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エピローグ
箱の中
しおりを挟む「……箱?」
中を見れば、そこには、もう一つ箱が入っていた。
肌触りのよいベルベット素材の箱。
そして、それは、元々この箱のものだったかのように、ピッタリと収まっていた。
そして、ゆっくりとそれを取り出せば、結月は、それが何かを、すぐに察した。
嬢様育ちの結月なら、幾度と目にしてきた形状だ。
そう──それは、指輪を保管するためリングケース。
「レオ、これって……」
結月が見つめれば、レオは、少し照れくさそうに、その箱を手に取り、そっと蓋を開けて見せた。
すると、中には、予想通り指輪が入っていた。
リングの中央には、美しく輝くダイヤモンド。
そして、その輝きは、朝日を浴びて、より鮮明に光り輝く。
「指輪……っ」
「うん、婚約指輪。本当は、もう少し落ち着いてから渡すつもりだったんだけど、こんなに早く、箱がないことに気づくとは思わなかった」
「っ……気づくわ。だって、大切なものだもの」
言いながら、結月の瞳からは、また涙が溢れた。
だが、それは、先程のような懺悔の涙ではなく、喜びに満ちた優しい涙──
「っ……いつの間に、指輪なんて」
「執事ですからね。ご主人様の知らないうちに準備するのは、いつものことですよ」
すると、レオは執事らしく答えながらも、リングケースから指輪を外し、その指輪を、結月の指に通していく。
左手の薬指には、ダイヤの指輪がするりと収まった。
そして、それは、測ったかのようにピッタリで、さすが執事と、感心してしまう程。
「ピッタリ……」
「それは、良かった」
するとレオは、結月の指で光る指輪を見つめながら
「どうして、婚約指輪を贈るか知ってる?」
「え?」
「婚約。つまり、結婚の約束するためのもの。でも、その他にも理由がある」
「理由?」
「うん。婚約指輪は、もし妻よりも先に、夫が先立った場合、残された妻が、指輪を売って生計を立てられるよう、財産的な価値があるものとして贈るんだ」
「財産的な?」
「そう、残された者の生活を保証するためのもの。だから、もともと、この箱にも、指輪が入ってたんだ」
「え?」
するとレオは、再び、空っぽの箱を手に取った。
「この空の箱には、もともと、俺の父が、母に贈った婚約指輪が入ってた。だけど、その母は、俺を産んで亡くなってしまって、それから父は、祖母の手を借りながら、俺を育ててくれた。でも、生活は、あまり豊かではなくて、父は、母の指輪を売って、俺を育ててたんだ」
それを知った時は、すごくショックだった。
そして、父が残した黒革の手帳には、指輪を手放した時の思いも綴られていた。
レオのためにも、許してくれ──と。
まるで、手放すことを、懺悔するような言葉。
そして、その言葉が、ずっと引っかかっていた。
俺が、生まれてこなこれば、母は死ななかったかもしれない。俺がいなければ、父は大切な指輪を手放さずにすんだかもしれない。
そう思えば、思うほど、生まれてきたことを後悔した。
だけど、執事になるために、様々な知識を身につけるうちに、婚約指輪の意味を知った。
残された者の生活を保証するため。
そんな意味合いを持つ指輪の存在に、また、父のことを思い出した。
父は、母の指輪を手放した。
大切な人との思い出の品を──
でも、そうまでして、俺を守ろうとしていたのだと。
俺は、そんなにも、父に愛されていたのだと──
「大切なものを守るために、財産として贈るもの。婚約指輪は、元々、そういうものだったんだ。だから、結婚指輪とは、別に婚約指輪を贈る。いつか、手放しても大丈夫なように……だから、結月も困った時は手放していい。後悔なんてしなくていい。それで、結月が安心して暮らせるなら、俺にとっては、それが一番だから──それに、中身がなくなっても、愛はなくならない」
箱の中には、確かに『愛』があった。
見えなくても、空っぽでも、俺たちは、ずっと、この箱に支えられてきた。
この箱に夢を見ることで、生きてこれた。
「だから、俺に万が一のことがあれば、これを売って、生活すればいい」
「万が一って……縁起でもないこと言わないで」
「大事なことだから話してるんだ。それに、俺は、あの時、死ぬはずだった」
「え?」
「結月に初めて会った時。本当は、死ぬはずだったんだ。父がなくなって、もう生きているのが苦しくてたまらなくなって、死んだほうがマシだと思った。だから、父のもとに行こうと思ってたんだ」
きっと、その方が幸せだと思った。
だから、父と同じように、川に飛び込もうとしていた。
「でも、そんな俺を、結月が助けてくれた。だけど、あの時は、余計なお世話だと思ったんだ。助けられたことを素直に喜べなかった。だけど、今なら、はっきり言える」
レオは、再び結月をみつめると、結月の身体を、強く抱きしめた。愛しい人の温もりを感じながら、レオは、噛み締めるように囁く。
「あの時、助けてくれてありがとう。結月が、俺の命を救ってくれたおかげで、俺は今、こんなにも幸せだ」
「……っ」
抱きしめながら、レオは、何度と感謝の言葉を述べた。
もし、あの時、死んでいたら、きっと、こんな幸せは味わえなかったのだろう。
だからこそ、今、生きていることに感謝する。
心から、命を捨てなくて、良かったと思う。
「ありがとう。俺は、結月に救われた。結月がいてくれたら、今まで生きて来れた。だから、俺の人生は、全て結月に捧げる」
結月には、一生かけても返せないほどの恩があった。
命を救ってくれたこと。
俺に夢を与えてくれたこと。
そして、俺を愛してくれたこと──
「だから、結月には、1分でも1秒でも、俺より長く生きてほしい。そして、そのためなら、俺はなんだってする。何があっても、必ず君を守る。この命をかけて。だから──」
抱きしめていた手を緩めると、レオは濡れた結月の瞳に、再び視線をあわせた。
愛の言葉は、これまでにも何度と囁いてきた。
だけど、この言葉は、これまでとは重みがちがった。
レオは、真剣な表情で見つめると──
「俺と、結婚してくれますか?」
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