上 下
267 / 289
最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ㉕ ~ 優秀な男 ~

しおりを挟む

「40歳以上にしろと、言っただろ!」

 この青年を雇いたい──そう言って、洋介に履歴書を手渡せば、洋介は案の定、激怒した。

 私室では、テーブルを挟み向き合う私と洋介がいて、その傍らで、メイドの戸狩と秘書の黒澤が、何も言わず静観していた。

 そして私は、抱いたペルシャ猫を撫でながら、激高する洋介に反論する。

「この子が、一番優秀そうだったのよ」

「だからって、19歳だぞ、19歳! 結月と二つしか違わないじゃないか!」

 年頃の娘の側に、年頃の男が仕える。
 しかも、親の目の届かない屋敷の中で。

 オマケに羽田の件があるからか、洋介が慎重になるのは当然だった。でも、私は

「あのね、洋介。19歳だろうが、45歳だろうが、手を出す奴は出すし、出さない奴は出さないのよ。要は、その人の人格の問題でしょ。それに、この子の経歴見てみなさいよ。成績も優秀だし、運動神経も抜群。おまけの語学も堪能。その上、執事学校を首席で卒業してるのよ。まさに、阿須加家にふさわしい完璧な執事じゃない」

「……っ」

 私が、履歴書を突きつけ、そう言えば、洋介は言葉をつぐんだ。

 名門・阿須加家にとって、執事の優秀であることは、絶対条件だ。そして、今回は、前任であった羽田の不祥事を払拭させるためにも、羽田以上の優秀さと誠実さを求められる。

 だが、その五十嵐という青年は、羽田を遥かに凌駕りょうがするほどの学歴と特技を身につけていた。

 この若さで、ここまで卓越した人物は、なかなかいないだろう。だから洋介も、わずかに気持ちが揺らいでいるのかもしれない。履歴書を睨みつけながら、暫く考え込んでいた。

 そして、ここまでくれば、あと一押しだと思った。

「これだけ優秀な子なら、引く手数多でしょうね。雇っておかないと、あっという間に他の名家に奪われちゃうわよ。それに、結月の執事として仕えさせるのも、たかだか数年の話でしょ」

「数年?」

「そうよ。結月も春には18歳になるわ。あの事故から、8年がたって、餅津木家との婚約の話を、また立ち上げる気でいるのでしょう。なら、この男が、結月に仕えるのも、せいぜい冬弥君と結婚するまでの間よ」

「…………」

 私の言葉に、洋介は納得したのか、一切、崩さなかった拒絶の姿勢を、微かに緩めてくれた。

 なにより、婚約の話は、もう目前に迫っていた。
 
 ホテル経営が、上手くいっていないからか、洋介は、餅津木家の融資を目的に、結月が18歳になったら、再び冬弥君と会わせようと考えていた。

 そして、そうなれば、結婚までは、秒読み段階。

 できるなら、破談にしたかったが、大旦那様が既に認めた相手となれば、そう簡単にもいかない。

 なにより、破談にする理由がなかった。

 あの日の事故は、白木の解雇と同時に、闇に葬られてしまったから──

「確かに、優秀な男なのは認める。だが、あまりにも
 
「え?」
 
 だが、その後、洋介が予想外の言葉を口にして、私は呆気にとられた。

 顔が良すぎる?
 まさか、見た目について言われるなんて。

「顔がいいのが、気に食わないってこと? そんなのただのひがみじゃない。それとも、ブザイクな男を、結月の傍におけというの?」

「違う、そういうことじゃない! だが、この男、冬弥くんより見た目が整ってるじゃないか!! 万が一、結月が、この男に恋心でも抱いたらどうするんだ!?」

「………」

 あぁ、なるほど。
 今度は、そっちの心配か。

 必死に力説する洋介に、私はある意味納得する。
 確かに、婚約者より、カッコイイのは考えものよね?

