神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第2部 最終章 始と終のリベレーション

第242話 父とキスシーン

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 高校を出ると、華と蓮は自宅への帰路についた。

 午後から一度本降りになった雨は、夕方にはすっかり優しい雨に変わっていて、しとしとと降り注ぐ雨の中、蓮は先程の航太との会話を思い出す。

(さっきの、どういう意味だろう)

 やけに、あっさりと許してくれた気がした。それに

『神木から友達としか思われてないのは分かってたし、フラれるのが少し早くなっただけだ』

 あれでは、まるで

(まさか、諦めるつもりじゃないよな?)

「蓮、さっきから、黙ってるけど、どうしたの?」

 すると、黙りこくる蓮を見て、華がひょこっとその顔を覗き込んできた。

 二人肩を並べながら歩くなか、パチリと目が合うと、蓮は一瞬喉からでかかった言葉を噤む。

 華は結局、榊の事をどう思っているのだろう。
 それを聞くのは簡単だった。

 だが、これ以上、自分が華と航太のことに首を突っ込むわけにはいかない。

「いや、なんでもない。そう言えば、文化祭の劇ってなにすんの?」

 黒い傘をさした蓮がサッと話題を変えると、黒とは対象的な赤い傘をさした華が、軽く首を傾げる。

 桜聖高校は、11月の上旬に文化祭が開かれるため、この時期は文化祭の練習や準備をするために、放課後、居残る生徒も増えてくる。

 そして、現在帰宅部の華もそれに漏れず、今日は文化祭で行う劇の練習をしていたため、久しぶりに蓮と帰宅時間が同じになった。

「演目は『眠り姫』だよ。蓮のところはコスプレして喫茶店するんでしょ?」

「あぁ、衣装、自分で作らなきゃいけないんだよなー。しかも執事しろとか言われたし、どうしよう」

「羊? なにそれ可愛い~」

「羊じゃなくて執事。セバスチャン的な方」

「あぁ、執事ね。なんか蓮がコスプレするとか笑っちゃう」

「笑うな。てか眠り姫って、華は何の役するの?」

 劇の演目を聞いて、蓮が眉をひそめる。『眠り姫』といえば、ある意味文化祭では定番の劇だ。

 茨に囲まれた城の中、魔女の呪いで百年の眠りについてしまったお姫様を王子様が救う話。

 だが、あの物語にはキスシーンがあるわけで

「一応聞くけど、まさか、眠り姫役じゃないだろうな?」

 華のクラスであるC組の中では、比較的可愛い部類に入る華。ならば、姫役でも何ら不思議ではない。すると、華は

「まさか~。私はね──王子役!」

「あー、それなら大丈──」

 じゃねーよ!?
 あるじゃん、キスシーン!!

「まじかよ!? てか姫役、誰! まさか男子じゃないよな!?」

「いや、おかしいでしょ!? なんで、男子!?」

「だってほら、兄貴の時みたいに『男女逆転劇』と言うパターンあるし」

「うちはあくまでも真面目な劇目指してるの。姫役もちゃんと女の子です!」

「ならいいけど」

「ていうか、お姫様役できる男の子ってなかなかいないでしょ。うちの飛鳥兄ぃくらいでしょ!」

「あー、余裕だな」

 金髪碧眼で、桁はずれて美人なあのお兄様なら、きっと眠り姫だって楽々こなせるだろう。

 そんなことを考えつつ、華が男とキスシーンを演じなくてすむことにホッとする。

 なぜなら……

「だいたい、男子とキスシーンしなきゃいけないなら、役者なんて引き受けてないよ。文化祭のころには、お父さん帰ってきてるんだよ!」

 そうなのだ。

 11月の頭から、父は日本の本社での応援がきまっていて、しばらくこちらに滞在する。

 そんななか、もし華が男子とキスシーンを演じるなんてことになったら

「想像したくないな」

「まー、女同士のキスシーンなら、お父さんも文句言わないだろうけどね!」

「しかし、久しぶりだな。父さんが3ヶ月もいるなんて……でも、前は2週間くらいって言ってなかった?」

「結局、伸びて3ヶ月になったって!」

「へー、あの暑苦しささえなければ、いい父親なんだけどな」

「あはは、お父さん過保護すぎるしね~。でも、やっぱり家族は一緒にいるのが一番だよ!」

 たまに、思うことがある。

 どうして父は、海外に赴任することを決断したのだろうか──と。

 人一倍、過保護で心配症な父。

 そんな父が、子供達だけを残して、はるか遠い海外で、単身赴任をすると知ったときは、まさに、青天の霹靂だった。

(まー、兄貴も大学に進学する前だったし、子供3人の学費とか考えたら、海外赴任の方がいいよな、給料いいし)

 まぁ、最終的に学費を稼ぐためだろうとの結論に達したのだが。

「でもキスシーンかぁ、相手が女の子とはいえ緊張するなー。経験ないし」

「まー、俺たちまだ高校生──」

 すると、ふと、あることを思い出した。

「あ、そう言えばさ。華は、父さんと母さんの『馴れ初め』聞いたことある?」

「なれそめ? うんん、ないけど何で?」

「いや、母さん俺たちを19歳で産んだみたいだし、父さんと出会ったの女子高生の時なのかなって」

「女子高生……」

 そう言われ、華はふむと考えこむ。

 確かに色々逆算すれば、出会いは高校生のころかもしれない。

「うーん。確かに今でこそ犯罪って騒がれること多いけど、ちゃんと結婚してるし、真剣な交際なら相手が女子高生でもいいんじゃないの?」

「ま、そうなんだけど……ただ、12歳も年上のバツイチ子持ちの男が、どういう経緯で女子高生と知り合って、付き合ったのかなって」

 確かに、接点が見つからない。

 高校教師ならともかく、一般企業につとめる社会人が女子高生と知り合う機会は極めて少ない(……と思う)

 しかも、アラサーのバツイチ子持ち。それを考えると、蓮が両親の馴れ初めを気にするのも頷ける。

「ま、今度帰って来たら聞いてみればいいか。それより、雑貨屋こっちだよな? とっとと買って帰ろうぜ」

 すると、一方的に話を終え、蓮が「急ごう」と華に促す。

 雨は以前しとしとと降り続けていて、二人の傘に雨音を響かせていた。

 学校の帰り道、薄暗い雨の夕方。

 雑貨屋に向かう二人は、いつもの商店街とは違う人通りの少ない道を進んでいた。

 だが、その時

「ねぇ……やっぱり、やめない?」

「……え?」
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