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第9章 恋と別れのリグレット
第393話 恋と諦観
しおりを挟む(ふえぇぇ、なにこれ、めちゃくちゃ可愛い!!)
感動のあまり、あかりの心臓は早鐘のように高鳴った。
ロリータ服を着た飛鳥は、どこからどう見ても、女の子だった。さっきまで「顔を合わせて大丈夫か」なんて思っていたが、そんな心配、綺麗さっぱり吹き飛ぶほど!
「す、すごいです、神木さん! どこからどう見ても、女の子です! 完璧です! わあぁ、可愛い~! 私、感動しちゃいました!」
「そ、そう……」
感動と興奮で目を輝かせるあかりをみて、飛鳥は、苦笑いを浮かべた。
恐怖のモデル時代の賜物か、差し出された衣装を、完璧に着こなしてしまう自分が、たまらなく恐ろしい。
だが、そこまで喜ぶか?
そこまで、絶賛するか?
どうにも納得がいかないが、飛鳥は、苛立つ心をすぐさま鎮めた。なぜなら着替えは、また完了していなかったから。
「あのさ、髪型はどうする?」
「髪型?」
「うん。適当に下してきただけだから、あかりが決めてよ。髪いじりたいって言ってただろ」
「あ、はい! いいんですか!?」
「いいよ」
そういって、持参した櫛と髪ゴムを手渡せば、あかりは、嬉しそうに笑った。
その後、カーペットの上に二人座りこむと、あかりは飛鳥の背後から、長い髪をそっと掬いあげた。
細くて長い金色の髪。それは、キラキラと光り輝き、まるで高級な糸のよう。
「神木さんの髪、ホントに綺麗ですね」
「そう?」
「そうですよ。長いのに枝毛一つないし! 触ってみると余計にそう思います。いつから伸ばしてるんですか?」
「中2から」
「中2! へー、なんだか中学生の神木さんって、ちょっと想像できないです。エレナちゃんを、少し大きくしたような感じでしょうか?」
「まぁ、だいたい、そんなとこ」
「ふふ、やっぱり兄妹ですねー。髪質も、エレナちゃんと同じみたいですし」
「エレナの髪、触ったことあるの?」
「はい。前に遊びに来たときに、何度か髪を結ってあげたことがあって……私、弟しかいなかったから、妹ができたみたいで嬉しかったです」
「へー」
されるがまま、雑談を繰り返す。
あまり人に髪を触れられるのは好きではないけど、あかりに触れられるのは、むしろ、心地よいと思った。
「なんで、ロリータ服にしたんですか?」
すると、またあかりが話しかけてきて、飛鳥は目を閉じ、身を委ねながら答える。
「男っぽいところを隠せる服だったから」
「え? 男っぽいところ?」
「うん。喉とか手とか、どうしてもごまかせない部分ってあるだろ。色々見てるうちに、華たちが本気になっちゃって、やるからには完璧を目指そうって。だから、首元が隠れる服にして、肩幅とか、少しでも小柄に見えるようにって、袖がバルーンタイプになってるブラウスを選んだりしたんだよ」
「へー……」
だが、その話に、あかりの手がピタリと止まる。どうしたのか。その些細な仕草に、飛鳥は振り向き首を傾げる。
「どうかした?」
「あ、いえ……じゃぁ、こんなに可愛く変身できたのは、華ちゃんたちのおかげなんですね……!」
「まぁ、そうだけど。一番は、素材がいいからだろ」
「あはは、それは確かに! でも、相変わらず、神木さんちは仲がいいですね。それに華ちゃんが、本気になる気持ちも分かります! 私も、できるなら、このまま女装した神木さんと、喫茶店とか行ってお茶したいです!」
「お前、どさくさに紛れて、何言ってんの!」
このロリータ服で、街に繰り出すとか、もはや拷問に近い。だが、飛鳥がつっこめば、あかりは「冗談ですよ」とからかい混じりに笑った。
ふわふわと、春の木漏れ日のような優しい笑顔。
そして、そんな笑顔を向けてくれるあかりが、たまらなく愛しいと思った。
ただ、側にいて話をするだけ。
それだけなのに、こんなにも居心地がいい。
できるなら、もっと近い関係になって、この他愛もない時間が続いてくれたらいい。そう思った。
だけど、それは……俺のワガママなんだろうか?
