206 / 289
第19章 聖夜の猛攻
眠れぬ夜
しおりを挟む「やっぱり、あの執事が、アンタの恋人なのか?」
真剣な表情で話す冬弥に、結月は息を呑んだ。
思わぬ所で、墓穴を掘ってしまった。一瞬、執事の姿が脳裏に過ぎったか、助けなんて求められるはずもなく……
すると、そんな不安の色を宿した結月を見て、冬弥が、再び語りかけてきた。
「そんな不安そうな顔するなよ。別に怒ってるわけじゃねーし、裏切ったりもしねーよ。でも、協力して欲しいって言うなら、教えてくれたっていいだろ?」
「…………」
さぁ、どうしたものか。
冬弥の言葉に、結月はじっと黙り込んだ。
必死に相手の表情を読み、最適解を導き出そうとするが、やはり執事のように、上手くはいかない。
(どうしよう……)
話すか、話さないか、結月は迷う。
だが、彼が裏切らないと言うのなら、その言葉を信じるべきなのだろう。彼とここで、信頼関係を築くつもりがあるのなら。
「わかりました。お話します。……仰る通り、私の恋人は、執事の五十嵐です」
凛とした態度は崩さず、はっきりとそう告げた。
すると、冬弥は、ピクリと眉を顰めた。
「望月くんじゃなかったのか?」
「え?」
「結婚の約束をした相手、モチヅキって言ってただろ?」
「あぁ、彼は望月くんですよ。五十嵐は、望月という名前を捨ててまで、私のために執事になって戻ってきてくれたんです。きっとこの先、レオ以上に、私のことを愛してくれる人は現れないわ。だから、私は、あの屋敷を出る決心をしたんです。親も何もかも捨てて……そういう冬弥さんは、どうなの?」
「どうって?」
「好きな方は、いらっしゃらないの?」
「いるわけないだろ。ずっと、親の決めた相手と結婚すると思って生きてきたんだ。好きな人どころか、夢も、何もない……アンタがいなくなったあと、俺はどうすればいいんだ」
自分の未来を考える。結月がいなくなって、仮に結婚が破談になったとしても、きっとまた別の令嬢に宛がわれるのだろう。
息子の意志など、一切聞かず、何度も同じことの繰り返し。
「どうするかは、自分で考えてください」
「っ……なんだよ。冷たいヤツだな」
「だって、そうでしょう。他人に意思を委ねたところで、納得のいく結果が得られるとは限りません。生きることは、考えることです。私も、あなたと同じ。記憶をなくした8年間の間、私は、考えることをやめて生きてきました。ただ流されて、言いなりになって、他人の意思を優先させて生きてきた。でも、それは、死んでいるのと同じでした」
「……」
「生きたいなら、ご自分で考えてください。ここにいていいのか? 何をやりたいのか? 考えることを放棄したら、この先も、ずっと死んだままです。今の地獄から逃げたいなら、行動するしかない。檻を壊して出るしかない。箱入り娘は、箱の中なんて望んでなかった。なら、私は好きな人の手を取って、箱からでます。冬弥さんも、嫌なら出ればいいわ。もう私たちは、親の元でしか生きられない子供ではないのですから」
「…………」
結月の言葉は、冬弥の、これまでを思い起こさせた。
確かに、もう8年前とは違う。
子供の頃とは違う。
なら、もうこの家に縋り付く必要はないのかもしれない。
無条件に親を愛していた子供の頃の自分たちは、大人になって現実を知ったのだろう。
愛は与えるだけでは、満たされないのだと。
結局、人は愛されないと、寂しくて死んでしまう生き物なのだと。
愛されたかったから、必死に──愛した。
言うことを聞いて、親の望むいい子を貫いた。
例え、その命令が、人から外れたことだったとしても、親にとって、そうする自分がいい子なら、それが正しいことだと思っていたから。
でも……
「結月」
小さく名前を呼べば、胸の奥に溜まっていた後悔をゆっくりと吐き出した。
「悪かった。あの日、突き落として……パーティでのことも、全部……全部……悪かった……っ」
紡いだ言葉は、胸の奥に広がって、同時に目頭を熱くした。
本当は、ずっと、おかしいと思っていた。
あの日から、ずっと、自分の親は、おかしいんじゃないって……
「許します」
すると、結月が微笑みながらそう言って、冬弥は目を見開く。
「許す……?」
「はい。許します。8年前のことは、故意に行なったわけではないですし、事故のようなものです。それにパーティーの日も、レオのおかげで、私は無事だったわ。だから、レオに感謝してください。それに、私とあなたは、少し似ています。私も、親にとってのいい子を貫いてきました。そのために、切り捨ててしまった友人もいます。でも、もう終わりです。もう、親の言いなりにはならない。だから、私と一緒に悪い子になってくれませんか?」
「悪い子?」
「だって、親を裏切るのは、世間一般的には、悪いことでしょう?」
確かに、そうかもしれない。親を裏切れば、自分たちは、酷い子だと罵られるのだろう。
でも……
「そうだな。でも、それが俺たちにとっての正しい生き方かもしれない」
苦しい場所に居続けても、苦しいだけ。
なら、逃げるべきなのかもしれない。
たとえそれが、親の元でも──
「ここから出たら、何をしますか?」
すると、結月がまた問いかけてきて、冬弥は静かに目を閉じた。
「……そうだな。夢なんて大層なものは思いつかないけど、一つだけ考えていたことがある。今、どこにいるのか、何もわからないけど、俺を捨てた母親に、一言怒鳴りつけてなりたい。なんであの日、俺を置いていったんだって」
あの人は、知らないだろう。
あの日、母親の手紙を見ながら、俺が、どれだけ泣いたかを。
置き去りにされて、どれだけ辛かったかを──…
「そうですね。言ってやればいいと思います。応援します。あなたの未来を。だから、どうか──生きてください。」
「……っ」
生きるのは、難しい。
いつしか人は、流されて、自分をなくして、死んだように生きていく。
この世に、自分が死んでいることにすら気づかない人間は、一体、どのくらいいるのだろう。
心を殺し、周りに同調し、死んだ状態が、当たり前になっている人間が、一体、どのくらいいるのだろう。
でも、やっと気づけた。
このままは、嫌なんだと。
初めて、自分の人生を、生きたいと思った。
「それ……読んでやるよ」
「え?」
少しぶっきらぼうに、そして、恥じらいながら冬弥が指さしたのは、結月が持ってきた少女漫画だった。
すると、結月は、その後、小さく微笑むと、冬弥の前まで歩み寄り、そっと漫画を差し出してきた。
「どうぞ」
そう言って結月が向き合えば、冬弥の視界には、結月の細い手が入りこんだ。
距離が近づいたせいか、ここまま結月の手を掴むのは、容易いことだった。
むしろ、触れてみたいとすら思った。
でも……
(きっと触れたら、結月は悲しむんだろうな)
きっと、あの執事と約束したのだろう。
指一本、触れさせることなく戻ってくると。
なら、ここで触れたら、結月のその気持ちを、踏みにじる事になるのかもしれない。
「あぁ……ありがとう」
そっと手をのばせば、冬弥は結月に触れることなく、漫画だけを手にとった。
その後、静かな室内には、ページをめくる音だけが響いた。
二人、漫画を読みながら、優しい時間が流れていく。
それは、冬弥にとって、久方ぶりに感じた、安らかな時間だった。
まるで地獄のようなこの餅津木家で過ごした、ほんの一時の──幸せな時間だった。
1
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる