神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【第2部】第1章 高校生と新生活

第57話 記憶と依存

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「やだなー、おじさんも相変わらずだね♪」

 目の前に見えた魚屋には、これまた見覚えのある金髪碧眼の美少年がにこやかに笑っていて、華と蓮は唖然とする。

「飛鳥ちゃん、最近はどうだい?」

「うん。せっかく帰ってきた父も、また海外にいっちゃったし、高校生になったばかりの妹弟きょうだいも、最近すごくよく食べるようになったから、色々と大変かな?」

「あぁ、そうだよな。下の妹弟きょうだいのために、毎日は飯作ってるんだもんな、飛鳥ちゃんは。本当に健気だよ! おじさん、ちょっと涙出てきちゃったよ…っぐず……飛鳥ちゃん、これ今日の朝とれた新鮮な魚だ。もってけ、な?」

「え?いいの~♪」

((あ、悪魔がいたいけな店主タブらかしてる!?))

 しかも、その人物はあろうことか、その店の店主から、立派な鯛を一匹、しっかりと巻き上げていた。

「ありがとう、おじさん♪ じゃ、せっかくだし、シシャモも10匹くらい買っとこうかな?」

「お、相変わらず律儀でいい子だなー飛鳥ちゃんは~」

(いやいや、騙されてるよオジサン! シシャモ一匹10円だよ! 10匹買っても100円にしかならないよ!?)

(さっきの魚の価値いくら!? 損してる!それ明らかに損してる!?)

 おじさんの善意を、その切なそうな笑顔で見事引き出したかのように見えた兄の姿。

 それを見て、華と蓮は愕然とする。

 この兄の厄介なところは、その見た目からくる儚げな印象が、相手の「守ってあげたい」という感情を強く引き出すところにある。

 だが実際、兄は守ってあげなきゃいけないほど、か弱くはなく。むしろ、相手を敵とみたすと容赦ないくらい恐ろしいのに、兄に陶酔した人々は、その裏の悪魔のような性質には全く気づいていないのだ。

 しかも兄自身、その性質と自分の容姿の価値をよく理解しているので、時折それを上手く利用する。

「ありがとう! またね♪」

 そして、呆然と立ち尽くす二人の思考が、再び動き出したときには、兄は魚屋の店主に手をふり、二人の数メートル前を歩き出していた。

 歩き出した兄のあとを追いかけ、華と蓮は、その後ろからガシリと飛鳥の腕を掴む。

「!?」

 すると、突然後から両腕を掴まれた飛鳥は

「うわ、ビックリしたー、なんだ蓮華か! 今普通に『技』かけそうになったじゃん!?」

「技ってなに!? 護身術的なあれ!?」

「そーだよ。いきなり後ろからはないだろ? 声かけろよバカ!」

「バカは兄貴だろ!? 善良な魚屋の店主に、なんてことしてんの?!」

「そうだよ! おじさんの優しさに付け込むなんでサイテー!」

「え?」

 その二人の言葉に、飛鳥は一旦思考を止めた。

 するとその後、先程の魚屋でのやり取りを見ていたのかとの結論に達すると、飛鳥はため息混じりに反論の言葉をかえす。

「あー、さっきの見てたんだ。失礼だなー。別に頂戴とかいってるわけじゃないし。俺、から、みんな勝手にくれるんだよね?」

「だからって、魚屋さんの優しさ利用するのやめて!?マジでタチ悪いからね、それ!?」

「え? 何いってんの、俺この商店街、子供の頃から通ってるんだよ? それに、さっきの魚屋さんは俺のことみたいに思ってるから! 俺、この商店街には第2、第3の親みたいな人が、たくさんいるよ!」

「なにそれ、怖いよ!!?」

 にっこり笑って悪びれもなく放った兄の言葉に、華が悲鳴じみた声を上げる。

 確かに兄は、よく父に買い出しを頼まれ、この商店街に子供の頃からよく訪れていた。だからなのか、商店街の人たちからしても、我が子のような存在なのだろう。

 しかも、母は幼い頃に他界。父は海外に単身赴任。5つ下の双子の面倒をみながら大学に通い、家事や料理をこなしている。

 その兄の姿は、もはや涙なしでは語れないと、おじさま、おばさまの心を鷲掴みにする。

「大体、私たちが急に食べるようになったってなに、前とそんなに変わらないでしょ!」

「だって、ここのところ誰かさん達ので、ものスゴーくが嵩んだもんだから、せめて食費くらいは抑えないとなーと思って」

「あぁぁぁ、うそでしょ!?」

「そもそもの原因、俺たちなの!?」

 自分たちが、入学なんかしたばっかりに、ごめんねオジサン!!

 よもや、魚屋の店主を毒牙にかけた発端が、自分たちの高校入学だったとは。華と蓮は、今すぐにでも魚屋にかけこみ、土下座したい衝動にかられた。

「っ……でも、これ以上、無闇に人をタブらかすのやめろよな!」

「……タブらかしてるつもりないんだけど?」

「もう、見た目からそういう素質そなえてんの! 飛鳥兄ぃの『その顔が好きだ 』っていってる人、いっぱいいるんだからね!」

「……」

 瞬間──二人に引かれた腕はそのままに、飛鳥が突然足を止めた。

 その場に立ち止まり「そう……」と小さく声を放つと、突然俯いた兄をみて、華と蓮が不思議そうにその顔を除き混む。

 すると、その兄の瞳は、どこかにも見えて──



「……飛鳥兄ぃ?」

「さて、お腹もすいたし。帰ってご飯作ろっか♪」

「え!? わっ!」

 だが、そうに見えたはずなのに、兄はまたいつも通りの笑顔を浮かべると、二人の手を無理矢理引いて、再び前へと歩きはじめた。

 飛鳥がにこやかに笑いながら「今日のご飯は、カレーだよー」と華と蓮の手を引きそう言うと、二人はいつもと変わらないその兄の雰囲気に安堵し、またワイワイと騒ぎ始めた。

「兄貴、カレー食べたいの? てか、今魚もらっといて、なんでそこでカレーになるの? この流れだと煮魚だろ」

「別に食べたいわけじゃないけど、俺、今日は色々あって疲れたんだよね。だから、カレーでいいから華作ってよ」

「え!? 私!? あーそんな感じの流れですか……」

「よかったじゃん華。得意のカレー作るチャーンス!」

「えーじゃぁ蓮、野菜刻んでよ」

「はぁ? やっぱり華、女捨ててるよ。絶対、華より兄貴の方が女子力高いと思う!」

「あのね。飛鳥兄ぃと比べないでよ! 飛鳥兄ぃは、そこいらの女子より断然女らしいんだからね!!」

「あはは、お前たち今日、風呂掃除もしろよ?」

 喧嘩を始めた双子を優しく見つめながら飛鳥がそう返すと、三人はいつも通りのやり取りを繰り返しながら、賑やかな商店街をあとにする。




「……」

 華と蓮の手をしっかりと握りして、飛鳥は、まるで心に宿った小さな不安を誤魔化すように、その顔に笑顔を貼り付ける。

 二人が大人になろうとする度に、焦りから、少しずつ少しずつ弱い心が顔を出す。

 閉ざしたしていた記憶の蓋が、ポロポロと綻び始めて──


『飛鳥のその綺麗な顔が、大好きよ』


 思い出したくない記憶が甦る。



(どうか──)


離れたくない。
離したくない。

繋いだ手の温かさが、余計にそれを感じさせて、願ってしまう──



どうかまだ、側にいて欲しい。


どうかまだ、離れていかないで欲しい




お願いだから──




(大人になんて、ならないで──…っ)





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