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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ㉔ ~ 執事 ~

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 『羽田はだ 俊彦としひこ』という男は、執事として優秀というよりは、結月と年が近かったから選ばれたと言った方がいい。

 それでも、まだ14歳の結月に、6つ年上の羽田は年上すぎる気もした。

 でも、20歳で執事になれるほどの所作や教養を身に着けている羽田は、そこら辺の一般男性よりも、かなり有望な人物で、結月の相手として申し分なかった。

 なにより、あと数年もすれば、6歳なんて年の差は気にならなくなるだろう。

 それに、屋敷の中に閉じ込め、外界との接触をほぼほぼ禁じてしまったからこそ、結月が恋をする相手は、こちらから送り込むしかなかった。

「初めまして、お嬢様。本日から、執事としてお仕え致します、羽田と申します」

「……初めまして。結月です。よろしくお願いします」

 これまでずっと60代の老執事だったからか、若い執事が来たことに、結月も少しばかり、戸惑っているように見えた。

 でも、羽田は、どちらかといえばイケメンだったし、年の近い男が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれれば、結月だって、多少は異性というものを意識するだろう。

 そして、そうすれば、人形のように、諦めた人生ではなく、好きな男と自由に生きる道を、見出してくれるかもしれない。

 だから、じっくり観察しつつ、私は、上手く羽田を焚き付けた。結月の恋をするように――


 ✣✣✣


「ねぇ……あなた、結月のことを、どう思ってるの?」

 そして、それから数年がたち、結月が17歳になった頃、私は、羽田を呼び出し、そんな質問をした。

 すると、羽田は一瞬、頬を染め、その後、何事もないようにふるまった。

「ど、どのようにって……主人として、心からお慕いしております」

 決して目を合わせず話す仕草をみれば、羽田が、結月に恋をしているのは、一目でわかった。

 この調子なら、いつか結月を、連れ去ってくれるかもしれない。そう思っていた。

 だけど、結月の方は、羽田に対して、全く恋愛感情を抱いていなかったらしい。

 お風呂あかりに、背後から抱きしめられ、結月は、泣きながら部屋から逃げ出して来たらしい。

 そして、その話を聞いた時は、かなりの怒りを覚えた。

(あのバカ、何やってるの!? 誰が、襲えなんて言ったのよ?!)

 相手の気持ちも確認せず抱きしめるなんて、もはやサルだった。いや、サルにすら失礼だ。

 その後、羽田あいつはダメだと、すぐさま判断して、金輪際、結月に近づけないよう、即刻クビにした。

 でも問題は、羽田が不祥事を起こしたせいで、洋介が『もう執事は雇わない』と言い出したことだった。

 でも、大事な跡取り娘が、屋敷の中で、襲われかけたのだから。

 これに関しては、洋介の言い分がもっともで、しかも、その不祥事に関しては、私にも非があるため、下手に反論などできるはずもなく、その後、屋敷の総括は、運転手である斎藤さいとうが、屋敷に泊まり込みながら、兼任することになった。

 でも、その頃の本館の使用人は、既に5人にまで減っていた。

 結月が成長し、手がかからなくなったのもあるが、斎藤、矢野、富樫、相原、そして、羽田の五人。

 少数精鋭で回していたため、羽田が解雇されたことにより、本館の使用人は4人になり、前よりも過酷な労働を強いられることになった。

 そして、それは、今まで運転手と庭師を兼任してきた、斉藤にとっても同じことで、もう60歳を前にした斎藤に、これだけ広大な屋敷の執事をやる体力はなかった。

 しかも、そんな最中、斎藤の妻が病の倒れたらしい。

「お願いです! 妻が病気なんです! どうか、どうか、やめさせてください!」

 斎藤の妻は、隣町の病院へ転院を進められているらしく『妻のためにも、早く辞めさせてほしい』と、斎藤は、頭を下げて懇願してきた。

 だけど、斎藤が抜けたら、あの屋敷の総括は、誰がするのか?