 だが、私だって、ここで負ける訳にはいかない。

「大丈夫よ。あれ以降、結月が、私たちに逆らった事があった? あの子だって、いつか婚約者ができるって、しっかり理解してるわ。それに、顔がいいなら、結月の執事を終えたあとも、利用できるじゃない」

「利用?」

「そうよ。結月の執事を終えたあとは、ホテルで、コンシェルジュとして働かせればいいわ。もしくは、この別邸の執事にするとかね。この優秀な男を、私たちの好きなようにできるの。なら、ここで手放すのは、もったいないじゃない」

「ニャー」

 私が更に言及すれば、ユヅキが、後押しするように一鳴きした。すると、その後考えこんだ洋介は、ついに納得したのか。

「……確かに、この男なら、お客様からの評判も良さそうだな」

 ポツリと呟いたそれは、あの『悪しき風習』のことを言っているのだろう。若くて秀麗なこの子なら、接待要因としても申し分ないから。

 でも、阿須加家の執事として仕えたが故に、その風習の餌食になるかもしれないなんて、この子は、全く思っていないだろう。

 だけど、仮に洋介が、それを目論んでいたとしても、雇う気になってくれたのであれば、こちらとしては都合が良かった。

「じゃぁ、雇っていいのね?」

「あぁ、但し、前以上に注意しろ。執事が、結月に邪な感情を抱かないように!」

「えぇ、わかってるわ」

 手厳しく注意した洋介は、その後、黒澤と一緒に部屋から出ていって、私は、膝の上でくつろぐユヅキの背を優しく撫でた。

「そんなに、お気に召したのですか、その男を」

 すると、二人だけになった私室の中で、戸狩がぽつりと囁く。

 たかだか使用人一人の雇用に、ここまで、熱く議論を交わしたのだ。戸狩には、珍しい光景に見えたのかもしれない。

「そうね。だって、この子、とてもハンサムだし。それに、似てるのよ。昔、私を助けてくれた男に」

「助けてくれた男、ですか?」

「えぇ、私を救ってくれて、私のわがままを聞いてくれた。それに私、こういう顔、好きなのよ。戸狩だって、一緒に働くなら、イケメンの方がいいでしょ?」

「いいえ。私は、特に顔は気にしません」

「あら、相変わらず真面目ね、戸狩は」

 クスクスと笑いながら、私は、再びユヅキの毛並みを撫で、微笑んだ。そして、先程の履歴書を、改めて戸狩に差し出すと

「戸狩。この五十嵐という男に連絡をとってくれる。来週、採用をみこして、正式な面談をしましょう」

「ニャー」

 するとまた、ユヅキが一鳴きし、戸狩が書類を受け取った。

 だけど、この時の選択が、後に大きな後悔を呼ぶことになるなんて、この時の私は、まだ知る由もなかった。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。 ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。 それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが…… ——って……アブダビって、どこ⁉︎ ※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。

幽霊な姉と妖精な同級生〜ささやき幽霊の怪編

凪司工房
キャラ文芸
土筆屋大悟(つくしやだいご)は陰陽師の家系に生まれた、ごく一般的な男子高校生だ。残念ながら霊能力はほとんどなく、辛うじて十年に亡くなり幽霊となった姉の声が聞こえるという力だけがあった。 そんな大悟にはクラスに憧れの女子生徒がいた。森ノ宮静華。誰もが彼女を妖精や天使、女神と喩える、美しく、そして大悟からすれば近寄りがたい女性だった。 ある日、姉の力で森ノ宮静華にその取り巻きが「ささやき幽霊の怪を知っている?」という話をしていた。 これは能力を持たない陰陽師の末裔の、ごく普通の高校生男子が恋心を抱く憧れの女子生徒と、怪異が起こす事件に巻き込まれる、ラブコメディーな青春異能物語である。 【備考】 ・本作は「ねえねえ姉〜幽霊な姉と天使のような同級生」をリメイクしたものである。

ヤンデレストーカーに突然告白された件

こばや
キャラ文芸
『 私あなたのストーカーなの!!!』 ヤンデレストーカーを筆頭に、匂いフェチシスコンのお姉さん、盗聴魔ブラコンな実姉など色々と狂っているヒロイン達に振り回される、平和な日常何それ美味しいの?なラブコメです さぁ!性癖の沼にいらっしゃい!

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...