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第6章 死と絶望の果て
第86話 蓮と飛鳥
しおりを挟む「失礼しまーす」
放課後、蓮は学級日誌を手に、職員室の前に立った。
騒然と並んでいる机の中から、担任である尾崎先生の席を探し当てると、蓮は教室で書き上げた日誌を手渡すため、尾崎の元へと進む。
「先生、終わりました」
「あー今日の日直は、神木だったな。おつかれー」
蓮が日誌を手渡す。すると、尾崎はそれをパラパラとめくり、中の内容を確認する。
「よし、しっかり書けてるし、もういいぞ。神木はバスケ部に入部したんだってな。このあとは、部活か?」
「……はい」
にこやかに話しかけてくる尾崎先生は、とても気さくで話しやすい先生だ。しかも、イケメンということもあり、生徒からの人気も高い。
「あ、神木。お前、 "あの神木"の弟なんだってなぁ!」
すると、その瞬間、尾崎の向かいに座っていた少し年配の相沢先生が、二人の会話に割って入ってきた。
「お前の兄貴はな、色々とすごかったんだぞ!」
相沢が、蓮をマジマジと見つめながら、腕組みをすれば、それを聞いた他の先生たちも、わらわらと集まり始めた。
「えー、神木君て "あの神木君"の弟なんですか? 同じ名字だとはおもってたけど」
「ああ、少し前に、神木が顔だしにきたんだよ。『妹に弁当届けに来た』とかいってな。妹弟《きょうだい》が入学したから宜しくとは言ってたが、あの頃からすると、また背も伸びて、更にイケメンになってだぞ!」
「え! そうなんですかー。残念、私も会いたかったなー。神木くんに~」
「…………」
蓮を取り囲み、先生たちがワイワイと語りはじめ、蓮は少しばかり表情を曇らせる。
(やばいな、これは……)
すると、そんな先生達の話を聞いて、今度は尾崎が、蓮に語りかけてきた。
「へー、神木、お兄さんいたのか」
「は、はい……います」
ものすごく、厄介な兄が──
「あ、そっか! 尾崎先生は最近、赴任《ふにん》してきたばかりだから知らないんですよね。3年前に卒業した生徒会の元副会長なんですけど、 生徒からも先生からも人気があって、本当すごかったんですよ~!」
「そうなんですね」
「そうなんですよー。しかも、色々と要領もよくて、仕事も早くて丁寧だったし、おまけに、ものすっごいイケメンで! 贔屓《ひいき》しちゃいけないのわかってるのに、あの笑顔でお願いされたら、つい聞いてあげたくなっちゃうんですよね~」
「しかし、お前弟なのに、神木とは全然似てないんだな」
「え? 似てないんですか? でも神木(蓮)も十分イケメンじゃないですか!」
「いやいや、尾崎先生! もう、お兄ちゃんの方は桁《ケタ》が違うんですよ! 男の子なのに線が細くて女の子みたいに綺麗で、もう、いるだけで場が華やぐっていうか、本当に桁外れて美人だったんですよー」
「へー」
(……なんか、さっきから滅茶苦茶グサグサ刺さんだけど)
目の前で飛び交う兄を賞賛する会話。
それを聞き、蓮は顔をひきつらせた。
だが、これは別に珍しいことではない。
今までにも、こういうことはよくあった。
あの兄は、同年代だけでなく、年配者にもよく好かれるのだ。
そう、兄は老若男女問わず誑《たぶら》かす、魔性の男とでもいえばいいのか?
