223 / 289
第21章 神隠し
ゆずれないもの
しおりを挟む「お嬢様」
その執事の呼びかけに、結月と恵美は、同時に視線を向けた。
品よく燕尾服を着こなす執事の姿は、いつみても秀麗だ。だが、この見惚れてしまいそうなほど美しい姿も、今日で見納めかと思うと、少しもったいなく思えてくる。
「お嬢様、もう直、ディナーのご用意が整います」
「そう、ありがとう」
そんなことを思いつつも、結月はレオの言葉に、いつも通り返す。本当に、いつも通りだ。
今日は、大晦日だと言うのに、結月は、普段どおり屋敷に籠って、一人で食事をとる。
幼い頃は、大晦日に、両親が来てくれないかと愛おしんだものだった。
だが、大晦日どころか、元旦ですら両親には会えず、親戚の集まりにすら顔を出せなかった。
そして、悲しみに暮れつつも、夜な夜な一人で除夜の鐘を聞く。それ通例だった。
108の煩悩を打ち払うといわれる除夜の鐘は、いつも悲しい音を響かせていた。
だが、いつしかそれが当たり前になり、そんな日常を、もう18年も続けてきた。
だが、それも、今日が最後──
「ディナーを終え、入浴をすませたら、お嬢様の部屋へ伺います。準備を始めましょうか」
「えぇ……やっと、この日が来たのね」
レオにそう言われ、結月は嬉しそうに微笑んだ。
屋敷を去る寂しさはあれど、やはり、地獄から逃れられる安堵の方が勝っていた。
やっと、自由になれる。
やっと、あの両親から解放される。
なにより、夢が叶うのだ。
レオと誓った、幼い日の『夢』が──
✣
✣
✣
「来年は、冬弥のおかげで、いい年になりそうだ!」
その頃、餅津木家では、冬弥の父である幸蔵が、豪快な笑い声を上げていた。
餅津木一族が集まる屋敷の中。
豪勢な料理と、多種多様なお酒。
そこでは、早々と祝杯が上げられていた。
女性たちは、明日の準備もあるため、そのうち席を離れるだろうが、男たちは、一晩飲み明かすつもりのだろう。
だが、それほど浮かれるのも無理もなかった。なぜなら、何度と破綻しかけた阿須加家との縁談が、やっと明るい兆しを見せ始めたからだ。
これには、餅津木家一同、歓喜に震え、まだ懐妊すらしていないのに、まるでお祝いモードだった。
(……いい気なもんだな。その縁談も、結月の失踪とともに流れちまうってのに)
だが、両親や兄たちが、結婚の話で盛り上がる中、その当事者である冬弥は、隅にあるソファーに腰かけ、一人ワインを飲んでいた。
シャトー・メルローという、フランス産の赤ワインだ。そして、それは、兄の誕生パーティの夜、結月にジュースだと騙して飲ませたワイン。
今思えば、どうかしていた。
お酒に強い自分でさえ、酔いが回って来るほどの度数の強い酒だ。ならば、お酒を飲んだことがない結月には、あまりにも不向きなワイン。
だが、あの時は、このワインを飲ませることも、その後、意識を失った結月を無理やり手篭めにすることについても、当時の自分には、全く躊躇いがなかった。
幼い日に、階段から突き落とし、怪我を負わせた負い目があるにも関わらず、それすらも、全て結月のせいにして、自分は、何をしてもいいと思い込んでいた。
全部、結月が拒絶したせいだ。
父の前で、結婚したくないと言ったから。
だから、突き落とされて当然だと、無理やり身体を暴かれても文句は言えないと、そんな非人道的な思考に陥っていた。
だけど、結月とクリスマスを過したあの日から、不思議と、目の前はクリアになった。
まるで、泥の中から這いでたみたいに。
今思えば、自分はどれだけ、この一族に毒されていたのだろう。
善も悪もなく、ただ親の望むことを行う操り人形。そして、それに気づかぬほど、自分は追い詰められていたのだろう。
きっと、結月が目を覚ましてくれなければ、この先も、この思考を持ち続けたまま、ゲスな人間に成長していたかもしれない。
(……しかし、本当に神隠しなんて、上手くいのか?)