(エレナには、頑張れって言われたけど)
エレナだけじゃない。家族や友人たちが、みんなして俺の恋を応援してくれてる。これまで、まともに異性を好きになれなかった俺の初恋を、みんなが祝福してくれてる。
だけど、一番大事にしなきゃいけないのは、やっぱりあかりの気持ちだ。
「ねぇ、あかりは、どんなタイプが好きなの?」
「へ?」
唐突に問いかければ、あかりは、また手を止めた。振り向かなくても、ちょっと戸惑っているのが、背後から伝わってくる。
まぁ、いきなり好きな男のタイプなんて聞かれたら驚きもするだろう。でも、あくまでも雑談と称して、俺は話を続けた。
「彼氏はいらないって言ってたけど、好きなタイプくらいあるだろ?」
「な……なんですか、いきなり。私の好きなタイプとか、今聞く必要あります?」
「あるよ。あかりのこと、もっと知りたいから、教えて」
「……っ」
あからさまな質問と、あからさまな理由。
そんなの、よく分かっていた。
だけど、これで──多分、わかる。
「そ、そうですね……好きなタイプは、背が高くて、身体がガッシリしている体育会系な人です。髪も短くて寡黙で、あんまり笑わない人とか好きですね」
「へー、そうなんだ」
自分とは、全く正反対な人物像に、軽く笑ってしまった。
あかりには、これまでにも、何度かあからさまな質問をしてきた。直接『好き』とはいえなくても、好きだという思いを込めた言葉。
だけど、それは、あかりには届かなくて、いつも、から回ってばかりだった。でも、それを繰り返すうちに、考えるようになった。
あかりは本当に、俺の気持ちに気づいていないのだろうか?と──
(やっぱり、気づいてる)
そのわかりやすい返答に、ある確信を得て、俺は静かに目を閉じた。
あかりは、出会った時から、人の気持ちに敏感だった。目に見えない何かを、察する力に長けていて、だからこそ、こんなにもあからさまな質問ばかりする俺の気持ちに、あかりが気づかないのはおかしいと思った。
だけど、今の質問で、ハッキリした。
あかりは、俺の、この気持ちに気づいてる。
気づいていて、あえて気づかないフリをしている。
好きなタイプに、目の前の男と全く正反対の男を上げる必要なんて、本来はない。
はぐらかすなら、適当に『優しい人』とか『頼りになる人』とか言っておけばいいのだから。
でも、それでも、あかりが俺とは正反対の人物をあげたのは、遠回しに伝えるためだ。
早く、諦めてください──と。
「できましたよ」
瞬間、あかりが明るい声を発して、俺は顔を上げ振り向いた。触れていたあかりの手が、静かに離れると、その代わりに差し出されのは鏡だった。
「やっぱりロリータ服には、ツインテールですよね。どうですか? エレナちゃんとお揃いにしてみました」
(ツインテール!?)
鏡をうけとれば、これまた可愛らしく立派なツインテールが出来上がっていた。
ツインテールなんて、何年ぶりだろう。
多分、中学の時に、華にいじられて以来だ。
「本当に女の子みたいですね。神木さん、とっても可愛いです!」
「…………」
だけど、そのあかりの言葉に、心が荒波の如く、ざわついた。
自分が可愛いのはよくわかってるし、今まで『可愛い』とか『綺麗』とか言われても、喜んで受け入れて、笑顔で返してきた。
それなのに、相手があかりに変わっただけで、こんなにも複雑な気持ちになる。
「──可愛いくないよ」
ぽつりと漏れた本音は、男としての本音だった。
可愛いなんて思って欲しくない。
できるなら、もっと男として意識してほしい。
だけど、あかりが『諦めろ』というなら、諦めた方がいいのだろうか?
あかりが、俺を好きになってくれないのなら。
あかりが、怖がっているのなら。
今ここで、諦めるべきなのかもしれない。
好きでもない男に思いを寄せられても、迷惑なだけだから――
「神木さん?」
瞬間、あかりが心配そうに俺の顔を覗きこんできた。目を合わせれば、あかりの瞳に、自分が映っているのが見えた。
女の子の姿をした自分が……
「あの、ごめんなさい。私、失礼なことを言ってたかも。男性の神木さんに、あまり可愛い可愛いばかりいうのは、よくなかったですね」
「…………」
やっぱり、あかりは、人の言葉の裏側を読み取るのが上手いと思った。
半分、聞こえないのに。いや、半分聞こえないからこそ、人の仕草や表情から、気持ちを察する力に長けてる。
だから、あかりは気づいていて、俺を的確に拒絶するんだ。ただの友達であり続けるために──
「別に、気にしてないよ!」
不安げな、あかりをみつめて、にっこり笑ってみせた。ロリータ服で、愛らしく小首を傾げる。まさに女の子みたいな笑顔で。
「俺、可愛いしね! きっと100人に聞いたら100人全員が可愛いって言うよ♪」
おどけて笑って、場を和ませた。すると、あかりはホッとしたように息をついて、俺は、またあかりに問いかける。
「ご褒美になった?」
「え?」
「アルバイトの合格祝いだっただろ、女装《これ》」
あかりに近づき、また目を合わせる。傍《はた》から見たら、女同士でじゃれあってるようにしかみえないかもしれない。
「はい。とっても素敵な、ご褒美になりました」
だけど、そのあかりの笑顔を見たら、もう、それだけでいいと思った。
あかりの傍《そば》にいたいなら、これ以上、近づかなければいい。俺が、この気持ちを終わらせさえすれば、今の関係はなくならない。
ずっと、ずっと、友達のまま、決してなくなりはしない。
(分かってた……はずだったのに……)
今まで俺は、どれだけの告白を受けてきただろう。どれだけの想いを聞いて、何度断ってきただろう。
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だって、俺は、その『叶わなかった恋』を、たくさん見てきた人間だから。
たくさんの想いを砕いて、終わらせてきた側の人間だから。
それなのに、自分の恋だけは特別だなんて、いつから、勘違いしていたのだろう。
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