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第21章 神隠し

決行の日

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 12月31日──世間は、大晦日を迎えた。

 町の人々は、大掃除や正月の準備に勤しみ、新たな年の幕開けを、心待ちにしていた。

「にゃ~」

 そして、そんな最中、ルイの家では、執事に託された愛猫のルナが、元気に声を上げていた。

 食事の時間が来たと、ルイの手に擦り寄るルナは、呑気に鳴き声を上げながら、ルイにじゃれつき、ルイは、そんなルナの頭を名残惜しそうに撫でる。

 寒い真冬の季節、暖かな和室の傍らには、ペットキャリーが用意されていた。

 計画が進み始めてから、少しずつルナが、この中で過ごせるように慣らしてきた。

 始めは近寄ろうともしなかったが、最近では、このペットキャリーを、寝床代わりに使うほど。

 きっと気に入ったのだろう。
 ルイはホッとしつつも、ついに来た別れの日を憂う。

 今夜、この子は、この中に入り、旅にでる。

 この子の本当の飼い主である、レオと結月につれられて──

「今日でお別れだね。君と過ごした日々は、とても満ち足りたものだったよ」

 柔らかく微笑み、ルイが特製のキャットフードをさしだせば、ルナは、またニャーと一鳴きした。




 ✣

 ✣

 ✣




恵美めぐみちゃん、また来年もよろしくねぇ」

「はい。皆さん、良いお年をー」

 日が暮れ始めた頃──屋敷の前では、恵美が近隣住人に、年末のご挨拶をしていた。

 神様を迎える準備を整えた住民たちは、これから、皆それぞれ自宅に戻り、お酒を飲みながら、年越し蕎麦の準備でもするのだろう。

 空を見上げれば、星がチラホラと輝きはじめていた。今日この日に、一番気がかりだったことが、天気だった。

 雨が降れば、初詣に行く人々が減ってしまう。

 だが、空は綺麗に晴れ、雨が降る気配はなく、恵美は、一人空を見上げながら、気合いを入れた。

(よし、頑張ろう!)

 顔見知りの住民たちに、なんの挨拶もできず去ることには、申し訳なく思う。

 だが、これも全て、お嬢様のため──

 そして、これは失敗の許されない一発勝負だった。
 段取りが一つでも狂えば、全てが水の泡。

 だからこそ、何が何でも、成功させなくては!

 その後、恵美は門を閉め、広大な敷地の中を進むと、屋敷の中に入った。

 外は寒いが、室内は暖かく快適だ。

 恵美は、コートを脱ぎながら中へと進むと、ちょうど、1階の広間の脇で、お嬢様が電話をしているのが見えた。

「はい。心得ております。お父様の仰る通りに」

 どうやら、父親の洋介ようすけと話をしているらしい。

 険しい顔をするお嬢様は、もう何度と見てきた、見なれた姿だ。

 きっと三が日は、どこにも行かず屋敷て大人しくするよう、念押しされているのだろう。

 本来なら、大晦日は、家族団欒に最適な日。
 だが、明日の正月でさえ、結月は、親と会わない。

 一人ひっそり屋敷の中に閉じ込められ、親戚の集まりにすら顔を出すことを許されないのだから。

「はい、分かりました。お母様にも、よろしくお伝えください。はい、それでは……良いお年を」

 その後、淡々と、それでいて簡潔に会話を終えると、電話を切った結月に、恵美は声をかけた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「えぇ、いつも通りよ。お母様にいたっては、挨拶すら出来なかったけど」

「もう! 相変わらず酷い方々ですね! 今日が、お嬢様と話せる最後の日だっていうのに!」

「そうね。でも、いいわ。いつも通りじゃなきなゃ、怪しまれるし……」

「そ……それは、そうですが…っ」

「先程、餅津木家にも電話をかけたの。冬弥さんの後に、冬弥さんのお父様とも話をしたわ。三が日が過ぎたら、またいらっしゃいと。それと、身体を冷やさないようにとも」

「身体をですか? 案外、優しい方なのですね?」

「どうかしら? 体を冷やすなは、、大事にしろってことじゃないかしら」

「な! そっちの心配ですか!?」

「きっとね。まぁ、妊娠なんて、絶対にありえないことだけど」

「当たり前ですよ! お嬢様は、あの日、冬弥様に指一本触れられずに帰って来たんですから!」

 クリスマスの夜。結月は、単身、餅津木家に乗り込み、冬弥を味方につけて戻ってきた。

 だが、一応、男女の仲になったと冬弥と示し合わせ、虚偽の報告をしているため、両家の親が、結月が妊娠している可能性があると思い込むのは、仕方のないこと。

 しかし、もう跡取りの話とは。

 恵美の苛立ちは急激に高まり、その後、不貞腐れたように、愚痴をこぼす。

「本当に、酷すぎます。子供、子供と、跡取りのことばかり。なにより、そんなに、跡取りが大事だというなら、お嬢様のことも、もっと大事にしてくださればよかったのに!」

「…………」

 恵美が、悔しさを押し殺しながら、声を荒らげた。

 恵美は、よくこうして、怒ってくれた。
 まるで、結月の気持ちを代弁するように……

「そうね。ありがとう、恵美さん。私も、それは何度とおもったわ。でも、今は、逆によかったと思ってるのよ」

「え?」

「だって、少しでも優しくされていたら、私は親を捨てられなかったもの。道具のように扱われ、はっきり嫌われているのがわかるからこそ、あの二人に未練を残さずにすむ。だから、そんな顔しないで」

「お嬢様……っ」

 優しく微笑む結月に、恵美は、グッと息をつめた。

 生まれた時から愛されなかったのは、どれほど辛かったことだろう。

 そして、それに18年も耐えてきた。

 なら、これ以上、この場に留まり、更なる地獄を見る必要はない。

「はい! 今日の計画、絶対に成功させましょう!」

「えぇ」

 共に手をとり、微笑みあう。
 今日この日の成功を、心から願うように。

 すると、そこに──

「お嬢様」

 と、執事がやってきた。


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