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第10章 餅津木家とお嬢様
誕生日
しおりを挟む『あのね、モチヅキ君、明日は、会えないの』
懐かしい夢を見た。
あれから、よく見るようになったモチヅキ君の夢。そして、その夢の中の私は、明日会えないというだけで、すごく寂しそうにしていた。
『そうなんだ、残念』
『……ごめんね』
『何か用事?』
『うん。明日、私の誕生日なの』
私がそういえば、モチヅキ君は少し驚いた顔をして
『誕生日……』
『うん。あ、でも誕生日っていっても、お母様たちは来ないし、白木さんたちが祝ってくれるだけなの。でも、外で遊ぶのは無理だろうから』
『……いいよ、気にしなくて。祝ってくれる人がいるのは幸せなことだよ』
『そうだよね。……あ、そういえば、モチヅキ君の誕生日はいつなの?』
『俺? 俺の誕生日は───』
✣
✣
✣
「お嬢様」
「んぅー……」
布団にくるまっていると、不意に声が聞こえてきた。
聞きなれた男性の声。ぼんやりとした視界をゆっくり覚醒させると、そこにはいつものように、優しく微笑む執事の姿があった。
「お嬢様、起きてください」
「きゃ! 五十嵐、なんで……っ」
「申し訳ございません。寝起きを見られるのは、嫌だとは存じてはおりましたが、なかなか起きてこられないので、心配になりまして」
「え? うそ。今何時?」
「7時すぎです」
いつもは、6時前には起床する結月。それなのに、今日は寝坊してしまったようだった。
「起こすのは忍びないと思いましたが、朝食のお時間が遅くなってしまいますから」
「あ、そうね。ごめんね、心配かけて」
「いえ、昨夜は、あまり眠れなかったようですね。今日は、餅津木様の誕生パーティーがある日ですから」
「……っ」
その言葉を聞いて、一気に現実に引き戻された。
本日、9月28日──午後6時から開かれる餅津木家の長男、春馬の誕生パーティーは、阿須加家が経営するホテルで行われるらしく、結月は両親と共に、そのパーティーに出席することになっていた。
それも、あの赤いドレスを着て──
「ダメね……お父様たちと一緒に出席する時は、いつも緊張してしまうわ。特に餅津木様は、お父様のご友人みたいだし」
「旦那様たちがご一緒となれば、気遅れしてしまうのは仕方のないことです。ですが、心配せずとも、お嬢様はとても聡明な方です。力を抜いて普段通りしていれば大丈夫ですよ。それに、今夜は私も同行致しますから、困った時には、すぐに、お呼びつけください」
「ありがとう。五十嵐がいてくれたら心強いわ」
「いえ。では、私は何が温かいものでも、お持ちいたしましょう」
「ええ、お願い」
その後、執事が一礼して退出すると、結月はベッドの中で小さく息をついた。
(また、モチヅキ君の夢……)
ぼんやりと、夢の中の男の子のことを思い出す。夢の中の自分は、いつもモチヅキ君に会えるのを楽しみにしていた。
モチヅキ君といると、不思議と胸がドキドキして、温かい気持ちになって……
(私……好きだったのかな。モチヅキ君のこと)
なんとなく、そんな気がした。
もしかしたら、それは、叶うことのない"片思い"だったのかもしれないけど
(……恋、したことあったのね、私)
前に恵美や五十嵐に、恋をしたことがないと言ったことがあった。ずっと、恋など無意味だと思っていて、それは今でも変わらない。
だけど、夢の中の自分は、確かに恋をしていた。あのモチヅキ君に──
(あれから、モチヅキ君とはどうなったのかしら……)
たった半年の間の出来事。
もしかしたら、自分が記憶をなくしたせいで、それっきりになってしまったのかもしれない。
もしそうなら、会って謝りたい。
何か、約束だってしていたはずのに、それすらも思い出せない。
あのモチヅキ君と、どうやって出会って、なんの話をして、なぜ自分は、彼を好きになったのだろう。
(また会いたいな。モチヅキ君に……)
会ったら、いろいろ聞いてみたい。
忘れてしまった半年間の事とか、モチヅキ君自身のこととか。なぜなら、今、自分が知っているのは「モチヅキ」と言う名字だけだから──
「誕生日……いつだったのかな?」
夢の中で、誕生日を聞けなかったことを、結月は少し後悔していた。
何か少しでも、手がかりがあればいいのに、自分は彼の”名前”すら知らないのだ。
「あ……」
だが、その瞬間、ふと今日のパーティーのことを思い出した。
餅津木 春馬の誕生パーティー。
(そういえば、餅津木様も"モチヅキ"だけど、なにか関係があったりするかしら?)
父の古い友人らしい。もしかしたら、春馬さんにも、あったことがあるかもしれない。
「あ。でも、春馬さんは、確か今日で28歳になるっていっていたし、私とは10歳も違うのよね」
8年前に会っていたとしたら、春馬さんは20歳だ。だけど、あのモチヅキ君は、自分とそう年が変わらない気がした。なら、春馬さんではないのかもしれない。
(せめて、誕生日だけでも、思い出せたらいいのに……)
そう考えながら、結月はベッドからおりると、あの小さな『箱』を手にした。
(もしかしたら、この箱も……モチヅキ君から、だったりするのかな?)
大事そうに箱を握りしめながら、結月は思う。
出来るなら、思い出したい。自分が、幼い頃好きだった
モチヅキ君のこと──
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