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第21章 神隠し

未来へ

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 月明かりが照らす寒空の下。
 結月たちは、ひっそり旅立ちの準備を始めていた。

 外に停めたワゴン車に荷物を乗せ、最終確認を終える。すると、レオは、再び皆の前に戻り、改めて頭を下げた。

「皆様。今宵は、俺と結月のために御協力頂き、誠にありがとうございました」

 姿勢よく一礼すれば、隣に立つ結月も帽子を取り去り、奥ゆかしく頭を下げた。

 ここまで来れたのは、全て、みんなのおかげ。
 それを実感し、心から感謝する。

 すると、二人並んで挨拶をする姿を見て、集まった者たちが、口々に声をかけ始めた。

「お嬢さま、絶対に幸せになってくださいね!」

「ありがとう。恵美さんも頑張ってね。いつか、あなたが描いた漫画が本になるのを、心待ちにしているわ」

「はい! 私も諦めずに頑張ります! だから、そのためにも、まずはアシスタントの面接を受けて、無事、採用されてきますね! そして、いつか五十嵐さんをモデルにした漫画を描くので、待っててください!」

「まぁ、レオを? それは楽しみだわ!」

 まるで友達のように、手を取り合い笑い合う結月と恵美。そして、そんな二人の姿を、レオが傍らで微笑ましく見つめる。

 自分をモデルにされるのは、少し恥ずかしくもあるが、恵美がやる気になっているなら、それは喜ばしいことでもある。

 すると、恵美と話を終えた結月は、次に愛理へと視線を向ける。

「愛理さん、毎日、私のために美味しい料理をふるまってくれてありがとう。雅文さんとお幸せに。それと、お店のことも、応援してるわ」

「ありがとうございます、お嬢様。経営は初めてのことですが、料理の腕には自信がありますから、いつか人気店にしてみせます。それと、お店は、宇佐木うさぎ市の方で出すことにしたんです」

「宇佐木? って、隣町の?」

「はい。宇佐木市は、これからますます栄えていくと思うんです。それに、今度、大きな遊園地が建つんですよ。ラビットランドっていう」

「ラビットランド?」

「はい。そして、その遊園地の中のテナント店として、店を出せることになったんです」

「まぁ、もうそんなに話が進んでたの!?」

「はい。実は雅文が、影でこっそりと! それに、お店の場所が決まれば、お嬢様にもお伝えできるだろうと思って」

「私に?」

「はい。私たちの新しい店の名前は『Le Reveル・レーブ』と申します」

「ル……レーブ?」

「『le rêve』は、フランス語で『夢』という意味だよ」

 すると、結月の隣から、レオが口を挟む。

「素敵な店名ですね」

「ありがとう、五十嵐くん。『お客様に、夢のような時間を提供できるように』って、雅文と二人で考えたの。だから、この店の名前、覚えていてくださいね。そして、いつか新しい生活が落ち着いて、また私の手調理を食べたくなったら、いつでもいらしてください」

「……え?」

 その言葉に、結月は目を見開く。

 別れの言葉と同時に、小さな希望を託された気がした。いつかまた、会えるように――と。

「えぇ、忘れないわ。そして、いつか必ず伺うわ。愛理さんのお店に……っ」

 今生の別れにならぬよう。
 繋いだ絆を決して離さぬよう。

 紡がれる言葉に温かさに、目の奥が自然と熱くなった。すると、今度は、矢野が結月のマフラーを巻きなおしながら

「お嬢様、マフラーが緩んでおります。この先、二月に向けて冷え込みが厳しくなりますので、どうか、お風邪を召しませんように」

「うん、ありがとう。矢野からは、たくさん学んだわね。あなたが、私の家庭教師を兼任してくれてよかったわ。記憶をなくした時だって、矢野のおかげで、授業の遅れをすぐに取り戻せたもの」

「もったいないお言葉でございます」

「ふふ。そして斎藤。あなたも、18年もの間、私に仕えてくれてありがとう。屋敷の中では言えなかったけど、私も斎藤のことを、実の父のように思っていたわ」

「なんと。それは本当ですか?」

「うん。でもこんなこと言ったら、お父様に怒られてしまうし、斎藤にも迷惑がかかると思って言えなかったの……でも、私にとっての父は、ずっと斎藤だけだった。どうか、お体に気を付けて……斎藤の奥様も、今日は遥々ありがとうございました。奥様のご実家、大切に使わせていただきます」

