神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第14章 家族の思い出

第201話 男と女

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「教えてあげよっか、俺が男だってこと」
「……っ」

 瞬間、あかりは息を詰めた。

 どこか熱っぽい視線と艶のある声。そして、浴衣の合わせ目から、形のいい鎖骨が覗き見えた瞬間、あかりは漠然とした不安にかられた。

「か……神木さん?」

 壁にぴったりと背をつけ、あかりが恐る恐る飛鳥を見上げた。すると飛鳥は、そんなあかりの瞳を見つめたまま

「お前さ、俺のことどう思ってるのか知らないけど、俺とだったら"何も起こらない"と思ってるなら、大きな間違いだよ。俺だって男だし、その気になれば、このまま押し倒すことだってできるんだけど?」

「……っ」

 さらに距離をつめ、まるでこちらの反応を伺うように、その青い瞳に覗きこまれた。決して目をそらさず、まるで追い詰めるようなその姿は、いつもの彼とは、全く違っていて──

「抵抗しないってことは、いいってこと?」

「え!? や、ちが……!」

 瞬間、あかりは、咄嗟に飛鳥の肩を掴んだ。

 狭い玄関に、二人きり。状況的にも良くないことが過ぎって、あかりは押しのけようと飛鳥の体に触れたが、その身体はビクともせず、逆に触れた肌の感触に、不安はまずます増殖する。

(じょ、冗談だよね……っ)

 だが、それでもあかりは、飛鳥がそんなことをするとは思えなかった。

 なぜなら、自転車から庇ってくれた時も。
 おばあさんの荷物を届けてくれた時も。
 大野さんから守ってくれた時も。

 彼は、なにかと、優しかったから──…

「あかり」

「や、神木さん……やめて……ください」
 
「嫌だよ。あかりが悪いんだろ。俺のこと女扱いなんてするから」

「だ、だから、それは……そんなつもりで言ったんじゃ……っ」

「そんなつもりがなかったにしても、今更遅いよ。それに、そんな顔されたら、益々やめられなくなる」

「ん……ッ」

 ぐっと距離が近づくと、今にもキスできそうなくらい、近い距離で囁かれた。

 見つめる視線は、どこか男性的で、その艶を含んだ瞳に鼓動が一気に早まる。

 すると、再度逃げようと飛鳥の肩を押しやった瞬間、あかりの指先に、金色の長い髪がサラリと流れ落ちてきた。

 自分とは違う香りが、空間に舞う。

 お互いの香りを感じるほど近い距離。それは、あかりの不安をさらに加速させ、体は小さく震え始めた。

 抵抗しなきゃ、そう思うのに、身体は全く動かなくない。

「っ……神木、さ……やめ……っ」

 なんの抵抗もできず、あかりは、ただただ懇願する。だが、飛鳥は、そんなあかりの耳元に唇を寄せ、更に囁きかけた。

「0点」

「………………え?」

 だが、その次に聞こえた言葉に、あかりは、ポカンと口を開けたまま硬直する。耳元で囁かれた声は、どこか呆れたような、そんな声で

「れ、0点……?」

「うん、0点。全然ダメ。全く抵抗できてないし、何より、そんな可愛い反応してたら、逆に煽るようなものだよ。それとも、マジで誘ってんの?」

「…………」

 さっきとは打って変わって、全く色のないその言葉に、あかりは、不思議と肩の力が抜ける感じた。

「さ、誘って……ません」

「分かってるよ。あと、さっきのは冗談だから、安心して」

「……冗談って……でも、さっきは」

「うん、あれ嘘。ごめんね、酷いことして。悪いのは、100%俺だけど、でも、これで、少しはわかっただろ?」

「え?」

「ホントあかりって、自分のことは二の次って感じだよね。前も、倒れたからって俺のこと家に上げちゃうし……今日も心配して、慌てて出てきたんだろうけどさ。男と二人っきりだってのに、全く警戒してない上に、スキだらけで……他人のことを気にかけるのもいいけど、その前に自分のことも考えろ。何かあってからじゃ、遅いんだから……」

 そう言うと、飛鳥はあかりの前から退いた。

 目と鼻の先だった距離は、また元の距離に戻って、まるで「何もしない」ということを態度で示しているようだった。

 だが、その後、飛鳥は、にっこりと微笑むと。

「ていうか、お前、前は俺のこと不審者扱いするくらい警戒心むき出しだったよね? あの時の警戒心どこいったの? それとも、女みたいな俺は一切手を出さない絶食系男子だとでも思ったのかな? さすがの俺も、女扱いされて、無害そうとまで言われたら、男として、黙ってられないんだけど?」

「あ、はい……それは、すみません。ごめんなさい。どうか許してください」

 優しく諭されたかと思えば、これまた、にっこりと笑って捲し立てられ、あかりは顔をひきつらせた。

 だが、いつもの雰囲気に戻った飛鳥のみて、あかりは同時にほっとする。

 確かに、軽率だった。

 彼なら大丈夫だと勝手に決めつけて、言われるまま家に入れてしまった。

 だが、本当に彼なら大丈夫だと思ったのだ。まぁ、実際に大丈夫だったのだから、読みは外れてはいないのかもしれないけど

「……あかり?」

 すると、俯き黙り込んだあかりをみて、飛鳥がまた心配そうに、その顔を覗き込んできた。

 本気で演技してしまったばかりに、思った以上に怖がらせてしまったかもしれない。

「ごめん、怖かったよね……大丈夫、どこか痛い所とかない?」

 そういって、不安げに見つめる姿は、あかりの身をひどく案じているのが伝わってきた。

 確かに、凄く怖かった。
 身体が竦んで、まともに抵抗すらできなかった。

 でも、思い返せば、決して乱暴に扱われたわけではなく、それどころか、例えどんなに距離が近づこうとも、身体に触れられることは一切なかった。

 手はずっと壁に着いたままで、空いた片手は、荷物を持っていた。

 きっと、危機感を持たせるために一芝居打ちながらも、触れないように、怖がらせないように、配慮していたのだろう。
 
 もしこれが、本気だったら
 きっと、こんな物じゃすまない──…

「あの……大丈夫です。どこも痛くはありません」

「……そう。まぁ、俺も大野さんに聞かれたらマズいと思って『入れて』って言ったのは悪かったよ。でも、あかりは女の子なんだから、いくら顔見知りだからって、あまり気を抜くなよ。どんなに仲が良くても、男と女なんて何が引き金になるか分からないし、仲良くなってから、豹変するやつもいるんだから」

「そ、そうですよね……気をつけます」

 前に、弟にも同じようなことを言われたのを思い出した。再度、忠告されるなんて──と、あかりは自分の浅はかさを深く反省する。

 すると、素直に反省したあかりを見て、飛鳥もほっとしたのか、その後、手にしたものをあかりの前に差し出してきた。

「はい、コレどうぞ!」

「え? なんですか?」

「差し入れ。夏祭り、行きたがってたって聞いたから」

 そう言って、差し出した袋からは、何やら美味しそうな香りがした。そして、その中身が、何かわかった瞬間、あかりは再び飛鳥を見上げた。

「え、私にですか!? い、いいですよ、そんなことして頂かなくても!」

「そう言うなよ。あかりのために買ってきたんだから。それに、流石の俺も『彼女ほったらかして、5股かけてる』とまで言われたら、何もしないわけにもね」

「ご、5股!?」

「うん。大野さん、マジで人の話聞かないから気をつけろよ」

「なんか、色々大変だったんですね……すみません。私が余計なことを言ったばかりに……」

「いや、いいよ。元はといえば、俺があんな嘘ついのがいけないんだし。まぁ、大したものじゃないけど、少しくらいは祭りの気分を味わえるんじゃない?」

 ニコリと笑って、飛鳥がそれを差し出すと、あかりは、おずおずとそれを受け取った。

「なんか神木さんて、優しいのか意地悪なのか、よく分からない人ですね」

「え? そう?」

「はい。さっきあんなことしといて、こんなの用意してるなんて……ちょっと反則っていうか」

「あはは、たまに言われる。惚れるなよ?」

「あ、ないです! それは」

 にっこり笑顔の飛鳥に、これまたあかりもニッコリ笑って否定の言葉を返した。すると、いつもの雰囲気に戻ったあかりを見て、飛鳥も安堵する。

「じゃぁ、大野さんの件もあるし、今はまだ"俺の彼女"ってことにしとけよ」

「はい。ありがとうございます。あと、さっきは"女友達"だなんて、失礼なこといってすみませんでした」

「いいよ。俺も今日は、結構酷いことしちゃったから。それじゃぁ、俺、妹弟待たせてるから、またね!」

「はい。おやすみなさい」

 すると飛鳥は、再び玄関の扉を開けて帰って行って、あかりはそれを見送り、玄関に鍵をかけた。

「ッ……びっくり……した…っ」

 玄関先で、ズルズルとしゃがみこむと、あかりは、先程のことを思い出して、深く深く息をついた。

 日ごろは、危機管理だって、それなりにしてる。
 でも、彼を相手にすると、何故か気を抜いてしまう。

 女性みたいな見た目のせい?
 それとも、なんだかんだ優しいから?

 いや、もしかしたら、片耳が聞こえていない事に気づいて、時折、気遣ってくれるからかもしれない。

 知っていてくれるのは、それだけでも気が楽だった。多少聞き逃しても大丈夫だと、変に気を張ることもなくて。だからか、彼のそばは居心地がよくて、安心してしまう。

 でも──


(全然、ビクともしなかった……)

 押しのけようと、飛鳥の肩に触れた感触を思い出して、あかりは眉をひそめた。

 自分の力じゃ、どうにもできなかった。

 女の人みたいに、綺麗な人。
 だけど、さっきの彼は、確かに「男の人」だった。

 視線も、身体付きも、その声も、全部が「男性」だった──…

(……そりゃ、怒るよね。女扱いなんてされたら。二度と言わないようにしなきゃ…っ)

 女扱いは、どうやら彼の地雷らしい。

 あかりは、そう確信すると、もう二度とこのような失言を繰り返さないようにと、固く心に誓ったのだった。
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