神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第4章 栗色の髪の女

第66話 血と兄妹弟

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「ねぇねぇ、神木さん~」
「?」

 高校の休み時間──

 顔もよく知らない女の子たちが、机に座り次の授業の準備をしていた華の周りを取り囲んだ。

 その光景に、華は「またか」と顔をひきつらせると、女の子たちを見つめて、苦笑いを浮かべる。

 取り囲まれた理由は、すでに理解していた。

 そう。それは先日、華がお弁当を忘れたばかりに、なんの連絡も寄越さず学校に現れた、五つ上の兄──「神木 飛鳥」についてだ。

「お兄さんてさ、彼女いるの?」
「えーと……いないんじゃないかなー。多分」

 そしてこれが、相手を変え、品を変え、かれこれもう一週間は続いている。

 やれ、歳は?
 血液型は?
 誕生日は?
 彼女はいるか?
 大学はどこか?
 趣味は?
 特技は?
 好きなものはなにか?
 好きなタイプはどんな子か?
 モデルとかしてるのか?

 エトセトラ…エトセトラ…

(ああ、もう発狂しそう!なんなの!?うちの兄は芸能人ですか!?てかこれ、絶対、中学のときよりヒドイよ!?)

 うんざりするような質問の山に、さすがの華も参っていた。

 中学の時も、運動会の応援に来てくれた兄をみて、こんな質問を受けたことはあったが、高校では、むしろ兄を知る人が少なかったのが、逆に仇となった。

「いいよね~神木さん。あんなカッコイイお兄さんがいるなんて!」

「そ、そうかなー……」

「そうだよー、あんなお兄ちゃんいたら、私なら自慢しまくっちゃうなー」

「そういえばさ、お兄さんの瞳の色、青かったよね!もしかしてハーフなの?」

「え?あ、いや、違うよ。クォーター。どこだったかな。イタリア人だか、フランス人だかの血が入ってる……らしいけど」

「へーだから、あんなに整った顔してるんだー」

「あ。じゃぁ神木さんもクォーターなんだね!」

「あ、クォーターなのは。私と蓮は純粋な日本人」

「へ~そうなんだー、そんなこともあるんだね~」

「「……」」

 だが、その瞬間、その場にいた女子達の気持ちは、見事一致した!

((いや、あるわけないよね?これ、家庭環境複雑で、かなり重いやつじゃ……))

 ──と。

 そして、先程の空気が一変すると、女子達はいっきに慌てはじめる。

「え、あ、ごめん、神木さん!?」

「そ、そうだ!もうすぐ授業始まるし、いかなきゃ!」

「なんか、変なこと聞いてごめんねー」


 すると、女子達はまるで蜘蛛の子を散らすように、華の席から離れ立ち去っていった。

 華はそれをみると

「よし!おわったー!!」

 待ってました!といわんばかりに、ガッツポーズをとる華。その顔は、安堵からか喜びの表情をうかべていた。

 今の話を聞く感じでは、明らかに"重い話"なのだが、華にとっては、むしろ、よく聞かれる質問のひとつでもあるため、正直、もう慣れっこになってしまっていて

 むしろ怒濤の質問攻めを回避できる"魔法の言葉"と化しているくらいだった。

「もー飛鳥兄ぃのバカー!なんできちゃったのかな~。いや、もとはといえば私がお弁当忘れたからなんだけど」

 華は、やっと解放されたと机にしなだれかかると、悪態つきながら愚痴を溢す。

 だが最終的に「大学に行く前にわざわざ届けてくれた兄は悪くない」との結論に達すると、お弁当を忘れてしまった自分に呆れつつ、口元をひきつらせた。

 そして──

「クォーター……か」

 ふと、窓の外を見つめながら、華は思い出す。

 あの時のことは、今でもはっきり覚えてる。

 それは、小学1年生の時。ある男子に兄とのことをからかわれたのがきっかけだった。


『お前ら、兄貴と全然似てねーよな!本当は血、繋がってねーんだろ!』


 学校が終わり、蓮と二人で、当時六年生の兄を待っていた時、それは、同じ学童保育の男の子に言われた言葉だった。


 正直、すごく頭にきた。

 だって、そんなもの、当たり前に繋がっているものだと思っていたから。

 だけど、確かに私たちは、兄とは全く似てなかったし、その上兄は、あんなにも日本人離れした"綺麗な姿"をしていたから、周りからしたら、共通点を探すことの方が難しかったのかもしれない。