一見、金髪なので先生達から目をつけられやすくはあるが、兄の素行は一切悪くない。むしろ、どちらかといえば、優等生。
その上、あの容姿に愛嬌のある笑顔。なんでもそつなくこなす、あの"出来る兄"が、先生たちの人気を集めないはずがなかった。
中学の厳しいと評判だった、あの生徒指導の半田先生ですら、髪色を注意した際に、兄に「地毛です♪」と笑顔で言われただけで、あっさり折れたらしい。
そして蓮は、そんな兄の弟ということもあり、幼い頃からよく比べられてきた。
神木の弟──
いわれるのは、毎回それだ。あの兄の"付属品"のような扱い。
こういう時は、時々、兄が憎らしくなる。
「先生、俺、部活いかなきゃならないんで」
ワイワイと盛り上がる先生たちをよそに、蓮、一つ息をつくと、そう尾崎に返した。
このまま聞いていても、話がいつ尽きるかわかりゃしない。逃げるが勝ちだ。
「部活か、お前も、兄貴みたいになれるように、がんばれよ!」
すると、また相沢先生が口を挟んできて
「善処します」
「政治家か、お前は!」
ぶっきらぼうに返事て返した蓮は、そのまま職員室をでて、教室にむかった。
*
『兄貴みたいになれるように、頑張れよ!』
悪気はないのだろうが、やはりグサリとくる。
なれと言われて、なれる気がしないから余計に。
弟である俺は、よく兄貴と比べられることが多かった。
全く似てない容姿に、愛想がいいとも言えない性格。周りから、兄のようにと期待をかけられても、それには全く答えられず、昔はそれが、たまらなく嫌だった。
だけど「兄貴と比べられて嫌だ」なんて言う資格は、俺にはないと思う。
俺たちは、兄貴が努力してきたのを、よく知ってるから。
昔、父さんから、母さんが死んだ時は、かなり悲惨だったと聞いたことがある。
あの明るい父が、食事も取らず部屋に閉じこもっていたらしい。
そんな中、兄貴が一人で、俺と華を見てくれていたといっていた。
「飛鳥がいたから、頑張れた」と、なにげなしに話した、あの懺悔するような父の悲しげな顔は、今でも、忘れられない。
兄貴は、まるで亡くなった母の代わりをするように、俺たちに一生懸命尽くしてくれた。
料理だって
裁縫だって
家事だって
勉強だって
はじめから、できてた訳じゃない。
影ながら努力してた。
火傷しながら料理して、手に怪我しながら裁縫して、自分の時間削って家事して、空いた時間に勉強だって真面目にしてた。
それを母が亡くなった小学二年生のころから、ずっと続けてきたんだ。
正直、すごいと思う。
今思えば、兄貴がやって来たことは、やる気になれば、俺にだって出来たのかもしれない。
なろうとしていれば、俺も兄貴みたいになれたのかもしれない。
でも──
兄貴の優しさに甘えて、やろうとしなかったのは、俺だ。
兄貴を「なんでも一人でこなせる人」にしてしまったのは
「誰にも甘えられない人」にしてしまったは
他でもない───俺達だ。
そんなことに、今更、気づくなんて……
「れーん! 部活いくぞー」
「!」
教室に戻ると、航太が蓮の荷物をもち、教室の入口に立った蓮に声をかけてきた。
蓮と、そう背の変わらない航太は、不意に目が合った瞬間、どこか淀んだ顔をしている蓮に気づいて首を傾げる。
「どうした? 暗い顔して」
「別に……職員室で"兄貴の武勇伝"聞かされてただけ」
「あー、それでへこんでんのか?」
「へこんでないから!」
蓮が航太から荷物を受けとると、二人は、教室をでて、バスケ部が部活をする、体育館に向かう。
「そういえば、うちの華に片思い中の榊くん、あれから、なにか進展あった?」
すると、その道中、さめざめと蓮が問いかける。
「っ……なんだよ。その棘のある言い方」
「そりゃ、どこぞの馬の骨にはやれないし」
「馬の骨!? ったく、なにか進展があったようにみえるか? ドラマやマンガでありがちな進展イベントが、そこいらに転がってると思うなよ!」
「だろうな」
「それに、神木(華)は俺のこと、 弟の友人としか思ってないみたいだし、下手に告白なんてしたら、今の関係くずれそうだしなぁ……」
「……」
ため息まじりに、そう呟いた航太は、まさに恋する男子だった。正直、友人が双子の姉に恋してるなんて、複雑すぎる。
「まー、普通にいけば、このまま一切進展しないで、卒業前に慌てて告白して、玉砕するパターンだな」
「なんで、玉砕限定なんだよ!?」
「つーか、お前こそ、なんでよりによって、華なんだよ!?」
「それは……っ」
航太が、華を好きになった"きっかけ"はなんだったのだろう。
蓮は、ふと気になって問いかけた。すると航太は、ほんの少しだけ顔を赤らめたあと──
「それは多分、蓮《おまえ》のせいだぞ」
「……え?」
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