158 / 289
第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ⑪ ~仔猫~
しおりを挟む「ねぇ、この花の花言葉、知ってる?」
それは、いつもの温室の中で、結月が植物図鑑を読んでいた時のこと。
いきなり、花言葉なんていわれて、興味のなかった俺は
「知らねーよ。花言葉なんて」
と、そっけなく返せば、結月はくすくすと楽しそうに笑いながら「ヤマユリ」のページを見つめた。
「ヤマユリの花言葉はね。純潔、威厳、飾らない愛、それともう一つ『人生の楽しみ』っていう花言葉があるの。"生きていることを楽しむ"って、とても素敵な言葉だと思わない?」
結月が、図鑑の中の写真に指を這わせながら呟いて、俺は無言のまま、結月をみつめた。
俺にとってそれは、あまりいい言葉に聞こえなかった。
──生きていることを楽しむ。
そんなの、まるで夢物語のようで、だけど、それは結月も同じだったのかもしれない。
結月は、その後、悲しそうに父親のことを話し始めた。
「私ね、お父様に『ユリの花のようになりなさい』って言われるの。『白ユリみたいに、純粋で穢れのない娘でいなさい』って……でも、お父様がそう言ってるのは、全部この"家"のためで……だから私、真っ白なユリの花が嫌いなの」
いつも穏やかな結月は、親のことを話す度に、辛そうな顔をしていた。
そして、それを見るうちに、俺は気づかされた。
結月は、あの親に、全く愛されてないのだということを。
そして、結月を苦しめても、あいつらは悲しまないし、苦しみすらしない。
俺が、そう気づくのに、あまり時間はかからず……
なにより、復讐を誓って近づいたはずなのに、全く無意味なことをしようとしている自分に気づいて、一体、なんのために結月と一緒にいるのか、よく分からなくなった。
だけど、結月と会っていると、不思議と悲しい気持ちが紛れた。
寂しい気持ちも
苦しい気持ちも
ただ、隣にいるだけで、とても安心した。
ちゃんと、わかってはいた。
結月は、俺の父を死に追いやった、悪魔のような一族の娘。
それを、よく分かっていたはずなのに、なぜか俺は、もう結月から離れられなくなっていて、そして「いつか、この屋敷を出たら、本物のヤマユリを見に行きたい」そう言った結月に、俺は、またひとつ約束をした。
俺の家の庭先に、夏頃、咲くヤマユリの花。咲いたら、それを見せてやる──と。
小さな約束は、いつしか未来への約束に変わって、俺は結月を繋ぎ止めるのに必死だった。
どうか、この先も、結月と一緒にいられますように……
✣
✣
✣
そして、それは寒い冬がすぎ、春を迎えた頃だった。
ついに、四匹分の仔猫の飼い主が見つかって、結月に、それを伝えれば、結月はとても喜んで、俺に抱きついてきた。
「スゴーイ! 望月くんって、私のお願い、何でも叶えてくれるね!」
「ちょ、抱きつくなよ」
「だって、嬉しいんだもの。ありがとう、望月くん!」
この頃の結月にとって、俺は何でも叶えてくれる魔法使いみたいな存在だったかもしれない。
まぁ、それも懐柔しようと、なんでも言うことを聞いていた結果だけど、こうして喜ぶ結月を見ると、もっと色々叶えてやりたいって思った。
「にゃ~」
そして、あれから仔猫たちは、少し大きくなって、だいぶ活発に動くようになっていた。
結月が献身的に世話をしていたからか、一匹も弱ることなく、健康的に育った仔猫たちは、じゃれつくように俺たちに擦り寄ってきて、それを見ると自然と頬が緩んだ。
だけど、この子達とも、もうお別れ。
その後、結月もお別れをしたいとのことで、週末、俺たちは一緒に屋敷を抜け出して、公園に向かった。
声をかけた飼い主たちにも、集まってもらって、それから、どの猫を誰が引き取るかの話し合いになった。
そして、そのうちの一人に、俺のクラスメイトがいた。
名前は、桂木さん。
前に、餅津木家のパーティーで俺に「望月くん」と言って声をかけてきた、あの女性は、子猫の飼い主になってくれた一人だった。
「わ~、この子、ちょっと望月くんに似てない?」
「そうか?」
「うん、顔がシュッとしてて、凄くカッコイイもん! お母さん、私この子がいい~! この子に決めてもいい~?」
「いいわよ」
桂木と話し終えて見送ったあと、俺の横で、結月が小さく話しかけてきた。
「……さっきの子と、仲良いの?」
「え? 仲いいっていうか、ただのクラスメイトだよ」
「そう、なんだ……」
「?」
微妙な返事をする結月に首を傾げつつも、その後、仔猫は着々と引き取られていって、俺たちは、それを名残惜しそうに見つめていた。
だけど、最後の一匹になった時──
「あら、この子、メスなの?」
残った黒猫を見て、中年の女性が訝しげに眉をひそめた。
「はい。この子だけ、女の子で」
「あら、そうだったの。私、オスだったら引き取ろうとおもってたんだけど、メスはねぇ」
どうやら、女性はオス猫なら飼うつもりだったらしく、結局、その黒猫を引き取ってはくれなかった。
その後、公園の中には、また二人だけになって、ただ呆然と、箱の中に残った仔猫を見つめながら、俺たち途方にくれた。
特に結月の方は、意味がわからなかったらしい。
「なんで、引き取ってくれなかったの?」
「それは……メスだからだろ」
「メスだから? どうして? 女の子はダメなの?」
「ダメっていうか。メスは、子供を産むから、嫌がられることがあるんだよ……避妊の手術をするにも、お金がかかるし」
「…………」
俺の話を聞いたあと、結月は一匹だけ取り残された子猫を抱き上げて、悲しげに頭を撫でた。
「そう……女の子だからダメだなんて、私と一緒ね」
「……え?」
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】
佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。
ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。
それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが……
——って……アブダビって、どこ⁉︎
※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる