神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第9章 恋と別れのリグレット

第390話 お隣さんと知らないこと

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「あ、あかりちゃん!」

 その声に、ゆっくりと隣のベランダを見つめれば、そこにいたのは、隣人の大野さんだった。

「お、大野さん、こんにちは」 

「こんにちはー。ベランダで会うなんて、久しぶりだね!」

「そ、そうですね。何をしてらしたんですか?」

「あー俺? 俺は、ちょっと一服しようと思って! 吸ってもいい?」

 そう言って、タバコと携帯用の灰皿をチラつかせた大野は、にこやかに承諾を得てきた。あかりは、特段ダメとも言えず、静かに「どうぞ」と返す。

「あかりちゃんは、何してたの?」

 すると、タバコに火をつけながら、大野がまた話しかけてきて、あかりは、完全に部屋に入るタイミングを失ってしまった。

「えっと……私は、風に当たろうかと」
「そっか。今日─────」
「え?」

 瞬間、風の音で会話が掻き消えた。あかりは、大野に近づき、また聞き返す。

「あの、今、なんて」
「え? 今日は、って」
「え? あ、そうですね。天気……」

 聞き返すほどでは、なかったかもしれない。
 だが、分からないままだと、それはそれで心配で……

「そういえば、神木くんて、タバコ吸ったりするの?」
「え?」

 すると、唐突に話題がすり変わり、あかりは目を見開いた。

(タ、タバコ?)

 いや待って! 神木さんて、タバコ吸うの!?
 知らない、分からない!

 ていうか、吸ってるか、吸ってないかを、考えたことすらなかった!!

「えーと……」

 言葉につまり、あかりは、どちらかを必死に考える。
 吸ってる所は見た事がない。なんとなくだが、吸っていないような気がする。だが、年齢は20歳を超えてるわけだし、もしかしたら、吸ってるかもしれない。

(どうしよう……なんて答えれば……っ)

 適当なことを言って間違っていたら、神木さんに申し訳ない。
 なら素直に「知らない」と答えるべきか?
 
 いや、しかし、大野さんにはと言っているわけだし、彼氏がタバコを吸ってるどうかすら知らない彼女は、どうなのだろう?

「答えられないの?」
「え……っ」

 瞬間、大野に問われ、あかりは狼狽する。
 やばい、これはヤバい!

「す、吸ってないと……思います」 

「思う?」

「わ、私の前では、吸ったことがないので」

 結局、ありのまま答えた。
 だが、仕方ない。恋人のフリはしていても、本当の恋人ではないのだから、なんでも知ってるわけではないし、むしろ、知らないことの方が多い。

(昔のことを話してもらって、色々知ってる気になってたけど、私、神木さんの好きな食べ物すら知らないんだった)

 心の中に、少しだけ切なさがよぎる。

『私の知らない神木さんを、もっと見てみたいです』

 あの言葉は、無意識にでた本心だ。

 もっと知りたいと思った。
 そしてそれは、きっと好きになってしまったから。

 でも、もう知る機会はないのかもしれない。
 今日を、にするのなら――

「あ、神木君だ」
「……!」

 瞬間、大野が視線を上げてそう言えば、あかりも同じように顔を上げた。見れば、遠くの方から、飛鳥が歩いてくるのが見えた。

 長い金色の髪が光の反射して、とても綺麗だった。なにより、遠目から見ても目を引くその姿は、見惚れてしまうくらい整っていた。

「やっぱイケメンだなー、神木君。今日、デートだったの?」

「え、あ……はい」

「そっかー。どっか行くの?」 

「いえ、どこにも。家で過ごします」

「へー、家でなにするの?」

「え!?」

 何をする!?──て、言えるわけない!!
  『これから彼氏に女装させます』なんて!!

「あ、あの、それは……っ」

 大野の質問に、あかりはまたもや慌て出した。

 なにか話さねば!?
 しかし、普通、恋人同士は家でどんなデートをするのだろう。経験がないあかりには、皆目、見当がつかなかった。

(えーと、あれかな? ゲームしたりとか?)

 マジで、それくらいしか思いつかない。
 だが、困り果てるあかりを見て、大野は

(いやいや、俺もなに聞いてんだよ。やることなんて、しかねーじゃん)

 それは、返事に困るあかりの態度からも明白だった。きっとこれから、テキトーに雑談でもした後に、に発展するのだろう。

(へー、あかりちゃん、これから神木君とイチャイチャするんだー、俺の隣の部屋で)

 なんとも、けしからん。
 真昼間から、あんなことやこんなことをするなんて。しかも、相手は自分が気になってる女の子!

 そう思うと、なんだかむしゃくしゃしてきて、大野は、ちょうどアパート下までやって来た飛鳥を睨みつけた。

(あんなに綺麗な顔して、ヤることは、やってるんだもんなー……つーか、あんだけイケメンなんだから、あかりちゃん一人くらい、俺に譲ってくれてもよくね?)

(なにあれ。大野さん、なんで俺のこと睨んでんの?)

 タバコを吸いながら、いきなり睨まれ、飛鳥が眉をひそめる。なにより、また、あかりにちょっかいをだしてるのも頂けない。

(大野さん、いい加減、諦めればいいのに……ていうか、ベランダでタバコ吸うのってマナー違反じゃないの? 洗濯物にも臭い移るし、やめてくんないかな?)

  ※ ちなみに主婦力高めな飛鳥くん、タバコは吸いません。

 そんなわけで、睨み睨まれ、飛鳥と大野の間には、バチッと見えない火花が散った。だが、あかりは、そんな二人に気づくことなく

「あの、大野さん。私、もう部屋に入りますね!」

 そう言って、質問の返事から逃げるようにバタバタと部屋の中に入り鍵をかけると、大野は、彼氏を出迎えに行ったであろう、あかりを見つめて

「どうか今日、あの二人が別れますように……」

 と、まるで愚痴を零すように、小さく神に願ったのだった。
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