神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第5章 あかりの帰省

第351話 人気者とマフラー

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「あかり!」

 声をかけられ目を向ければ、そこには少し息を切らしたながら駆け寄ってくる、飛鳥が見えた。

「あれ、神木くん」
「ごめん、山岡さん! この子は、大丈夫」
「え?」
「あかりは、特別だから、追い返したりしなくていいよ」
「!?」

 ──特別!?

 警備員と話しながら、またもや、殺し文句をぶっ込んできた飛鳥に、あかりは困惑する。

(っ……相変わらず。でも、これは友達としてって、意味だよね?)

 そうだ。この人は、誰にでもこういうことを言う人。だが、あかりが、頭の中でそう言い聞かせていると、今度は警備員の男が

「え!? もしかして、この子、神木くんの彼女だったり!?」

 そう言って、また話が大きくなり始め、あかりはすぐさま反論した。

「いいえ。違います! さっきも言いましたが、私は神木さんの友達です! お互いに恋愛感情なんで、1ミリもありませんし、この先もずっと友達です!! そうですよね、神木さん!!」

「え?……あ、うん……そう、だね?」

 まるで有り得ないとばかりに同意を求めてきたあかりに、飛鳥も渋々返すが、心の中はかなり複雑だった。

(恋愛感情が、1ミリもない……ね)

 相変わらず、人の心をグサグサついてくる。
 だが、ここで否定することはできず。

「えーと……山岡さん、この子は、俺の大学の後輩で、何度か家にきたこともあるから、尋ねてきでも追い返さなくていいよ」

「そうだったのか。……失礼致しました! 神木くんの住所までつきとめてくる女の子って、時々行き過ぎたことするから、俺も気が気じゃなくて」

「……そ、そうなんですか?」

「うん。もう、芸能人並みにガードしないと大変でさ! 俺、マンションの警備員始めて、もう10年になるけど、こんなに警備員らしい警備ができるマンションはそうはないよ!」

 話を聞けば聞くほど、飛鳥の人気っぷりが伺えた。

 いや、まだ芸能人ならわかる。
 だが、一般人でこれ?
 もう、恐ろしいとしか言えない。

「じゃぁ、神木くん! 俺は、戻るね」

 すると、爽やかに笑った警備員の山岡さんは、また奥の管理室に戻って行って、飛鳥は、改めてあかりに謝罪する。

「ごめん、あかり。ポスト、鍵かかってるの忘れてた」

 本当に、ついうっかりだ。
 べつに、新手の嫌がらせをした訳ではない。

「いぇ、別にいいです。しかし相変わらず、すごいですね。自宅にまでプレゼントが届くなんて」

「……いや、届くのはたまにだけど。ただ、自宅のポストは鍵かけとかないと、時々変なもの入ってるから」

「変なもの?」

「髪の毛編み込んだマフラーとか」

「ひっ!」

 瞬間、あかりが悲鳴をあげた。
 そんな呪いじみた物まで、もらってるのか!?

「か、神木さん、やっぱり、もう少し言動や行動に、気をつけた方がいいとおもいます!」

「は?」

「だって、さっきも私の事を『特別』と言ってみたり、そういう勘違いされるようなこと言っているから、そのように身の危険が及ぶような……」

「勘違いって?」

「え?」

「何をどう、勘違いするの?」

「……っ」

 軽く距離が近づく。

 青い瞳は相変わらず綺麗で、どこか真剣なその表情に、胸の奥がドキリとした。

「な、何をって……っ」

「あかりも、勘違いしたりするの?」

「え?」

「さっき『特別』って言われて、どう思った?」

「ッ……」

 目が合えば、一度冷静になったはずの心が、また熱を持ってくる。

 忘れようとしているのに、なかったことにしようとしているのに、まるで、それを許そうとしないかのように、その瞳が訴えてくる。

 何度と『違う』と自分に言い聞かせても、その瞳が、その声が、それを全て否定してくる。

「ぁ……」

 ──嫌だ。
 ──嫌だ。

 そんな目で、見ないでほしい。

 そんなに、愛おしそうな目で、私を見ないで。

 私は、あなたの「特別」になるのが、こんなにも……

「怖い……です」

「え?」

「私は……誰かの『特別』には、なりたくありません……っ」

 そう言って、呟いた言葉は、今にも消えそうな声で、その瞬間、飛鳥は目を見開いた。

 何をそんなに怖がっているのか、飛鳥が困惑していると、その後、あかりは、手にしていたお土産を飛鳥に押し付けてきた。

「これ、どうぞ……! 私、もう帰ります!」

「え、あかり!?」

 その瞳に、涙が滲んでいるのが見えて、飛鳥は咄嗟に引き止めたが、その指先は、あっさりあかりの肩を掠めて、空中をつかんだ。

 まるで、にげるように立ち去ったあかり。
 そして、それを見て、飛鳥は一人困惑する。

 誰かの、特別になりたくない。
 そう言ったあかりは、少しおかしかった。

 苦しそうに、悲しそうに、まるで自分を責めてるみたいな、そんな表情で……

(アイツ……昔、何があったんだ?)

 ふと、あかりが前に話していたことを思い出した。

『私にもあるんです。忘れたくても忘れられなくて、苦しんだことが……』

 忘れたくて
 忘れられなくて

 忘れられないまま、心の中に閉じ込めた

 何か──

 きっと、あかりの中にもあるんだと思った。
 未だに深く根を張って取り除けない

 痛みや後悔が──


(俺じゃ……力になれないのかな?)

 あかりが、俺の心に寄り添ってくれたように、俺が、あかりの心に寄り添って、その痛みを、軽くしてあげることは、出来ないのだろうか?

 だけど、そう思えば思うほど、近づけば近づくほど、あかりを、苦しめているようにも見えた。

「……悔しい」

 好きな子の『心』ひとつ救えない。一番知りたい女の子の心が、なにもわからない。

 そんな自分が、たまらなく情けなくて、悔しくて仕方ない。

「好きな子、泣かせて……何やってるんだが」

 触れ損ねた手をきつく握りしめて、飛鳥は、重く呟いた。


 季節は春。
 世界は、桜色に色づく。

 だけど、二人の世界は、全く色づく兆しを見せなかった。

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