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第9章 恋と別れのリグレット
第391話 来訪と動揺
しおりを挟む「いらっしゃいませ」
その後、飛鳥があかりの家まで行けば、ベルを鳴らした瞬間、あかりはすぐに出迎えてくれた。
玄関で二人きり。普段より可愛らしい姿をしたあかりに、飛鳥は少しだけ気恥ずかしくなったが、あくまでも普段通りを心がけ、中に入ると、玄関を閉めながら、飛鳥は早急に問いかけた。
「大野さんと、なに話してたの?」
「え?」
「気をつけろって、前にも言っただろ」
「あ、すみません。ベランダに出たら、たまたま出くわしてしまって」
飛鳥が心配そうに見つめれば、あかりは、バツが悪そうに視線をそらした。
相変わらず、あかりは人がいい。苦手な相手でも、無下には扱わないのだから。だが、大野が、まだあかりのことを諦めていないからこそ、会話の内容も気になるわけで
「変なこと聞かれたりしなかった?」
「大丈夫です。神木さんのことを、少し……聞かれたくらいで」
「俺のこと?」
「はい。神木さんは、タバコを吸うのかと聞かれまして……でも、よくわからなくて『多分、吸わない』と答えたのですが……神木さんって、タバコ吸ってたりします?」
「…………」
まさか、自分のこととは。しかも、喫煙の有無。
だが、そんな他愛もない雑談なら、まぁいいかと安心しつつ、飛鳥は、素直に答えた。
「吸ってないよ」
「本当ですか、良かった~。もし間違っていたら、どうしようかと!」
その後、あかりが、ほっとしたように答えた。
半信半疑ながらも、当たっていた。まぁ、多分と答えたため、ニセ彼女としての回答としては、不合格かもしれないが
「ていうか、なんで、ベランダに出てたの?」
「え?」
すると、飛鳥が、また問いかけて
「あ、それは、外の空気を吸おうと」
「へー。てっきり、俺が来るのを待ってたのかと思った」
「!?」
すると、飛鳥が、唐突にぶっ込んできた!!
どこか揶揄うような笑みを浮かべて見つめる飛鳥に、あかりはグッと息を詰めた。
ダメだ! 耐えろ!
ここで、恥じらったり、あからさまな反応をしたら、確実にバレる!!
すると、あかりは、普段通り、にこやかに笑って
「いいえ、待ってません」
「いや、待ってただろ? 待ち合わせしてたんだから」
「だからと言って、ベランダに出てまで、神木さんを待っていたわけじゃありません! 私はただ、気持ちを落ち着かせようと……!」
「気持ちを? なんの?」
「へ?」
──しまった!!!!
だが、言えない!! 『神木さんが来ると思ったらドキドキして、気持ちを沈めてました』なんて、言えるわけがない!!
(ど、どうしよう!)
何とか誤魔化さなくては!
他にドキドキするような、何かで……
「さ、さっきまでホラー映画を見ていたんです!」
「は?」
「実は、大学の友人たちに、おすすめの映画を教えてもらって! でも、夜に一人で見るのは怖いので昼間に見ていたら、思った以上に怖くて、ベランダに出て、気持ちを」
「お前、これから客が来るって時に、なにやってんの?」
直前までホラー映画を見ていたとは、どんだけ余裕なんだ。こっちは、朝から落ちつかなかったというのに!
(全く意識してないな、これは)
悲しきかな。あかりは、自分がくる直前まで、ホラー映画を楽しむほどの余裕があったらしい。さすがに、それには、ちょっと心が挫ける。
だが、そんな飛鳥の前で、あかりはこれまでにないくらい動揺していた。
(だ、大丈夫だよね? 誤魔化せたよね? でも、神木さんの洞察力は並じゃないし、このまま男の神木さんと話していたら、意識してるのがバレちゃうかも?)
そうなったら、一巻の終わりだ!! となれば、早いところ女の子になってもらおう!!
「あの、神木さん! 早速ですが、着替えましょう!」
「え、もう? 俺、玄関すら、あがっていないけど」
「だって、見たいんです! 今すぐ! だから、着替えましょう!! あ、でも、どこで着替えますか? リビングでしょうか? それとも脱衣所?」
これでもかと詰め寄るあかりに、飛鳥は眉をひそめた。
そんなに見たいのか、俺の女装姿が……!?
だが、今日ここに来た目的は、確かに女装である。ならば、遅かれ早かれしなくてはならないのだ、この好きな女の子の前で──
「はぁ……別にどっちでもいいよ」
その後、観念した飛鳥は、小さく溜息をつくと靴を脱いで玄関をあがった。すると、あかりは、飛鳥に脱衣所をすすめてきた。
「では、奥にお風呂場があるので、そこの脱衣所できがえてください。私はその間に、お湯を沸かしてお茶の準備でもしておきますね」
そう言って、奥へ促されると、飛鳥は、ゆっくり寛ぐ間もなく、脱衣所へと向かったのだった。
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