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第12章 執事の恋人

偽りの恋人

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 結月から『五十嵐の彼女に会ってみたい!』と言われてから、半月がたった11月初旬。

 秋が深まり、肌寒くなり始めた頃、レオは屋敷の前で、ルイが来るのを待っていた。

 内心、大丈夫だろうかとヒヤヒヤしつつも、結月の願いはどうしても叶えてやりたい。なにより主人の望みを叶えられないなんて、執事として失格だ。

 だが、結月のその無理難題には、レオもかなり参っていた。

(なんで、彼女に会いたいなんて……)

 結月にとって自分は、一体どんな存在なのだろう。

 前に「好き」と言ってくれた、あの言葉は、結月にとっては、大した意味をもたないのだろうか?

(やっぱり、家族のような使用人としか、思われてないのかもしれない)

 家族が、大事にしている恋人。

 更には、結婚まで考えているような相手なら、仲良くなっておきたいと結月なら、思ってもおかしくはない。

 でなくては、わざわざ使用人の恋人に会いたいなんて、言うだろうか?

「はぁ……」

「レオ!」

 ふと、ため息をついた瞬間、突然背後から、声をかけられた。

 ルイが来たのだろう。レオがゆっくりとそちらを振り向けば、そこには、見覚えのある女性が佇んでいた。

 赤みの入った長い金色の髪を三つ編みにし、温かみのあるワインレッドのセーターと黒のロングスカートとショートブーツ。

 落ち着いた雰囲気のその女性は、レオがフランスにいた頃、よく目にしていた人だった。

「マ……マリアさん?」

 そこに現れたのは、幼い頃、よくお世話になっていたルイの──

「残念でしたー。マリアじゃないよ! 僕だよ、僕!」

 だが、その美女から、開口一番に聞こえてきたのは、紛れもなくで、レオはふと我に返った。

 確かに、その姿形はルイの一つ上の姉、マリアによく似ているが、声が明らかにルイだ。

「レオも騙されるってことは、それなりにうまく化けれたのかな?」

「驚いた。てっきり、マリアさん呼び寄せたのかと」

「まさか。仮に呼び寄せたとしても、レオの恋人役なんてさせないよ。女装するなら、誰かを見本にした方がやりやすいかなと思って。さすが、姉弟だよね? 僕、マリアにそっくりでしょ?」

「あぁ……それにしたって、お前凄いな。骨格どうなってるんだ?」

「ゆったりめのセーターをきて、カモフラージュしてるだけだよ。身長はどうにもならなかったけどね」

「その袋は?」

「あーこれは、お菓子だよ。お招きされて手ぶらでいくわけにはいかないし。この前はレオに聞いたよね『結月ちゃん、どこのお菓子が好きなの?』って」

「あー、でも、あの店のお菓子、結構高いだろ」

「まぁ、庶民が日常的に買うお菓子ではないよねー。それに、今回女装するにあたって、女物の服とか、女っぽく見える靴とか、ネイルだとか化粧品だとか諸々揃えてたらかなりかかって……気がつけば、僕の一ヶ月のモデル代、全部パーになりそうなんだけど?」

「…………」

 にこやかに放たれた言葉に、レオは思わず口篭った。

 確かに、女物の服や装飾品を一式揃えるとなると、それなりにかかる。サイズだって限られているだろうし、靴だって女物を履くわけにはいかないから、女っぽく見える男物の靴を探さなくてはならない。

 しかも、ルイのあの珍しい髪色のカツラをさがすのも、大変だったに違いない。

 きっとルイは、自分のために様々な店を周り、女装するための道具を探し回ってくれたのだろう。

 そう、友人の恋人に、成り済ますために──

「すまない。全部はらうから、後で請求してくれ」

「別にいいよ。でも、僕にここまでさせるんだから、絶対に、結月ちゃんと幸せになってよね」

 じゃなきゃ、許さないよ──と、そっと耳打ちされて、レオは息を飲んだ。

 確かに、ルイがここまで協力してくれているのだ。恩を仇では返せない。

「あぁ、わかってる。でも……時々自信がなくなるんだ。結月にとって、俺は──」

 本当に、ただの執事でしかないのかもしれないと……

『レオ、そんな顔しないで』
「……!」

 だが、その瞬間、耳元で酷く甘ったるい声が聞こえた。柔らかくて、どこか誘うような──女の声。

『なんなら、恋人の私が、慰めて、あ・げ・る♡』

「……気持ち悪い。お前、その声どこから出したんだ」

「うわ、気持ち悪いとは失礼だなー」

 耳元で囁かれた言葉に、レオが棒立ちのまま鳥肌をたたせると、いつもの声に戻ったルイが、クスクスと笑ってレオから離れた。

「せっかくだから、Mère(ママ)に声の変え方おそわったんだ。声質を変えたいなら、喉仏を移動させたらいいんだって?」

「いいんだってって……そんなに、あっさり声って変わるものなのか?」

「さぁね、でも僕は出来たし、できるんじゃない?」

 六人兄姉弟の末っ子であるルイ。そして、そのルノアール兄姉弟の母親、ジュリアは、元・舞台女優だった。

 その美貌と歌声は、フランス全土の人々を魅了し、今でも『伝説の歌姫』と言われるくらいの人だ。

「ジュリアさんに……わざわざ相談したのか?」

『うん♪ まぁ、任せてよ! 母親譲りの美貌と演技力で、しっかりレオの恋人を演じきってあげるからね♡』

 そう言って、また色っぽい声を出したルイをみて、色んな意味で恐ろしい友人を持ったと、レオはつくづく思ったのだった。


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