神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
293 / 507
第2部 最終章 始と終のリベレーション

第272話 本心と涙

しおりを挟む

「お兄ちゃんは──私たちといて、だった?」

 悲痛な華の声がリビングに響けば、飛鳥はその瞬間、大きく目を見開いた。

 罪滅ぼしと言われ、涙でいっぱいになった華の顔を見れば、胸の奥にズキリと痛みが走る。

「っ……俺は──」

「華!」

「ふぇ!?」

 だが、その瞬間、蓮が、立ち上がりつつ、華をたしなめた。

 涙でぐしゃぐしゃになった華の顔にティッシュを強引に宛てがい「落ち着け!」と声をかけると、蓮は少し慌てた口調で飛鳥に語りかける。

「兄貴! 華、興奮すると言葉足らずになるけど、さっき『許せない』って言ったのは、兄貴のことじゃないから! その……許せないのは、俺たちのことで……だから、勘違いしないで!」

「……」

 華の言葉に、兄がより一層、自分を責めるかもしれないと思ったのか、これ以上、拗れないように、蓮が仲裁にはいる。

 こんな所は、やっぱり双子だ。
 いや、自分たち兄妹弟は、いつもこうだった。

 三人のうち二人がケンカになったら、残った一人が、いつも仲裁に入る。

 どっちの味方とか、そーいうのじゃなくて
 ちゃんとどっちの話も聞いて、仲直りさせてくれる。

 幼い頃から染み付いた習慣みたいな、そんな姿に、どこか懐かしい頃を思い出して、飛鳥は目を細める。

「あのさ、兄貴」
「………」

 すると、今度は蓮が、華とは違う落ち着いた声で話しかけてきた。

「さっきから、ずっと謝ってるけど、俺たちからしたら、なんで兄貴が謝るのかが分からない。親が人を刺したことだって、帰りが遅くなったことだって、兄貴には、どうしようもなかったことだろ。少し考えれば分かるのに、なんで、そこまで、自分を責めなきゃいけないんだろうって……だけど」

 一度、言葉を止め、兄を見やれば、蓮は、痛みに耐えるような顔をして、再び声を発した。

「だけど、人の"心の痛み"は、その人にしか分からないから……だから、俺達からみたら"どうしようもない"ことでも、兄貴にとっては、"どうしようもない"では、すまなかったっんだよな」

「……え?」

 その言葉に、飛鳥が瞠目する。

 蓮を見れば、その目は、とても悲しそうな色をしていて、その隣で泣いていた華も何かを察したのか、泣き腫らした目のまま兄を見つめた。

「兄貴は、いつも人のことばかりだ。母さんに謝って、俺たちに謝って、だけど、一番大事な人の気持ちを忘れてる」

「……一番、大事な……人?」

 ボソリと呟いたあと、意味がわからず二人を見つめた。

 蓮の言わんとする言葉の意味が分からなかった。

 すると、そんな飛鳥に蓮は──

「兄貴、"自分の気持ち"、蔑ろにしてない?」

「え……?」

「兄貴が、今でもずっと自分のことを責めてるのは、俺たちから母親を奪ったとか以前に、それだけ辛かったんだろ──が」

「……」

「ほんの5分、遅く帰った自分を許せなくなるくらい。どうしようもなかったことを、どうしようもないと思えないくらい。母さんを失ったのが、辛かった。だから、今でも、ずっと、自分のことを責め続けてる……!」

「……っ」

 耳に響く言葉が、自然と涙腺を刺激する。

「俺たち、母さんが亡くなった時のこと、何もおぼえてないよ。お父さんも、死に目には会えなかったっていってた。兄貴だけなんだろ。母さんが苦しむところも、泣きながら亡くなるところも、全部見てて、全部覚えてるの。あの日……あの日、一番辛い思いをしたのは、兄貴だろ!」

「………ッ」

 瞬間、目の奥が熱くなって、あの日、涙も流せず、霊安室で横たわる母を見つめていた自分の姿を思い出した。

 ただ、呆然と。

 母の死を受け入れられず、華と蓮の手をにぎりしめて、ただただ立ちつくしていた、あの幼い頃の自分を──

「大体、なんで、俺と華の母親みたいな言い方するんだよ! 兄貴だって母親を亡くしてるだろ。それも、辛い時に助けてくれた、一番大切だった人を目の前で亡くして……それなのに、なんで、その時の自分の気持ち差し置いて、人の事ばっか考えて謝ってんだよ!」

「…………」

 次第に感情的になる蓮の言葉に、鼓動が次第に早くなる。

 あの日、置き去りにした感情があった。

 ぐちゃぐちゃになって泣き叫ぶ自分を、必死に押さえ込んで、無理やり箱の中に閉じ込めた。

 子供の自分なんて、いらない。
 弱い自分なんて、いらない。

 強くならなきゃ
 大人にならなきゃ

 そうしなきゃ、大事なものは




 守れないから────




「俺達は誰も責めてないよ。俺も華も、父さんも母さんも、誰も兄貴を責めてない。だから、もう謝らないで。そんなふうに自分を責めないで……兄貴は何も悪くないよ。母さんが亡くなったのは──兄貴のせいじゃない」

