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第9章 執事の悩みごと

良心の呵責

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 そんなこんなで、あれから、あっという間に一日が経ち、そして、もう既に夕食の時間を迎えていた。

 夕方6時。いつもの様に、一人で食事をとる結月の傍らに立つレオは、昨日と変わらず気難しい顔をしていた。

(……どうしよう。もう、時間がない)

 明日の朝、遅くとも、昼過ぎには別邸に、結月のスリーサイズ諸々を記入したリストを届けに行かなくてはない。

 この先、アイツらを油断させるためにも"優秀な執事"でいなくてはならないレオにとって、頼まれた仕事を期日までに果たせないなんて、あるまじきことだった。

 だが、もうすぐ夜を迎える。

 この夕食を終えたあとは、結月はいつものようにお風呂に入り、部屋で読書でも楽しんだあとは、あっさり寝てしまうのだろう。

(もう、こうなったら、結月が風呂に入ってる間に──)

 今、持っている服や下着のサイズを調べれば、ある程度は分かるかもしれない!

 と、なると

(忍び込むか? 部屋に……)

 食事をする結月を見つめながら、邪なことを閃く。いや、執事なのだから、主の部屋に入るのは自由。だから、忍び込むことにはならないだらう、多分。

 だが、執事とはいえ、女性の部屋のクローゼットの中に入り、服や下着のサイズを調べるのは、さすがに大問題だ。

 むしろ、男として終わってる!

(あー、なんで俺、あの時下着のサイズ見ておかなかったんだ……!)

 前に、恵美から結月の身の回りの世話を引き継いだ際、結月に男性を意識させるために、着替えを用意したことがあったのを思い出して(第33話参照)、レオは失笑する。

 あの時、下着のサイズを見ておけば、今こうして悩む必要はなかったかもしれないのに、この真面目な性格が災いして、まさか、こんな目にあうなんて!!

(でも、もうこの方法しか……っ)

「五十嵐。やっぱり、昨日から様子が変よ?」

 すると、苦渋の決断を強いられたその時、食事を終えた結月が、レオを見上げた。

 昨日から、上の空な執事。
 その珍しい姿に、結月は改めて首を傾げる。

「やっぱり、何か悩みがあるんでしょ?」

「あ、いえ……」

「無理しないで。私にできることなら、何だってしてあげると言ったはずよ?」

「……っ」

 結月の心遣いに、じんわりと胸が熱くなる。執事のために、何でもしてあげると言ってくれるのだ。

 その結月の気持ちは、嬉しい。

 だが、それはそれとして、別の感情もふつふつと湧いてくる。

 今は、自分が執事だからいいが、結月は自分以外の男にも、こんなふうに「何でもしてあげる」などと言ってしまうのだろうか?

「お嬢様。お気持ちは嬉しいですが、男相手に気安く"なんでもする"などと、言ってはいけませんよ」

「あら、どうして? 何でもしてあげたいというのは、嘘じゃないわ。それに、困ってる人がいたら助けてあげなさいと、昔、白木さんからも教わったし」

 あぁ、白木さん!

 結月がこれだけ純粋に育ったのは、全てあなたの教育のたまものです!

 だけど、できるなら、男は狼なのよ的なところまで教えといて欲しかったな!?

 いや、辞めさせられた時、結月まだ10歳だから仕方ないけど! ていうか、なんでアイツら、白木さん辞めさせたんだ!!

「あの、お嬢様。さすがに、はよくないです。出来ないようなことをお願いされたらどうするのですか?」

「出来ないようなこと?」

「そうですね。例えば『お嬢様のスリーサイズが知りたい』なんて言われたら、お嬢様、教えてくださいますか?」

「ふふ、なにそれ。絶対に教えたくないわ!」

「あはは、ですよね~」

 もう、気持ちいいくらいの、拒絶の言葉が返ってきた!!