 洋介は『長年、阿須加家に勤めた恩を仇で返す気か!』などと言って詰め寄り、斎藤を、決して辞めさせようとはしなかった。

 そして、私も、斎藤には、きつい言葉ばかりかけていた。

 血も涙もない女を貫いている以上、情けをかけるわけにはいかなかった。

 でも、何とかしてやりたいという気持ちもあって、見かねた私は、嫌がる洋介に、再び、執事を雇うことを申し入れた。

「何を言ってるんだ! 羽田のせいで、結月がどんな思いをしたか!?」

「わかってるわよ! でも、それは、羽田が、そうだっただけでしょ!」

 夫婦間で、かなりの口論になった。
 執事を雇うか、雇わないか。
 でも、私は、強く押し切る形で、洋介をねじ伏せた。

「私だって、雇わなくて済むなら、その方がいいわ! でも、斎藤みたいな老いぼれに、屋敷の総括が務まるわけないでしょ!? それどころか、阿須加家は執事すら雇えないほど、落ちぶれたのかと、世間から笑われるわよ! それでもいいの!?」

「……っ」

 弁は、洋介より立つ。それに、阿須加一族を背負っている洋介は、どうしたって世間体を気にする。

 だから、再び雇っていいというと思った。でも

「わかった。だが、もう若い執事はダメだ! 40歳以上! それ以下は、認めない!」

「…………」

 だけど、そんな条件を出された時は、頭抱えそうになった。

 40以上ですって!?
 可愛い娘に、そんな年上の男をあてがえというの!?

 軽く眩暈がした。
 だけど、もう四の五の言ってられなかった。

 結月だって、もう17歳だ。

 きっと、近いうちに、餅津木家との婚約の話が、再び持ち上がる。

 だって、結月は、あの時の記憶を、全く思い出さなかったから――


 ✣✣✣


「奥様、執事希望者の履歴書をお持ちしました」

 羽田を解雇してから、二カ月がたった頃、春を目前に控えた二月末、メイドの戸狩《とがり》が、十数枚の履歴書を持ってきた。

 洋介から、40歳以上と年齢制限はかけられたけど、募集する際は、制限はかけることなく求人した。

 だからか、手渡された履歴書を見れば、経歴も年齢も、バラバラだった。

 然る機関から斡旋され申し込んできた40代の元・執事。とある名家でフットマンとして働いている30歳の男。あとは、阿須加家の使用人になれるならと、身の程も知らず応募してきた庶民など。

 はっきりいって、執事という役職が、どれほど大変かをわかっていないようだった。

 昼夜問わず、主人に呼び出される、自由の少ない仕事。だからこそ、一生未婚を貫き、その人生を主人に捧げるつもりがなければ、執事は務まらない。

 だから、履歴書に目を通せば、執事にふさわしい者か、ふさわしくない者かは、すぐにわかった。

 私は、一枚一枚、書類に目を通しながら《良》と《否》に分けていく。だけど、それから、数枚の書類を裁いたあと、ふと手にした書類を見て、私は息を呑んだ。

「え……?」

 そこには、あの男の顔が写っていた。
 18年前、義兄に襲われた私を、助けてくれた人──

(うそ、どうして……?)

 履歴書に添付された写真は、あの男にそっくりで、一瞬、彼が、応募してきたのかと思った。

 だけど、履歴書の年齢や経歴を見れば、その青年が、あの男と、別人なのはすぐにわかった。

(そ、そうよね……そんなこと、あるわけないじゃない。大体、18年も前の話なのよ。今頃は、いいおじ様だわ)

 驚いたと同時に、ほっとした。だけど、彼に似ているからか、その青年の事が、妙に気になった。
 
(この子、帰国子女なのね。しかも、かなり優秀だわ)

 青年の名前は『五十嵐 レオ』と書いてあった。

 年は19歳で、あの男に、負けず劣らず、とても整った顔立ちをしていた。

 両親は二人とも健在で、フランスに在住。
 そして、イギリスの執事学校を卒業後、日本へ。

 履歴書に目を通せば、執事としとのスキルは申し分なかった。それどころか、見た目も、優秀さも、他の者より、遥かに群を抜いていた。

(……この子が、いいかもしれない)

 まさに、結月に相応しい相手だと思った。
 この子なら、結月を救ってくれるかもしれない。

 あの日、彼が、私を救ってくれたように──

 だから私は、この『五十嵐 レオ』という青年を、執事として雇うことにした。

 でも、問題は『40歳以上にしろ』と、洋介から条件を出されていることだった。

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