上 下
81 / 289
第9章 執事の悩みごと

秘密の場所

しおりを挟む
 午後2時──ルイの家から帰宅後、レオは自分の部屋に戻ると、一人鏡の前に立っていた。

 いつもの執事服に袖を通して、真っ白な手袋をすると、身なりを整えたあと、使用人の部屋がある別館を出て、本館に向かった。

 休みの日ではあったが、どうしても結月の顔を見ておきたかった。

 矢野の話を聞いて、落ち込んでいるかもしれない。もしかしたら、泣いているかもしれない。

 そう思うと、足取りは自然と早くなった。

「あれ、五十嵐さん!」

 本館に戻ると、掃除中だったのか、箒を手にした恵美と出くわした。

「どうしたんですか、執事服なんて着て! 今日はお休みのはずでは」

「はい、そうですが……お嬢様のお顔を見ておきたいと思いまして」

「あ、矢野さんの件ですか?」

「……はい。お嬢様はどのようなご様子で」

「特に、お変わりはありませんでしたよ」

「え?」

「私も落ち込むんじゃないかと思っていたんですけど……意外と普段通りで」

「……そう、ですか。それで、お嬢様は今どちらに?」

「お庭を散歩してくると言われて、先ほど、外に」

 そう言われ、レオは屋敷を出ると、広大な屋敷の庭を広く見渡した。

 午後二時すぎ、今はまだ、日が高い時間帯だ。

 こんな時間にわざわざ散歩に出るなんて──と、レオは心配になりつつも、早くみつけようと、小走りで屋敷の庭を進んでいく。

 だが、噴水の前や花壇のそば、緑豊かな木陰の並木道。思い当たる場所は全て探したが、結月が見つかることはなく……

(結月……どこに、行ったんだ?)

 結月がいつもぶらついている散歩コースはあらかた探し尽くした。すれ違って屋敷に戻ったのだろうか?

 そう思ったが、ふとある場所が頭によぎって、レオは足を止めた。

 もしかしたら、にいるかもしれない。

 そう思って、レオが向かったのは屋敷の裏手にある温室だった。

 八角形のガラス張りの建物だ。

 ドーム型の屋根からは、いつも優しい光が差し込んでいて、冬でも暖かいその場所は、一年中緑に囲まれていた。

 入口の扉を開けて中に入れば、まず目に付くのは天井からぶら下がる観葉植物。

 長くたれさがるそれは、まさに緑のカーテンと呼ぶにふさわしく、温室に植えられた色鮮やかな花々を、よく引きたてていた。

 そして、レンガでできた道を進むと、温室の中央には、お茶を楽しむために置かれたテーブルとパラソル。そしてベンチがあった。

 屋敷から少し離れた場所にあるその温室は、絶好の隠れ家だった。

 あの頃、こっそり忍び込んでいた屋敷の中。

 そこは、二人の秘密の場所でもあった。

 誰も寄り付かない、あの温室で

 なんど結月と、語り合ったかしれない。


 二人の未来の話を───…




(こんなところに、いるわけないのに……)

 温室の前まで来ると、レオは思わず息をつめた。

 何を期待してるのだろう。少し考えれば分かるはずなのだ。こんなところに、結月がいるはずがない。

 なぜなら、その温室は

 もう、使われていなかったから──


(……見る影もないな)

 入口の前に立つと、酷く荒れ果てた温室を見て、レオは悲し気に目を細めた。

 緑に囲まれていたあの美しい空間は、今はもう遠い幻のようだった。

 天井から下がる緑のカーテンはなくなり、むき出しの鉄骨は少し錆び付いているのが見えた。

 いつから温室の手入れをしなくなったのか?
 前に斎藤に聞いたら、ここ数年の話らしい。

 庭師を雇わなくなって、しばらくは屋敷の使用人達が温室も維持していたらしいが、使用人が少しずつ減り、庭の手入れで手一杯になってからは、温室の手入れまで行き届かなくなり、いつしか閉めることにしたらしい。

 中に入れば、当然そこに花や緑はなく、その代わりに、使われなくなったプランターや鉢が片隅にまとめられているのが見えた。

 まるで、使わなくなったものを一時的に保管する倉庫のような、そんな物寂しささえ感じる。

 ホコリっぽくなった温室は、当然ティータイムを楽しめるような状態にはなく、二人がこっそりと秘密の時間を共有していた隠れ家は

 もう――廃墟と化していた。


(8年で、こうも変わるとはな……)

 結月がいないと諦めつつも、レオはその閑散とした温室の中を、広く見渡した。だが、その時──

「……っ」

 温室の中央、二人がけのベンチに小さくなって座っている、結月の姿が見えた。

 表情はわからなかった。時間帯のせいか、屋敷が大きな影を作って、温室の半分は日差しが遮られていたから。

 使われなくなった温室は、窓が開け放たれていて、時折夏の風が吹けば、結月の髪をサラサラと揺らした。

「……お嬢様?」

 戸惑いと同時に声をかける。すると結月は、ゆっくりと顔をあげた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜

櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。 そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。 あたしの……大事な場所。 お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。 あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。 ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。 あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。 それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。 関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。 あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!

処理中です...