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第6章 死と絶望の果て
第80話 写真と妻
しおりを挟む(……写真?)
手帳から滑り落ちてきたのは、一枚の写真だった。
狭山は、その写真を目にした瞬間、前屈みになった体勢を整えるもの忘れて、その写真に釘付けになった。
にこやかに笑っているのは、若い頃のミサだろう。どこか古びたその写真の中のミサは、今とはまるで違う、少女のような屈託のない笑みを浮かべていた。
そして、その隣には、優しく笑う男性の姿。
ミサとは違う黒髪。だが、こちらの男性もなかなかのイケメンで、まさに美男美女と言ってもいいくらいだろう。
そして、その二人の間には、ミサの腕に抱かれるようにして、金色の髪をした赤ちゃんがいた。
(……家族写真か?)
それは、親子が三人で写っている何の変哲もない家族写真だった。
この赤ちゃんは、エレナちゃんだろうか?
なら、この男の人はエレナちゃんのお父さん?
つい気になって、狭山がその写真を穴がたきそうなくらい見つめていると
「……狭山さん」
その思考を遮るように、ミサが声をかけてきた。
「あ、すみません」
「いいえ。こちらこそ、すみません。落としてしまったみたいで」
そう言って柔らかく微笑むミサの姿は、いつもと変わらない。だが、その瞳は有無を言わさず「返せ」と言われているようにも感じた。
そんなに、大事な写真なのだろうか?
狭山は、そんなことを考えながら写真をミサに手渡す。
「家族写真ですか?」
「えぇ……」
「エレナちゃん、赤ちゃんの時から可愛かったんですね~、隣の方はお父さんですか?」
「いいえ」
「はい?」
「これは……別れた夫と息子の写真です」
まるで流れるように平然と言い放ったその言葉に、狭山は瞠目する。
別れた夫と……息子?
「わ、別れたのに、持ってるんですか?」
「いけませんか?」
そう言って、また綺麗に笑ったミサの声は、とてもひんやりとしていて、狭山は、その刺すような雰囲気に反論も肯定もできず口ごもる。
もちろん、いけなくはない。
いけなくはないが
別れた夫が写る写真なんて、わざわざ持っておきたいものだろうか?
なんか、それってちょっと……
(……怖くね?)
◇
◇
◇
───パリーン!!
「!?」
ロサンゼルス。広々としたワンルームの一室で、パソコンに向かい仕事をしていた侑斗《ゆうと》の背後から、何かが割れるような音が響いた。
我が子達と離れて、一人で暮らす侑斗。自分以外、誰もいないその部屋で、突如鳴り響いた音に、侑斗は何事かと振り返る。
「え!? なんで、落ちた!? なんで割れた!? ちょっと、怖いんだけど!?」
振り向き確認すれば、本棚の一角に飾っていた写真立ての一つが、その棚から落ちたようで、フローリングの上には、写真立ての割れたガラスの破片が、バラバラと散らばっていた。
その光景を見て、侑斗は深くため息をつく。
「あー……マジか」
再度パソコンに向かい、手がけていた仕事の文書を保存すると、その後、イスから立ち上がった侑斗は床に散らばったガラスを片付けるため、割れた写真立ての元に向かった。
前屈みになり、背を向けた写真立てを拾い上げると、するとそこには
──最愛の「妻」の姿が写っていた。
「……しかも、アイツの写真か」
そこには、優しく微笑む"黒髪の女性"が写っていた。はるか遠く日本にある我が家にも、同じ写真が飾ってある。
だが、よりにもよって、この"写真立て"かと、侑斗は残念そうに息をつくと、その写真を見て目を細めた。
棚の上には、ほかにもいくつか写真立てが飾ってあった。我が子が三人で写るものや、家族四人で撮ったもの。
海外で一人暮らす父が寂しくないようにと、華がわざわざ写真立てにいれて持たせてくれたものだ。
だが、この妻の写真だけは違った。
この写真だけは、長い間ずっと、この写真立てに入れられたまま、侑斗が持ち続けてきた物だった。
「せっかく、一緒に選んだやつなのにな……」
これは、結婚した時、妻と一緒に選んだ写真立てだった。
もう、15年は昔のことだ。
だけど、今でも思い出す。
優しく笑う君の姿も、自分を呼ぶ君の声も
そして、あの日──
妻が突然、亡くなった日のことも……
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