上 下
227 / 289
第21章 神隠し

夜闇

しおりを挟む

「ねぇ、何かあったの?」

 大晦日の夜、阿須加家の屋敷の前は、初詣に行く人々で賑わっていた。大人も子供も、この日ばかりは夜更かしをし、町へと繰り出す。

 だが、その道中、突然、屋敷の明かりが落ちたからか、側を歩いていた人々は、ガヤガヤと騒ぎ始めていた。

「パパ、真っ暗ー」

「そうだな、停電か?」

「停電じゃないわよ。だって、あっちの家はついてるもの」

「え? じゃぁ、ココだけ? ブレーカーでも落ちたんだろうか?」

「何ってるの、庶民の家ならともかく、あのなのよ!」

 この辺りでは知らない者はいない名家・阿須加家。そんな家のブレーカーなんて、余程のことがないかぎり落ちないだろう。

 だが、なぜか屋敷の中の明かりだけでなく、外灯まで綺麗に消えて、辺りは真っ暗。

 そのせいもあってか、門前にいた人々は、まるで野次馬のごとく、屋敷の中を食い入るように見つめていた。

 いつ復旧するのだろう?
 暗がりの中、明かりがつくのを待つ。
 だが、屋敷の明かりは、一向に元には戻らず……

「ねぇ、なんかおかしくない?」

「トラブル?」

「いや、もう寝たんじゃねーの」

「いやいや、0時きっかりに? 大晦日の夜にそれはないでしょ」

「そうだよ。それに、門灯まで消えてるし」

「ねぇねぇ、何かあったの?」

「なんか、この屋敷だけ停電してるんだって」

 ガヤガヤ、ザワザワと、通りすがる人々を巻き込みながら、話は少しずつ伝染していく。

 すると、屋敷の前にいたが、今度は、摩訶不思議なことを言い出した。

「ねぇ、さっきが聞こえたよね?」

 屋敷の明かりが消える直前、除夜の鐘の音に混じり、シャンシャンと響いた鈴の音。

 それが、確かに聞こえたと言う女に、隣にいた男も同調する。

「あぁ、俺も聞こえた。屋敷の方からだろ?」

「うん。なんだろ、あの音」

「え? 鈴なんて聞こえた?」

「うんん。私は、聞こえなかったけど」

 聞こえたという声と、聞こえなかったといる声。それが、入りまじりながら、民衆たちは、口々に話し始める。

 確かに聞こえたという者。
 全く聞こえなかったという者。
 そして、聞こえた気がするという者。

 様々な声は、阿須加家を取り巻き、そして、その話は、次第に大きくなっていく。

 だが、ここにいる人々は、想像もしていないだろう。

 後に、この屋敷で、使が、この民衆の中に紛れこんでいたなんて──


 ✣

 ✣

 ✣


(真っ暗ね……)

 そして、その頃──屋敷の裏手にある扉の前では、結月と恵美が、ひっそりと合図を待っていた。

 扉に張り付き、耳を澄ます恵美と、その傍らで、声をひそめ、屋敷を見上げる結月。

 まるで、役目を終えたかのように静まり返る屋敷は、結月が生まれた頃から暮らしてきた屋敷だった。

 だからか、全く思い入れがないわけではない。

 だって、この場所は
 たくさんの愛に溢れていたから──

 生まれながらにして、親に疎まれていた結月は、とても孤独な娘だった。

 だが、この屋敷の使用人たちは、そんな結月を、いつも温かく包み込んでくれた。

 時には、母のように、父のように。
 または、兄のように、姉のように。

 主と従者としての一線をこえることはなくとも、それでも家族のように、たくさんの愛情を注いでくれた。

 そして、それは、この屋敷にいたおかげだった。

(今まで、ありがとう……っ)

 共にすごした屋敷に、結月は、心からお礼を言った。

 幼い頃から、ずっと過ごしてきた、我が家との別れ。

 この屋敷から、結月は、早く出ていきたかった。それなのに、いざ離れるとなると、どうしてこんなに寂しくなるのだろう?

 箱の中に閉じ込められるような生活は、とても苦しかった。

 親に愛されない毎日は、何度と心を砕いた。

 だが、それでもこの箱の中は、幸せだった。

 だって、みんなと過ごしたこの日々は、とてもかげがえのないものだったから──


「屋敷の前、騒がしくなって来ましたね」

 すると、正門の前が、ガヤガヤと騒々しくなって来たのに気づき、恵美が呟く。

 これまで阿須加家の明かりは、深夜でも優雅に輝いていた。

 特に入口の門灯と、園庭を彩るポールライトは、防犯のためもあり、決して消えることはない。

 だが、今は、その光が一気に落ち、屋敷全体が夜の闇に包まれていた。

 ならば、騒がれるのは当然だろう。
 いや、むしろ──計算通りだ。


 ──コンコン!

「……!」

 その瞬間、裏口の扉が鳴った。
 外からの合図に

「お嬢様、行きますよ」

 と、恵美が声をかければ、結月は、意を決して、その場から歩き出した。

 この騒ぎに乗じて、人知れず、屋敷から脱出する。だが、裏口の扉が開いた瞬間、結月は、あらためて、屋敷を見上げた。

 明かりが消えた屋敷の中には、今、レオが一人だけで残ってる。

 全ての仕上げを整え、ここを完全な密室にするために。

 そう、この屋敷の住人たちが、ということを再現するために──

(……レオ、早く来てね)

 愛しい人の無事を願いつつ、結月は、恵美とともに屋敷から抜け出した。

 決して、声をださず、帽子を深々と被り、少年になりすます。

 そして、お嬢様である結月が、この裏口からでたのは、初めてのことだった。もちろん、こんな夜更けに、屋敷を抜け出したこともない。

 だが、それは、夢を叶えるための、ほんの小さな一歩。

 結月は、恵美に連れられ、すぐさま住民たちの群れに潜り込むと、その後、ゆっくりと夜の町へ消えていった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜

櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。 そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。 あたしの……大事な場所。 お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。 あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。 ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。 あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。 それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。 関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。 あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!

処理中です...