「えぇ、古い家だけど、気に入ってくれたら嬉しいわ」

 斎藤の横で、細身の婦人が、慈しむように微笑んだ。

 すると結月は、二・三度言葉を交わし、最後に白木に目を向けた。

「白木さん、今日は、来てくれてありがとうございました。最後にまた会えて嬉しかったです。それと私、幸せになります。レオと一緒に」

 皆の思いを受け止め、結月が花のように微笑めば、その笑顔をみて、一同は目を細めた。

 あのまま屋敷に残っていれば、この先の人生は、きっと悲惨なものだっただろう。

 駆け落ちなんて、褒められたことではないかもしれないが、それでも、この子の笑顔を守ることができるなら──

「「いってらっしゃいませ、お嬢様」」

 すると、使用人たちが揃って声を上げ、頭を下げた。

 これから、未来に向かう主人を、従者として送り出す。その姿は、結月がいつも目にしていた清廉とした姿だった。

 だが、これが、最後のお見送り。
 主と使用人としての、最後のやり取り。

 すると、結月は、目に涙を浮かべながら

「っ……みんな、ありがとう。このご恩は、一生忘れません。だから、サヨナラは言わないわ……また、いつか、お会いできる日を、夢見ています」

 新たな夢を胸に抱き、結月は涙する。

 大切な人たちとの別れ。
 家族のような人たちとの最後の時間。

 だけど、それは悲しみばかりではなかった。

 だって、ここで繋がった絆は、きっと切れることはない。

 いつまでも繋がり、また、いつかどこかで交わる。

 そんな気がしたから――

「どうか、お元気で……皆さんに、たくさんの幸運が訪れることを」

 共に戦った彼らの未来が、明るいものになるように。
 結月は、祈るように手を組み、最後の言葉を紡いだ。

 すると――

「二人とも、準備が整ったよ」

 と、ルイが声をかけてきた。

 ルイは、ルナを入れたペットキャリーを手にし、玄関の鍵をかけると、二人に旅立ちの合図を送る。

「新居までは、だいたい4時間くらいかな。ここからは長旅になるけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ルイさんとレオが、代わる代わる運転していくと聞きましたが」

「うん。前半は僕が運転して、後半はレオが運転かな。結月ちゃんは、後ろで寝ててもいいからね」

「いいえ、眠らずに起きてます」

「えー、大変だよ? まぁ、起きてたいならそれでもいいけど、無理しないでね」

 すると、にこやかに笑うルイは、その後、手にしたペットキャリーをレオに差し出す。

「はい。やっと君に、ルナちゃんを返せるね」

 大切そうに抱えられたペットキャリー。それをレオが受け取れば、レオは、その中を覗き込みながら

「ありがとう、ルイ。――ただいま、ルナ。今日から、また一緒に暮らせるな」

 レオが愛猫を見つめ、ほっとしたように息をつけば、ルナは、キャリーの中で、返事をするように「ニャー」と鳴く。

 すると、その声を聞いて、やっと戻ってきた気がした。
 
 大切な人たちが、自分の元へ――

「それでは、行きましょうか。お嬢様」

 すると、レオは空いている手を、執事らしく結月に差し出した。だが、結月は、その手を見つめ

「もう、お嬢様じゃないわ」

「え?」

 その言葉に、レオははっとしたように息をつめた。

 確かに、もうお嬢様ではない。
 そして、自分も執事ではない。

 これからは――

「……そうだな」

 静かに同意すると、その後レオは、自分から結月の手を掴んだ。
 
 手と手を繋ぎ合わせ、冷えた手を温め合う。

 すると結月は、レオの手を握り返しながら、嬉しそうに微笑む。

 これからは、お嬢様と執事ではない。
 恋人として、家族として歩んでいく。

 この愛しい人と共に、新しい未来を作っていく――

「――行こう、結月」

 レオが囁けば、繋いだ手を決して離すことなく、二人は皆に見送られながら、静かに車の中に乗り込んだ。




 ──年が明けた、その日。

 一つのお屋敷から
 主人と使用人たちが忽然と姿を消した。

 そして、その噂は
 協力者たちの手によって、町中に広がり始める。

 人から人へ。
 そして、それは若者だけでなく、老人から子供まで。

 この町の言い伝えになぞらえた摩訶不思議な噂は、人々の興味を煽り、元旦に集まった人々の話題を、一気に賑わせた。

 そう、大晦日の夜。

 あの有名な阿須加家のお屋敷で「神隠し」が起こったのだと──


 

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