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第19章 聖夜の猛攻
彼女の才能
しおりを挟む「執事になることを、激しく反対されたんです」
その言葉に、恵美は小さく息を呑んだ。
レオの親が、フランスにいるのは聞いていた。だが、その両親が義理の親だとは知らなかった。
「そ、そうなんですね。それで、どうしたんですか?」
「説得は出来ませんでした。まだ幼かったのもありますが……でも、諦める訳にはいかなかったので、両親の言葉はしっかり受け止めたうえで、やるべきことをしました」
「やるべきこと?」
「はい。執事には様々なスキルが必要ですから、学べるものは、全て学びました。あとは、アルバイトをしてお金を貯めたり。そして、定期的に学んだものを両親に披露しました」
「披露?」
「はい。理解してほしいなら、自分の努力を両親に見てもらう必要があると思いました。口先だけなら、いくらでも夢は語れる。だからこそ、口先だけではないことを立証しなければ、人はそれを本気とは受け取ってくれません」
「……っ」
「俺が料理を振る舞えば、両親は、とても喜んでくれました。執事としてのスキルは、家族の役にもたつものも多かったので、学んだ事を披露する場は、多かったですしね。そのおかげか、両親も理解してくれて、執事になることを認めてくれました。多少時間はかかりましたが……それで、相原さんの本気は、どの程度ご両親に伝わっていますか?」
「っ……」
その言葉に、恵美は改めて両親のことを思い出した。
幼い頃から絵は描いていた。部屋にひきこもって、一人で。だけど、その姿を、両親は、どのように見ていたのだろう。
「……そ、それは、わかりません。私は、褒められなくなってからは、絵を見せることもなくなったので」
「なら、今の相原さんの実力を、ご両親は、よく分かっていないかもしれません。それに、漫画家になれるのは一握りで、なれたとしても安定した生活は、ほとんど送れないでしょう。なにより親というものは、子供に安全な道を歩かせたい生き物です。自分たちにも夢があったはずなのに、子供には、大きな夢よりも、何不自由ない囁かな人生を願う。でもそれは、我が子を大切に思うからこそなのかもしれません」
「大切に……五十嵐さんは、私の親も、そうだと言いたいのですか?」
「さぁ、先程も言いましたが、俺は相原さんの親にあったことがないので、あくまでも一例です。でも、一つ言えるとするなら、理解して欲しいなら、自分の意見を押し付けても、何も解決しません。相手の言い分も聞き入れて、歩み寄らなくては、ただ敵対するだけです。もちろん、歩み寄っても決裂する場合もあるでしょう。そうなったら、あとは孤独に突き進むしかありません」
「孤独に……」
「はい。周りに何を言われようと、決して振り回されず、一心不乱にその場所だけを目指す。夢は、自分を信じられなくなった瞬間、砕け散るものですから」
ボーン、ボーン──
その瞬間、屋敷の中に時計の音が響いた。夜の7時を迎えたからか、広間の大時計がなったらしい。
「少し話し込んでしまいましたね。早く行かないと、料理が冷めてしまう」
「五十嵐さん」
瞬間、恵美がまた問いかけた。
「……五十嵐さんは、私が、夢を叶えられる人間だと思いますか?」
不安を宿した声が、辺りに響く。
迷いがあるのか、自信をなくしてかけているのか。両親からの否定の言葉は、それだけ心を痛めるものだったかもしれない。
だが『叶えられる』なんて、無責任な言葉は言えない。
技術だけでなく、アイデアや時の運にも左右される芸術家や創作家の世界は、それだけ夢を叶えるのが難しい。例え、実力があったとしても──
「わかりません。俺は、相原さんの漫画を読んだことがないので、あなたの作品が名作か駄作かは、俺にはどうにも」
「だッ、駄作!? さ、さすがに、駄作とまでは!」
「誰かに読んでもらったことはありますか?」
「そ、それは……数年前に一度だけ、出版社に持ち込んだことがあって……でも、その時は、キャラが弱いとか、冒頭の掴みが今一つだとか色々指摘されて」
「…………」
「で、でも! あの時よりは、成長したと思ってるんです! 次は絶対、面白いって言わせてみせます!」
顔を赤くしながら、それでも、必死に訴える恵美は、普段の姿とは少し違って見えた。
本当に漫画を描くのが好きで、そのための努力を惜しみなくつづけてきたのだろう。
レオは、そんな恵美の目を見て微笑むと
「相原さん、俺は貴女の実力が、どの程度かは全くわかりません。でも、両親に反対され家出までして、メイドの仕事をこなしながらも、ひたむきに描き続けたその努力は、しっかり伝わっています」
「え?」
「メイドの仕事も、ラクではないですからね。それでも描き続けたのは、凄いことです。『諦めない心』を持つのは、一種の才能ですよ。人は簡単に挫折する生き物ですから──」
夢を叶えるのに必要なのは、いかに心を強く持つか、それに付随するのかもしれない。
めげそうになる心を奮い立たせ、失敗しても、何度でも挑戦し続ける。
だけど、それが出来なくて、夢を諦める者は沢山いる。
自分を信じるのは、一番簡単そうで、一番難しいことだから──
「……あの、五十嵐さん」
「はい」
「その、よかったらですが……今度、私の描いた漫画を読んでくれませんか?」
「え? それは構いませんが、俺はあまり漫画には詳しくありませんよ」
「だ、大丈夫です! 是非一番最初の読者になってください! それと、今度……両親にも連絡してみます……お正月に帰るって話てみます。そして、私がこの二年間で、どれだけ成長したか、しっかり見せつけて来ます! もちろん、認めてもらえるかは分からないけど、どう転がっても、めげたりはしません。諦めないのが、私の才能みたいですし」
先程の不安げな表情が、一変して清々しいものに変わった。花のように朗らかな姿は、夢を持つ一人の女性として、とても美しく見えた。
「はい、応援しています」
そして、その姿をみて、レオも優しく微笑んだ。
形は違えど、同じく夢を見る者同士。
彼女の夢が、いつか現実のものになるといい。
そう、強く願いながら──…
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