……」
華のその悲痛な声に、蓮は言葉を詰まらせる。まだ、離れたくないと「子供」の自分が叫ぶのだ。やっと手にした「今の幸せ」を手放したくないと、変わりたくないと、先のわからない未来に進むことを恐れてる。
当たり前のように一緒にいた家族。暖かい家族。
その家族と、離れる決心がつかないのは、きっと『絆』が強すぎたせいなのだろう……
「さあな。でも、大人になるって決めただろ?兄貴のためにも……」
「……」
蓮のその言葉に、華は目を細めた。その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせているように、華には聞こえたから。
「うん、そうだよね……お兄ちゃんには、誰よりも幸せになってほしいもの…」
見えない未来。
大人になったら、この「絆」とどうなってしまうのだろう…
でも、早く大人にならなきゃいけない。
早く大人になって、兄を安心させてあげたい。
自分たちから、解放させてあげたい……
居心地のよい「今」に後ろ髪をひかれながらも、二人は兄を思い、前に進む道を選ぶのだ。
「頑張ろうね……」
「あぁ……」
先のわからない未来に進むのは、不安で仕方ない。
だけど、たとえどんなに、今と違う未来であったとしても、その先にまた、みんなで笑い合える未来がきっとくると信じて……
皆と楽しそうに笑う兄をみて、華と蓮は、願うように、そっと目を閉じるのだった。
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