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第15章 お嬢様の記憶

デートのお誘い

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「おはようございます、お嬢様」

 次の日の朝、執事は普段と変わらぬ表情で顔を出した。

 きっちり執事服を着て、凛々しく佇む姿は、あまりにも優雅で、昨日、寝込んでいたのが、もはや嘘みたいだった。

 だが、結月の方は、そんな執事のように普段通りとはいかず

「お……おはよう……っ」

 頬を赤らめ、少し上ずった声で挨拶をする。すると執事は、そんなお嬢様を見て、くすりと一笑する。

「顔が赤いようですが、熱はございませんか?」

「ッ……な、ないわ! これは、その……っ」

 何とか平静を装おうとするが、昨日のことを思い出すと、恥ずかしさで、頬は更に赤くなった。

 昨日、結月は、五十嵐が寝込んでいると聞いて、こっそり部屋まで様子を見に行った。

 だが、まさか、その部屋のベッドの中で、執事と、抱き合うことになるなんて

(ッ……今考えたら、なんて恥ずかしいことを)

「お嬢様。そろそろ、朝食のお時間ですよ」

「え! あ……そうね! すぐ行くわ!」

 恥ずかしがる結月とは対照的に、完全執事モードのレオ。それを見て、結月は少しだけ悔しい気持ちになった。

(きっと、ドキドキしていたのは私だけね……)

 時折甘ったるくなったり、意地悪されたりするが、執事モードの時は、それすらも、まったく顔に出さない。

 ポーカーフェイスと言えば、それまでだが、なんだが自分だけ意識しているようにも感じて、少し悔しい。

(……五十嵐って、いつも余裕よね)

 昨日、熱があった時も、そう感じた。多少けだるそうではあったが、いつもと変わらず、冷静で落ち着いていて、だからこそ、今まで気づかなかった。

 体調を崩すほど、限界がきていたことに……

(本当に、熱、下がったのかしら?)

 ふと気になって、結月は、執事を見上げた。そして、その額にそっと手を伸ばす。

「……!?」

 だが、その瞬間、執事が、その手を掴んだ。

 額に触れることなく止められた結月の手。そして、それを見て、結月は大きく目を見開いた。

 それはまるで、額に触れること拒んだかのように見えたから……

「如何なさいました?」

「え、あ……」

「まだ、お時間に余裕はあるとはいえ、あまりモタモタしていると遅刻してしまいますよ」

「……そ、そうね」

 結月が頷くと、執事は手を離し、部屋の扉の方へと歩き出した。結月は、その後ろ姿を見つめながら

(もしかして、まだ熱が下がってないの?)



 ✣

 ✣

 ✣



「お嬢様!」

 その後、一階へおりると、突然、メイドの恵美に声をかけられた。

 何事かと目を向ければ、少し慌てた様子の恵美は、結月の前に来るなり

「おはようございます、お嬢様。実は今、冬弥とうや様からお電話が入っていて」

「え? 冬弥さんから?」

 その瞬間、結月は表情を曇らせた。

 こんな朝から、なんの用なのか。あまり良い気持ちはしなかったが、結月は、渋々電話の前まで歩き出すと、その後、そっと受話器をとった。

「はい、お電話変わりました」

『あ、もしもし、結月さん? おはよう!』

「おはようございます」

 極力明るい声で、返事を返す。なぜなら、結月は今、冬弥と正式にお付き合いをしているから……

『悪いね。こんな朝早くに』

「いいえ、どうなされたのですか?」

『実は今日、急に仕事が休みになってね。良かったら、結月さんの学校が終わったら、デートでもしませんか?』

「え? デート!?」

 思わず声が大きくなって、結月は、慌てて口元を押さえた。 そして、そのまま執事を流し見れば、気難しそうに眉をひそめているのがわかる。

「あ、あの……いきなり、そんなこと言われましても……っ」

『でも、せっかく恋人同士になれたのに、あれから一度も会えてないし、一時間でもいいんだ。一目会えたら』

「……っ」

 念押しされ、結月は口ごもる。婚約者からの誘いだ。あまり無下にはできない。

 だけど……

(どうしよう……私がこれを受けたら、五十嵐が)

 多分、まだ熱が下がってないような気がした。そして、そんな中、五十嵐は無理をして仕事をしているのだろう。

 それなのに、もし自分がこれを受けたら、今以上に、無理をさせてしまうかもしれない。

 結月は、そう思うと……

「あの、申し訳ありません。今日は用事があるので、お会いするのは難しいです」

『……』

 そう、はっきり告げると、冬弥は一呼吸あけて

『そうか、残念だな』

「ごめんなさい」

『いいよ。いきなり誘った俺が悪いし』

 そう言って、あっさり引いた冬弥に、結月は静かに胸を撫で下ろす。だが……

『じゃぁ、は会えるかな?』

「え?」

『クリスマスは恋人のイベントだろう。12月24日は、空けておいて欲しいな』

「…………」

 まさかのクリスマスデートのお誘い。
 だが、さすがに、これまでは断れない。

(どうしよう……でも、あまり断ってばかりだと、逆に怪しまれるし)

 それに、また執事との関係を疑われても困る。すると結月は、その誘いを素直に受けることにした。

「分かりました。クリスマスは空けておきます」

『良かった! じゃぁ、今度はうちのに招待するよ』

「え?」

『それと、君の執事はつれてこなくていいよ。うちに何人かメイドがいるし、せっかくのクリスマスだし、二人っきりで過ごしたいしね』

「…………」

 つまりそれは、餅津木家で二人っきりということだろうか?

「……っ」

 微かに、心拍が早まる。前のホテルでのことがあるからか、できるなら行きたくない。

 でも……

(いつも、五十嵐に頼ってばかりじゃダメだし、自分で、何とかできるようにならなきゃ……っ)

 自分がこのままだと、きっと五十嵐に、今以上に無理をさせてしまう。

 そう思った結月は、固く決意を固めると

「わかりました。クリスマス楽しみにしていますね!」

 そう言って、心にもない笑顔を向けた。

 だが、その内容を把握出来ていない執事は、そんな結月の姿を、ただ不安そうに見つめるだけだった。


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