神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第11章 兄と女の影

第168話 優しさと衝突

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「お前、やっぱり何かあっただろ」

 閉じようとした扉を強引に開かれて、あかりは目を見張った。

 驚き視線上げると、真剣な眼差しでこちらを見下ろす、青く綺麗な瞳と目が合って、ドアノブを持つ手に自然と力がこもる。

「ど……どうしたんですか、急に……っ」

 だが、あかりは、気取られぬように必死に笑顔を作ると、再度、玄関の扉を閉めようと、ドアを引く手に力を込めた。

 だが、飛鳥は、それを許そうとはせず、扉を押さえていた腕の力を更に強めると、それを更にこじ開け、少しだけ距離をつめる。

「じゃぁ、なんでそんな顔してんの?」
「……っ」

 いつもより近い距離で囁かれた言葉。それを聞いて、あかりは微かな焦りをおぼえた。

 見上げれば、すぐそこに、その整った顔が見えた。この距離で目を合わせていたら、本当に言い逃れできなくなりそうで、あかりは、その視線に耐えきれず目をそらすと、ドアノブから手を離し、その場から後ずさる。

「あかり……!」

 だが、一歩退いたあかりの腕を掴み、飛鳥がそれを更に引き止めた。

「さっき、泣きそうな顔してただろ? 俺に何か言いかけてたし、何かあったんじゃないの?」

「……」

 掴まれた手からは、自分とは違う体温が伝わってくる。腕を掴む、どこか優しいぬくもりと、自分を心配する柔らかな声。

 その問いかけに、あかりは、またミサとのことを思いだすと、目の奥が、じわじわと熱くなるのを感じた。

『あの子に付き纏うのは、やめて下さらない』

 その言葉は、まるで針のように、心に深く深くつき刺さっていた。

 エレナに、何もしてあげられなかった。

 どんなに訴えようとしても、聞く耳すらもっては貰えず、電話を切られ、不安や憤りでいっぱいになった時に、彼に声をかけられた。

 顔を見た瞬間、不思議と安心した。
 思わず、話してしまいそうになった。

 でも、そんな想いを必死に押さえ込んで、いつも通り振る舞った。

 いつも通り笑って、いつも通りの会話をして、それなのに───

(どうして……っ)

 優しい言葉をかけられて、あの時の不安が、また、溢れだしそうになった。

 今にも泣いて、すがりつきそうになる。

 でも───

(あんなに、震えてた……っ)

 前に、自分の服を必死に掴んで震えていた飛鳥の姿を思いだし、あかりは、その思いを胸のうちに押し込んだ。

 あまりにも、ミサさんに似た「容姿」

 髪の色も、瞳の色も、顔立ちも。
 関係性が、何かはわからない。
 
 だけど、見ただけで、恐怖を感じてしまうほどに、あの日、彼は、ミサさんに怯えていた。

(もし、神木さんと、ミサさんが)

 知り合いだったら?

 彼の言う「忘れたいこと」に、もしミサさんが関わっていたら?

 話して、また思い出させてしまったら?

(もう、あんな風には、させたくない……)

 なら、やっぱり



 この人を、巻き込んじゃいけない。




「あの……本当に、何もありません」

 すると、ずっと、黙っていたあかりが、やっと口を開いた。

 また、いつものように笑って。

「あはは、泣きそうになっていたなんて、神木さんの気のせいですよ。さっきのは、目にゴミがはいったからと言いましたよね? 本当に何もないので、気にしないでください」

 だが、そんなあかりをみて、飛鳥は、疑心に満ちた視線を向けた。

 さっき、路上で声をかけた時、あかりは確かに、何かを話そうとしていた。

 まるで助けを乞うように。それなのに──


「お前さ。嘘つくなら、もう少し上手くやれば?」

「っ……」

 すると、掴まれていた腕を、更に引き寄せられて、反動であかりの髪がサラリと揺れた。

 驚き、飛鳥を見上げると、再び近くなったその距離で、また視線が合わさった。

 決して目をそらすことなく、まっすぐにみつめる瞳は、まるで、話すまで逃がさないと言っているかのようで……

「っ、あの……手を、離して……ください……っ」

「嫌なら、振り解けばいいだろ」

 あかりが何かを隠しているのが
 飛鳥にはわかった。

 飛鳥が、自分を心配しているのが
 あかりにも、よくわかっていた。

 それでも、お互いに譲らない思いが衝突してか、言葉は荒くなるばかりだった。

「なんで、そんな意地悪ばかり言うんですか!」

「お前が、隠し事なんてするからだろ!」

「だから、何もないといって」

「何もないわけないだろ! そんな、泣きそうな顔して!」

「……ッ」

「それに、あかりが言ったんだろ。思い悩んでる事があるなら、限界が来る前に、誰かに話せって。あの言葉──そのまま、返していい?」

 確かにそれは、あの日、あかりが飛鳥に伝えた言葉だった。

 唇を噛み締め、再び飛鳥を見上げれば、あかりの目にはジワリと涙が浮かぶ。

 わかってる。そんなこと
 話せるなら、話してしまいたい。

 心は、確かに助けを求めてる。

 でも、それでも──


 この人に、ミサさんの話はしたくない……!




「何かあったとしても、あなたには話しません!!」

「……ッ」


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