(よかった、聞かなくて……)

 昨日、妄想で終わらせたのは正解だった。するとレオは、軽く流しながらも苦笑いをうかべると

「本当に、何でもありませんので、気になさらないでください」

「そう?」

 そして、心配そうな結月を見つめ、またもや話をそらしたレオは、いつも通りに笑いかける。

 さぁ、これでいよいよ後がなくなった!




 ✣

 ✣

 ✣


「……はぁ」

 そんなこんなで、お嬢様の入浴中。
 レオは結月の部屋の前で、ずっと悩んでいた。

 何を悩んでいるかって?

 それは、もちろん、お嬢様の部屋のクローゼットに忍び込むか否か!

 もう、これしかなかった。結月のスリーサイズを調べるには、服を調べる他なかった。

 だが、執事としての役目以前に、男としての良心がそれを邪魔する。

(俺……何やってるんだろう)

 いくら仕事とはいえ、なんだか悲しくなってくる。だが、やるなら早くやらねば、結月が戻ってくる。
 もしも、下着のサイズを調べている最中に、結月が戻ってきたら、もはや、言い逃れはできない。

(……でも、よく考えたら、男に調べさせるっておかしいよな)

 だが、ふと、そんなことを思って、レオは考え込む。
 他の男の手がつくのをことごとく嫌っているあの親が、自分に結月のスリーサイズを調べろと言ったのが、イマイチ腑に落ちない。

(もしかして、俺が裏で画策してるのがバレたとか?)

 だから、解雇するに相当な理由を与えて、クビにするつもりなのかもしれない。

(いや、でもあの親が、そんな回りくどいことするとは思えない)

 使用人なんて、使い捨ての召使いだなんて思っている奴らだ。クビにすると決めたら、もはや理由なんてなくても実行するだろう。

(それに、俺が怪しいことしてるってバレてるなら、それが辞めさせる理由に相当するし……さすがに、考えすぎか?)

「あ、五十嵐さん」

「……!」

 すると、そこにメイドの恵美めぐみが通りかかった。

「お嬢様を、お待ちですか?」
「は、はい……」

 まさか、お嬢様のクローゼットに忍び込もうとしてました!なんて言えず、レオはニコニコと恵美に笑いかける。

「相原さんは、どうしてここに?」

「あ、私はお嬢様に、湯加減はいかがかを確認しに」

 そういうと、恵美はにこやかに笑いながら

「お嬢様なら、もうすぐ戻られると思いますよ。先程、あと少ししたら上がると仰っていましたから」

「そ、そうですか……っ」

 そして、もう直、結月が戻ると聞いて、レオは冷や汗をかく。

 ここを逃せば、もうあとはない。仮にあるとすれば、結月が寝ている時に忍び込むしかない。

 だが、それは最早、人としてダメというか。
 明らかに犯罪というか。

 いや、もう本当、なに悩んでんだろ!?

「じゃぁ、私はこれで」
「……!」

 すると、恵美は会釈して、レオの前を通り過ぎる。だが、その時だった。

「相原さん!」
「ひぁッ!?」

 突然、恵美を呼び止めると、レオは勢いよく壁に手を付き、恵美の行く手を阻んだ。

「ッ……!」

 いきなり壁際に追い詰められ、至近距離でレオと目が合えば、その瞬間、恵美は顔を真っ赤にする。

 これはアレだ、いわゆる壁ドンというやつだ! なぜか五十嵐さんに、壁ドンをされている!?

「な、ななな、なんですか!? どうしたんですか、五十嵐さん!?」

「あの、相原さんに、折り入って相談したいことが……」

「え?」

 切羽詰まった表情で見つめるレオに、恵美は目を見開く。

 いきなりのことに驚いたが、その瞳は、まるで助けてくれと言わんばかりに思い詰めた色をしていて──

「五十嵐さん……?」

「あなた達、そこで何してるの?」

「「!!?」」

 だが、その瞬間、二人はビクリと肩を弾ませた。

 壁に手を付き、恵美を覆い隠すような体勢のまま、レオがゆっくりと視線を向ければ、そこには、お風呂からあがった結月が、壁ドン中の二人をしっかり見つめていた。






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