 そして私達は、そんな不安をぬぐい去りたいばかりに、ある日、兄に問いかけた。


「ねぇ、私たち、お兄ちゃんと血、繋がってないの?」

『どうしたの?急に』

「学童の子が、お兄ちゃんと似てないのは、血が繋がってないからだって!」

「オレたち、お兄ちゃんと、ちゃんと血繋がってるよね!」

『……』

 蓮と二人で、兄の服にしがみつきながら詰め寄った。

 ただ一言。

 「繋がってるよ」っていってほしかったから。

 だけど──



『半分、だけ』

「……え?」

『俺たちの血が繋がってるのは、"半分"だけだよ……』


 半分て、なに?

 その時の私には、まだ理解できなかった。

 でも、成長するに連れて、それも少しずつ、理解していった。

 そう──

 私たちと兄は、俗言う「異母兄妹弟」

 平たく言えば兄は、父とその「前妻」との間の子で

 ────父の「連れ子」だ。

 でも、例えそれを知っても、私たちの関係は、それまでどおり何も変わることはなかった。

 優しくて頼りになる兄。

 私たちは、そんな兄と、生まれたときから、ずっと一緒にいたから

 だから、血の繋がりや連れ子だなんて、そんなの全く気にならないくらい、私たちはあくまでも「普通の兄妹弟」として育ってきた。

 むしろ、父も兄も、母と結婚する前、前妻とのことは一切口にしない。

 まるで本当に、何もなかったかのように、兄の幼い頃の話すら

 聞いたことがないのだ──…






     ◇◇◇



『なに、この本?』

 行きつけの本屋によると、飛鳥は文芸書のコーナーで一冊の本を手に取っていた。

 文芸書の帯には

《遺産をめぐる骨肉の争い!?実は異母兄妹だった愛し合う二人の運命は!?修羅場続出の本格派恋愛小説ここに刊行!》

 などと、書かれていた。

(え?これ、恋愛小説なの?ミステリーじゃないの?骨肉の争い繰り広げながら、恋愛してんの?なんなのこの帯、怖すぎるんだけど)

 たまたま目についた文芸書の帯をみて、飛鳥は少し困惑した表情をみせる。

 骨肉の争いを繰り広げるミステリー小説はざらにあるが、愛し合う二人が異母兄妹で、遺産をめぐり骨肉の争いを始めるなんて、それ、もう愛してないだろ。そりゃ修羅場になるだろ、って話である。

(異母、兄妹弟……か)

 頭の中で小さく呟くと、飛鳥は手にしていた本を、再び平台に戻した。

 すると、そのタイミングで、今度は本屋の店員がかけよってきて、飛鳥の横で本を探し始めた。

「もうしわけありません。今、在庫切らしているみたいで、注文もできますから出版社に在庫を確認してみましょうか?」
 
「あ、はい。お願いします」

 なにやら、本の問い合わせを受けたらしいその店員は、客と会話をすると再びカウンターへと戻っていく。

 その光景を、飛鳥が横目で確認すると、書店員の影に隠れていた、その"客の姿"が目に入った。

 長い栗色の髪をした、優しげな女の姿──

 飛鳥から少し離れた所で、本棚を眺めながら立つその客の姿は

『あれ……?』
「?」

 どうやら飛鳥にも、見覚えのある女だったようで……
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