お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ② ~ 後継 ~

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※ 注意 ※

この先は、若干大人な内容も入ってきます。不快にならない程度の描写を意識して書いてはおりますが、一応、ご注意ください。



✣✣✣✣✣✣✣


 当時、女は清らかなまま、嫁に行くものだとされていた。

 婚姻前に花を散らしたり、離縁して出戻るなど恥たることで、特に名家に嫁ぐ娘ほど、手厳しく言われたものだった。

 そして、それは阿須加家も同じで、時代のせいと言えばそれだけのことだけど、決して、破ってはいけないおきてのようなものが無数に存在していた。

 そして、その一つとして、よく言われたのが『家督は長男が継ぐ』というもの。

 特に阿須加家は、古くから男児、それも長男が跡を継いでいた。そのため、当然、当主になるのは、洋介の兄である長次郎だと、誰もが思って疑わなかった。

 だからか、結婚して二年ほどは、実に穏やかな物だった。

 次男の嫁というものは、長男の嫁ほど責任を問われない。だから、仕事をやめて、阿須加家に嫁いできてからは、まさに悠々自適な生活を送っていた。

 実家とは違う煌びやかな屋敷に、豪勢な食事。
 そして、身の回りの世話をする使用人たち。

 働かなくても、洋介の側に居るだけで、欲しいものはなんでも手に入った。

 だからか、よく同じ年頃の娘たちからは、玉の輿に乗ったと、羨ましがられたものだった。

 でも、実際に、そう言われるだけのものを、私は手にしていた。

 お金も、地位も、名誉も、そして、愛ですら。
 人々が欲するあらゆるものを、私は19歳で手に入れた。

 あれほどまでに、満ち足りた時はなかった。
 生活の質は、幸福の質に直結するのだと純粋に思った。

 だが、暗雲が立ち込めてきたのは、結婚して二年がたった頃。洋介と私は、突然、洋介の父である善次郎に呼び出された。

 その頃の、お義父様の年齢は、61歳。

 義母に先立たれ、還暦かんれきを迎えて程なくした頃で、そろそろ隠居いんきょするという話も持ち上がっていた。

「え? 当主の座を?」

 そして、そんなおりに、突如、告げられたのが『阿須加家の当主の座を、長男の長次郎ではなく、次男の洋介に継がせる』と言うもの。

 だが、その話には、洋介も、すぐに反論した。

「なにをおっしゃっているのですか! 跡目は、兄さんが継ぐと、一族は皆《みな》、そう思っております。それなのに、どうして僕に……!」

「長次郎は、ワシの子ではないのだ」

「え?」

 それは、あまりにも衝撃的な言葉だった。
 兄の長次郎が、お義父様の子ではないというのだから。

 だが、その後、話を聞けば、更に壮絶な話が飛び出してきた。

 なんでも義母には、義父と結婚する前、恋仲になった男がいたらしい。

 だが、阿須加家との縁談の話が持ち上がり、結婚を余儀なくされた義母は、その男に、別れ話を切り出したそうだ。

 しかし、その話をした途端、男は逆上し、無理やり義母をはずかしめた。そして、不幸にも、その時に、子まで宿ってしまったらしい。

 だが、その事を誰にも告げられないまま、婚礼の話は、瞬く間に進んでいき、そして、祝言しゅうげんげた、その日の夜、義母は、泣きながら義父に話したそうだ。

 私はけがれています。だから、あたなには相応しくない──と。

 だが、本来なら、大事になるところだが、その痛々しい姿に義父は心を痛め、義母の名誉のためにもと、その話は二人だけの秘密にし、生まれた子は、義父の子として育てられた。

 その後、好いた男のあまりの変貌ぶりに、義母は、一時は男性恐怖症になったそうだが、義父に愛され、少しづつ心の傷を癒していったそうで、のちに義父との間にも、二人の子供をもうけることができた。

 そして、それが、洋介の姉の美智子と、洋介だそうだ。

 しかし、表向きは長男とはいえ、阿須加家を血を宿さない長次郎に、一族を継がせる訳にはいかず、いずれは、自分の本当の子である洋介に、跡を継がせようと、義父自身は考えていたいたらしい。

 だが、それは、当の長次郎自身は知らぬ話らしく、できるなら、この先も、話さずにいてくれと言われた。

 確かに、自分が阿須加の血を継いでいないと知れば、長次郎は、かなりのショックをうけるだろう。

 そして、その義父の言い分も、よく理解できた。

 なにより、今、この阿須加家を継ぐ男児が、洋介しかいないということも──

 そして、こうも言われた。

「ワシが、遺言書を残したところで、揉めるのは避けられんだろう。だから、ワシが生きているうちに、阿須加家の遺産を、全て洋介に生前贈与しておこうと思ってのぅ」

 つまり、私たちを呼び出したのは、そのためらしい。

 還暦を迎え、老いが進むのを見越してか、今のうちに、遺産相続問題を、全て終わらせておこうと思ったそうだ。

 そして、その話に、私たちが逆らえるはずがなかった。

 洋介は、義父には可愛がられていたが、それと同時、阿須加家の当主の言葉は、絶対だった。

 それ故に、洋介が義父に逆らったことはなく、なにより、阿須加の血を引く男児が洋介しかいないなら、逆らうわけにもいかなかった。

 だが、洋介が当主になると了承した話が、一族中に伝播でんぱした後は、予想通り、揉めに揉めた。

 特に納得ができないと声を上げたのは、兄の長次郎だった。

 ずっと自分が、当主になると思っていたのに、いきなり、弟を当主にすると言われたのだ。

 しかも、長次郎が当主になると思われていたからこそ、それまで長次郎を担ぎあげてきた親族たちの反感まで買ってしまい、それは一族を、二分する事に繋がった。

 かつてと同じく長次郎側につく者と、手の平を返し、洋介側につく者。それにより、阿須加一族は、内部で対立するようになった。

 そして、その対立は、自然と兄弟の仲をも悪くさせた。

 しかし、そのような残状を目にしても、お義父様の意思は変わらなかった。いや、変えられるはずがない。長次郎には、阿須加の血が流れていないのだから。

 だが、それを知らない長次郎も親族たちも、簡単には納得せず、その怒りの矛先は、全て私たちに向けられた。

『まだ、若い二人に、当主なんて任せられない!』
『次男のくせに、身の程も知らず!』
『きっと、あの嫁の入れ知恵だ!』

 などと、ざまざまな声を浴びせられた。

 確かに、その時の洋介の年齢はまだ25歳で、私は21歳。当主となり一族を引っ張るには若すぎる。

 しかも、なんの野心もなかった二人が、いきなり一族の頂点に祭り上げられたのだ。

 そして、その非難の言葉は、同時に、当主としての重圧を増し、気弱な洋介には、耐えきれないほどの苦痛だっただろう。

 しかも、私たちに課せられた使命は、それだけではなかった。

 一族の当主となったということは、同時に、ということ。

 なにより、義兄夫婦には、既に二人の息子がいたため『早く子を産め』と、一族中からはやし立てられた。

 だが、それから10年──

 何度、身体を重ねても、私たちが、子供を授かることはなかった。
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