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第14章 夢を叶えるために

心配

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 その後、部屋に戻って来たレオは、結月と向かい合わせに座り、先程痛めた結月の指先を冷やしていた。

 細い手を取り、タオルで包んだ氷をあてがうと、少しばかり大袈裟な執事をみて、結月が眉を下げる。

「五十嵐、もう大丈夫よ」

「ダメです。しっかり冷やしておかないと―ー」

 この綺麗な手に、打撲の跡など残したくない。
 レオは、そう思いつつ、触れた手を優しく握りしめた。

 思い出すのは、昼間のこと。

 結月は何も知らない。
 何も知らされず、勝手に決められてしまった。

 もしも自分が、卒業と同時に冬弥と同棲させられると聞いたら、結月はどんな顔をするだろう。

 もしかしたら、不安で眠れない夜を過ごすかもしれない。
 この家の娘に生まれたことを、より恨むかもしれない。

「五十嵐……?」

「はい」

「元気がないみたいだけど、大丈夫?」

「……」

 不意に結月がそう言って、レオは目を細めた。

 感情が顔に出ていたのか、レオはその後また笑みを浮かべると、何事もないように笑いかけた。

「心配してくださるのですか?」

 そう言って、からかい交じりにこたえる。
 顔を近づけて目を合わせれば、いつもの結月なら、顔を赤くして話をそらすと思ったから……

「心配よ……とても」
「……っ」

 だが、その後結月は、空いた手をレオの頬へと伸ばしてきた。

 昼間、あの母親に触れられた場所に、結月の手が重なる。

 まるで、慰めるように、癒すように――

 優しく触れたその手は、あの母親のものとは全く違う、ぬくもりがあった。

(……あたたかい)

 その心地良さに、そっと目を閉じると、レオは結月の手に自分の手を重ねあわせた。

 優しくて、あたたかくて、泣きたくなるくらい、幸せな感覚。

 結月を、手離したくない。
 もう、失いたくない。

 この包み込むような笑顔も、何もかも守ってあげたい。

「なにかあったの? 顔色が悪いような……」

「大丈夫ですよ。お嬢様が心配するようなことは何もございません」

「そう?……でも、前から思ってたけど、働かすぎだし、ちゃんと休めてる?」

「はい。お嬢様が学校に行かれている間に、しっかり休んでおります」

 笑って答えるも、レオは少しだけ嘘をついた。

 本当は、結月がいない間の方が忙しい。
 屋敷の管理や庭の手入れやら。

 空いた時間にほんの5~10分の休憩はとるが、休めているかときかれたら、全く休めてはいない。

 だけど、そんなことをいえば、結月を心配させてしまう。

「心配さないでください。お嬢様は、いつも通り過ごして、そして、いつか時が来たら──俺に拐われてください」

「……っ」

 頬に触れた手を取ると、レオは、そのまま結月の手の平に口付けた。

 左手は氷のおかげで、ひんやりとしているのに、口付けられた右手は一気に熱を持って、なんともアンバランスな感覚が、結月の身体を駆け巡る。

「ぁの……五十嵐」

「……どうしました?」

「あの、ちょっと、くすぐったいというか……っ」

「でしょうね?」

「え!? ちょ……もしかして、わざとやってるの!?」

「そうですよ。お嬢様の反応を見るのが楽しくて」

「ん……ッ!」

 すると、キスだけかと思いきや、そのキスは、次第に吸い付くようなものに変わってきた。

 遊ぶように、手の平から指先、へと移動すると、結月は耐えきれず顔を真っ赤にする。

「ん、待って……そこ、跡付けないでね」

「あー、もう遅いかも」

「え!?」

「はは、冗談だよ」

 またキスマークを付けられると思ったのか、心配する結月に、レオはにっこりと笑いかけた。

 こんな見える場所に、キスマークなんて付はしない。
 付けるとしたら、また見えない所──

「次は、どこにしょうか?」

「え?」

「前の跡が完全に消えきる前に、またつけておこうかなと……」

「ちょ、それは、だめ!」

「どうして?」

「どうしてって……もし、誰かに見られたら」

「だから、見えないところに」

「見えなくても、だめなものはダメ!」

「……しかたないな。じゃぁ、俺の質問に答えたら、付けないであげる」

「し、質問?」

「あぁ、さっき、?」

「!?」

 瞬間、レオは結月の机に視線を向けた。
 さっき、指を挟んだ原因、それは、何かをあわてて隠したから。

「っ……そ、それは」

 すると、結月はバツが悪そうに目をそらした。
 それを見て、レオはまたもやにっこりと微笑む。

「答えないのなら、当ててみようか?」

「え?」

「日頃、日記を書いてる様子はないし、隠さないといけないほどテストで悪い点数をとるとは思えない。となれば……俺が『読むな』といった、あのしかないよな?」

「……っ」

 物の見事に言い当てられ、結月の顔からはサッと血の気がは引いていく。

「えーと、それは……その……っ」

 顔を下げた、言い訳を探すかのような結月をみて、レオは目を細めた。

 そうまでして、読みたかったのか?
 いや、結月のことだ。読まずに返すのは失礼だと思ったのだろう。

「読みたいなら、ちゃんと言って」

「え? でも、読んで欲しくないって……」

「読んで欲しくないよ。婚約者とお嬢様の恋愛小説なんて」

 所詮は物語。そんなことは分かってる。

 だが、それでも、婚約者という肩書を聞くだけで、冬弥を連想してしまい、あまり良い気になれなかった。

 でも、それよりなにより──

「結月に、隠し事をされる方が、辛い」
「……っ」

 あまりにも真剣に、本気でつらそうな顔をするものだから、結月は、その後、慌ててレオに弁解する。

「あ、あの、違うの! 隠し事しようと思ったわけじゃなくて……その、ごめんなさい」

「いや、俺も束縛するようなこと言ってゴメン。読みたいなら読んでいいし、俺に不満あるなら素直に言えばいい……この先、になれば、お互いのことを、しっかり理解していかないといけないし」

「夫婦?」

 唐突に飛び出した言葉に、結月は息をのむ。

 いずれ──夫婦になる。

 そう言われると、駆け落ちするという未来が、急に現実味を帯びてきたような気がしたから……

「夫婦に……なれるかしら?」

「なれるよ」

「でも、もし失敗したら?」

「しないよ、絶対。──俺を信じて」

 そう言って、頬を撫でると、結月の目には、じわりと涙がうかんだ。

「じゃぁ、五十嵐も、私に隠し事しないで」

「……」

「本当に、なにもないの?」

「ないよ」

「本当に、本当? 私だって、五十嵐の役にたちたいわ」

「役にならたってるよ。こうして側にいてくれるだけで、俺は、とてもみたされているから」

「でも、私は、それでは嫌なの。……私、自信がないの。この先、五十嵐の人生に、私が役に立てるとはどうしても思えない。だから、私に出来ることがあれば、なんでも言って。私にも、なにか手伝わせて。五十嵐一人に、背負わせたくないわ……っ」

「………」

 結月の気持ちに、自然と胸が熱くなる。

 まるで、一人で苦しまないでというように、一緒に背負うと、結月が言ってくれる。

 正直、こんなに嬉しいことはない。

「ありがとう、結月がいてくれれば、俺は、どんなことだって乗り越えられる気がするよ」

 結月が、力をくれる。
 まるで、あの幼い日のように……

 何もかもなくした、あの時
 結月は、俺に安らぎを与えてくれた。

 夢も、希望も、何もかも
 君が俺に与えてくれた。

 だからこそ──

「逃げよう、二人で……必ず」

 そう言うと、レオは、結月に口付けた。
 今度は、手の平ではなく、唇に──

「ん……ッ」

 触れた唇が、決して離れるように、執拗にキスを繰り返す。

 甘い吐息と熱い舌の感触。薄く目を見開けば、その先で、必死に自分を受け入れる結月と目があった。

 その愛らしい姿に、レオのその思いをより強靭なものにしていく。

 絶対に、冬弥の元になんか行かせたりしない。
 あんな男に、奪れたくない。

 その前に、必ず、結月を救い出す──

 





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