「───…っ」

 不意に、涙が溢れそうになった。

 固く閉ざしたはずの心が、ポロポロとほころび始めてゆく。


 それは、まるで

 あの日、閉じこめたはずの幼い自分が


 「出して」と叫んでるみたいに────…



「お兄ちゃん」

 すると、今度は華が涙目のまま

「私たち、ずっと、お兄ちゃんのこと"強い人"だって思ってた。いつも笑って大丈夫って言って、弱みなんて全く見せなかったから。でも、本当は大丈夫じゃなかったよね? 誘拐事件に巻き込まれた時だって、お兄ちゃん笑ってたけど、本当は辛かったよね?……あの時、なんでもないように振舞ってくれていたのは──ぬいぐるみを忘れた私が、気に病まないようにだよね?」

 いつもそう。優しい兄は、いつも自分の心を殺して、誰かの心を守ろうとする。

 だから、きっと──

も、そうだったんじゃないの?」

「…………」

「無理やり自分の気持ち押さえ込んで、私たちのことばかり、考えてたんじゃないの?」

「…………」

「私、お兄ちゃん本心が知りたい。罪滅ぼしだっていうなら、それでもいい。一緒にいるのが苦痛だったって言われても、ちゃんと受け止める。だから、本当のお兄ちゃんのこと、全部教えて……?」

「…………」

「もう、自分の気持ち、蔑ろにしないで……私たちのために、平気なフリしないで……辛いなら辛いって言って、悲しいなら悲しいって言って……母さんが亡くなった時──お兄ちゃんは、?」

「───…っ」

 その瞬間、飛鳥の瞳から、涙からこぼれ落ちた。

 あの時、無理やり閉じこめた感情。
 それが、涙と一緒になって溢れてくる。

 あの時──

 まだ幼かった華と蓮と、精神的に弱り果てた父を見て、自分がしっかりしないと、この家族はダメになると思った。

 悲しむ間もなかった。

 ただ、家族を何とかしたかった。
 もう、壊したくなかった。

 バラバラになりたくなかった。

 だから──全部全部、閉じこめた。

 悲しいと泣く自分も
 辛いと喚く自分も

 弱いままでいると、大切なものは守れないと思ったから。

 でも───…


「ぅ、……っ……」

 すると、飛鳥は、その後小さく声を震わせ、ポツリポツリと話し始めた。

「つら、かった……悲しかった……母さんが、死んだなんて……全然…受け止められなくて……苦しくて、怖くて……どぅしよぅも…なかった……っ」

 母を亡くした、あの日。

 "弱い自分"を何もかも閉じ込めたら

 自分を"責める"感情だけが残った。


 ゆりさんがいないのも
 父さんが、おかしくなったのも

 華と蓮が泣くのも

 全部全部、俺のせいだって──…

 だから、母の死を悲しむ

 そんな当たり前のことですら

 上手く出来なくて……


 でも、本当は───…


「ぅ……ッ……なんで……っ」


 本当は、吐き出したかった。


 素直に母の死を悲しんで

 誰かに、この思いを聞いて欲しかった。


「もっと……傍に、いて……欲しかった……っ」


 母さんに──

 行かないで、死なないでと

 縋りつきたかった。


 もっと、笑って欲しかった。

 ただただ、子供らしく甘えて

 その手で、抱きしめて欲しかった。


 本当は、もっともっと


 母さんに



「生きて…いて……欲しかった──…っ」




 溢れた涙は、その後も、止まることなく何度と頬を伝った。

 それは、まるで、積もり積もった痛みや悲しみを洗い流すかのように

 静かに静かに流れ続けた。


 肩を震わせ泣く飛鳥の姿は、まるで幼い子供のようだった。


 母親がいなくなって

 悲しいと泣いている。


 弱くて脆い


 小さな小さな子供のように───…

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~

木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。 ブックマーク・投票をよろしくお願いします! 【あらすじ】 大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。 心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。 「それは〝あやかし〟の仕業だよ」  怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

それいけ!クダンちゃん

月芝
キャラ文芸
みんなとはちょっぴり容姿がちがうけど、中身はふつうの女の子。 ……な、クダンちゃんの日常は、ちょっと変? 自分も変わってるけど、周囲も微妙にズレており、 そこかしこに不思議が転がっている。 幾多の大戦を経て、滅びと再生をくり返し、さすがに懲りた。 ゆえに一番平和だった時代を模倣して再構築された社会。 そこはユートピアか、はたまたディストピアか。 どこか懐かしい街並み、ゆったりと優しい時間が流れる新世界で暮らす クダンちゃんの摩訶不思議な日常を描いた、ほんわかコメディ。

処理中です...