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第13章 誰もいない屋敷の中で
拒絶
しおりを挟む(冬弥さん、怒ってないかしら…)
その後、屋敷の中に居ずらくなった結月は、とっさに散歩を提案し、今は冬弥と二人きりで、屋敷の庭を歩いていた。
先ほどは、急に冬弥に手を取られそうになり、慌てて回避したが、あれでは、嫌がっていると思われても、おかしくない。
いくら執事との約束があるとはいえ、結月とて、この縁談を台無しにする訳にはいかなかった。
冬弥は、父が選んだ婚約者。ならば、阿須加家にとっても有益な相手なのだろう。それなのに、万が一、冬弥に嫌われでもしたら
(お父様に、何を言われるか……)
「とても綺麗な庭ですね」
すると、横に並ぶ冬弥が、歩きながら話しかけてきて、結月は、すぐさま笑顔を貼り付け、にこやかに返事を返す。
「ありがとうございます。執事の五十嵐が、こまめに手入れをしてくれていて……」
(……また執事か)
だが、ありのままを話した結月の返答に、冬弥は軽く苛立ちを覚えた。さっき、庭に出るとき、あの執事には『ついてくるな』と命令した。
結月は少し困っていたが、それでも、こちらの意志を組んだのか『二人だけで話したいから』と結月が執事にいうと、その後、執事はあっさり引き下がった。
だが、それでも結月は、ことある事に執事の話ばかり。それだけ、信頼していてるのだろう。だが、さすがに、ほかの男の話ばかりされると気分が悪い。
(……今度こそ、失敗するわけにはいかないのに)
8年前、結月との縁談が一度白紙に戻ったのを思い出して、冬弥は焦りの表情をうかべた。
白紙になったのは、自分が失敗したから。
だが、それがこうして再び、婚約の話が持ち上がった。今度こそ、失敗できない。それなのに、このまま、なんの進展もなければ、また父や兄に言われてしまう。
お前は、役立たず──だと。
(そういえば、ユリの花が好きだといっていたな。なら……)
先程、執事から聞いた、結月の好きな花。
その好きな花にからめて褒めてやれば、結月の気持ちも、少しはこちらに傾くかもしれない。
そう思うと、冬弥は少しでも、結月からの印象を良くしようと、また話しかけた。
「しかし、結月さんは本当に上品な方ですね。まるで、真っ白な白ユリみたいだ」
「──え?」
だが、冬弥のその言葉に、結月は目を丸くし
「白ユリ……?」
「はい。清楚だし、なにより純粋だし、まさに、結月さんが好きだと言っていた、真っ白なユリの花、そのものですよ!」
「…………」
爽やかに笑う冬弥を見て、結月は足を止めた。
それは、明らかに、自分の好きな花が『白ユリ』だと語っていた。でも
(……なに、言ってるの?)
幼い頃、自分はモチヅキくんに『ヤマユリ』の花が好きだと話した。
赤や黄色のまじる、ユリの花。
野山に自由に咲き誇る、ヤマユリの花。
それを、いつか見てみたいと。
だけど、それと同時に、嫌いな花の話もした。
父に、ずっと言われてきた。『ユリの花のようになれ』と『純粋で穢れない、真っ白な白ユリのように、貞淑で品のある女性であれ』と。
自分は、それが嫌で仕方なかった。
まるで、品物のように、女を磨けといわれるのが嫌だった。だから、モチヅキくんに話したのだ。
自分は『真っ白なユリの花』が嫌いだと──
(どうして……?)
白ユリが好きだなんて話、結月は一度も言ったことがなかった。それに、昔、モチヅキくんは、自分にヤマユリの花をプレゼントしてくれた。
それを、冬弥さんは……忘れてしまったの?
「どうしたの? 急に黙り込んで……」
「あ、いえ、ありがとうございます」
再度冬弥に話しかけられ、結月は、咄嗟に話を合わせた。なんにせよ、褒められたことに変わりはない。
だが、白ユリのようだと言われて、その冬弥の姿に、思わず"父"を見てしまった。
もし、この先、この縁談が上手くいって、冬弥と結婚したら、間違いなく自分たちは『子供』を切望される。
たけど、もし、その子供が『女の子』だったら?
阿須加の縁者から、男児を強く望まれる中、また自分と同じように、女の子が産まれてしまったら、この人は、ちゃんと、娘を愛してくれるだろうか?
『──決めるのは、お嬢様ですよ』
すると、あの執事の言葉を思い出した。
好きでもない人と結婚して、産みたくない子供を産む人生か、素性もしれない執事と駆け落ちして、一生束縛された人生を選ぶか?
──自分の人生を決めるのは、自分自身だと。
(どう、しよう……っ)
選ぶべき道は、もう決まってる。
その道以外、選んではいけない。
なにより、ずっと、そうしてきたのだ。
父と母の望み通り『いい子』にしていたら、いつか、きっと愛されると思っていたから。
でも──
(っ……私、)
心が、揺らぐ。いや、もう心の中では『答え』が、決まってしまっている。
私が、選びたいのは──…
「結月さん?」
「!?」
瞬間、肩を叩かれて、結月はハッと我に返った。触れた手の感触に、全神経を持っていかれる。
(あ……)
触れられてる。冬弥さんに──
「──ッ!」
瞬間、とっさに冬弥の手を振り払った結月は、まるで弾かれたように、その場から離れた。だが、その反応には、さすがの冬弥も眉を顰める。
「…………」
「あ……ごめんなさい。その……男性に触られるのは、なれてなくて……っ」
「へー……でも、あの執事にエスコートされるのは平気だよね?」
「っ……」
二人の間に、冷たい風が吹き抜ける。完全に拒絶しているのが伝わってしまった。
どうしよう。もし、ここで、冬弥さんに嫌われてしまったら……
「まさかとは思うけど、他に好きな男がいるってことはないよな?」
「え?」
「例えば、いつも君の傍にいる──あの執事とか?」
「……っ」
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