だが、その後、ワインを飲みながら、冬弥は、静かに眉をしかめた。
今夜、結月は神隠しにあうらしい。
だが、本当は神様に連れ去られるのではなく、あの小憎らしい執事に連れ去られるわけだ。
いずれは、妻になったかもしれない相手。
そう思えば、執事に奪われることに、多少苛立ちはするが、どの道、その計画を成功させなければ、自分たちは、地獄を見ることになる。
なぜなら結月は、子供を授かるためだけに餅津木家に隔離され、挙句の果てに自分は、その結月を兄たちに差し出さねばならないのだから──
(……失敗したら、マジで地獄だな)
「なぁ、冬弥! 次はいつ、結月ちゃんに会うんだ?」
「!」
するとその瞬間、一人、隅《すみ》にいた冬弥の元に、兄の春馬がやってきた。いや、春馬だけじゃない、次男の夏樹《なつき》と、三男の秋彦も一緒だ。
散々、妾の子だの、捨て子だのと罵ってきた、三人の兄たち。そして、正妻の子であるこの彼らに、冬弥は、ずっと逆らえずにいた。
「……正月明けたら、会う約束をしてるよ」
約束はしていないが、あくまでも恋人のフリを貫けば、春馬たちは、今度は結月の話で盛り上がりはじめた。
結月は、阿須加家のご令嬢。それも、若くて美人な娘が、一時的に餅津木家にやってくる。
元はと言えば、卒業後に同棲をするという話を、最初に持ち出してきたのは兄たちだった。
ならば、初めから、結月に手を出すつもりで、そんな提案をしてきたのかもしれない。
箱入り娘である結月と接触する機会なんて、滅多にない。でも、餅津木家に招き入れてしまえば、それが可能となるから──
(っ……マジで胸糞悪ぃ)
それに気づかなかった自分もだが、あのクリスマスの日、一緒に漫画を読みながら笑いあった結月が、この先、兄たちにいいように弄ばれるのかと思うと、とてもじゃないが冷静ではいられなかった。
だけど、結月は今日、神隠しにあう。
なら、ここに来ることは、絶対にない。
兄たちの愚行も、餅津木家の思惑も、何もかも全て結月が潰してくれるはずだ。
そう、あの執事と一緒に──
「冬弥、乾杯しようぜ!」
だが、そんな冬弥にむけて、春馬がグラスを差し出してきた。春馬は、何もかも上手くいくと思いこんでいるのだろう。だが、冬弥は、差し出されたグラスを、あっさり払い除けると
「しねーよ、乾杯なんて!」
そう言って、怒りのこもった眼差しを向けた。
結月に危害を加えようとしている相手と、仲良く乾杯なんてしたくもなかった。だが、その反抗的な弟の態度に、今度は兄たちが眉根を寄せる。
「おいおい、なに怒ってんだよ、冬弥」
「やめとけ、夏樹。コイツ、俺が、結月ちゃん貸してくれって言ってから、機嫌悪いんだよ」
「はは、マジかよ! お前、そんなに惚れてんの!」
「……っ」
まるで、小馬鹿にするような笑い声が響いて、冬弥はきつく唇を噛み締めた。
正直、少し前まで、自分もあちら側の人間だったのかと思うと反吐が出る。
だが、どうしたって譲れないものがあった。
この兄達を敵に回してでも、絶対に、守らなきゃいけないもの──
「結月に、指一本でも触れてみろ。ぶっ殺すからな……!」
ハッキリとそう威嚇すれば、その後、冬弥は、もう耐え切れないとばかりに、兄たちの前から立ち去った。だが、そんな冬弥に兄たちは
「うわ。なんだよアレ、マジなやつじゃん」
「あーあー、でも、可哀想に。本気で好きになった子を、俺らに食われちまうなんて」
「いいんだよ、別に。冬弥は、俺らのオモチャなんだから」
だが、立ち去る冬弥の背後からは、尚も品のない声が響いていた。
ここでどれだけ虚勢をはっても、兄たちには全くひびかないのだろう。
だが、今は、笑ってればいい。
どの道、お前ら計画は丸つぶれだ。
せいぜい、楽しい夢を見てろよ。
数日後、その夢が、悪夢に転じるまで。
結月たちが、この計画を成功させれば、8年前からの餅津木家の企みも、全て水の泡と化すのだから──
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる