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第8章 執事でなくなる日

ドキドキ

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 本屋にて、参考書を買った結月は、その後昼食をとった後、モール内で買い物を楽しんでいた。

 途中、雑貨屋の前で立ち止まると、恵美に誘われるまま、店の中に入った。

 写真立てやぬいぐるみ、アクセサリーなど、女性が好みそうな商品ばかりが陳列されている店内は、とてもオシャレで、可愛らしい雰囲気だ。

「この子、可愛い!」

 棚の一角から、猫のぬいぐるみを手に取ると、結月は子供のように顔をほころばせた。

 机の上に飾れるくらいの、手乗りサイズのぬいぐるみ。その黒猫の首には赤いリボンがついていて、毛並みもサラサラで、実にキュートだった。

「猫、お好きなんですか?」

「えぇ、昔から猫が一番好きなの。でも、うちの屋敷で動物は飼えないのよね」

「そうなんですか?」

「えぇ、お母様が動物アレルギーらしくて、動物は嫌いだって」

「へー。アレルギー持ちも大変ですね」

 そうだったのか……と、恵美は相槌をうつと

「あ! じゃぁ、このぬいぐるみ買って行きましょうよ!」

「え?」

「本物の猫は飼えなくても、ぬいぐるみなら問題ないですし! それに、このぬいぐるみ、名前をこの場で決めてくれたら、首につけたプレートに刻印してくれるサービスもあるんですよ!」

「刻印?」

 そう言われ、首についたリボンを見ると、それと一緒に金のプレートが着いていて、その端には、小さく"name"と書かれていた。

「恋人同士で同じぬいぐるみを買って、お互いの名前を刻んでもらったりする人もいるみたいで、プレゼントとしても人気なんですよ」

「へー」

「あ。そういえば、他にも種類がありますが、でいいんですか?」

 すると、恵美が売り場を見ながら問いかける。そこには、猫だけでも数種類、置かれていた。

 三毛猫に、白猫に、ロシアンブルーなど。結月は、それを一通り見回すと

「やっぱり、この子がいいわ」

 そう言って、改めて、自分が手にした黒猫のぬいぐるみを見つめた。

「えーと……名前は」

 そして結月は、名前を決めようと、ぬいぐるみをマジマジと見つめた。すると、それから暫くして

「ルナ……」

「え?」

「ルナちゃんとか、どうかしら?」

 ふわりと可愛らしく微笑むと、結月は恥じらいながらも恵美に同意を求めた。すると、恵美はすぐさま笑って

「ルナちゃん! 可愛らしい名前ですね! やっぱり、結月の『月』から連想しての『ルナ』ですか?」

「えぇ、私の『月』と──」

 だが、その瞬間、結月は言葉につまる。

(あれ? 私の「月」??……私、今、なにを言おうとしたのかしら?)

「結月ちゃん?」

「あ、ごめんなさい」

 一瞬、何かがよぎったが、それが何かは分からずないまま、結月は話に戻す。

「案外、あっさり決まちゃったわね」

「ほんとですね! でも、こうして一緒にぬいぐるみ選んだり、なんだか不思議な感じですね。お昼のレストランでも一緒にテーブルを囲みましたし、まるで本当のお友達になれた気分です」

「ふふ、そうね、私も今すごく楽しいわ!」

 恵美と会話を交わしながら、結月は三人でお昼を食べた時のことを思い出した。

 時々、両親に付き合わされ、パーティや食事会に招かれるが、あの美味しいけど味のしない料理とはまるで違った。

「しかし、やっぱり五十嵐さんは凄いですね。まさか、結月ちゃんが好みそうな店を予め選んで、事前に予約まで入れておくなんて」

「そうね。おかげで並ばなくてすんだわ」

 昼食の時間が近づいた時、モール内の飲食店は人でごった返していた。

 だが、それを見越してか、レオは事前にレストランに予約を入れていたらしく、何人と店の前で人が並んでいる中、あっさりと中に通された。

 こういう所は、さすが執事といったところか?

「あ! 五十嵐さんが、ナンパされてる!?」
「え?」

 すると、その瞬間、突如恵美が声を荒らげ、それ反応して、結月は雑貨屋の外へと視線を移した。

 ファンシーなお店の中に自分がいると目立つからと、店の外で待っていたレオ。

 腕を組み、壁に寄りかかる姿は、傍目から見てもカッコイイのだが、そのレオの前に、女の子が二人駆け寄ってきて、なにやら声をかけはじめた。

(なんて積極的なのかしら、女性の方から声をかけなんて……)

 結月は、驚きつつも感心する。

 だが、レオの方は、なにを言ったのか、その後、あっさり女の子たちを追い返すと、女の子たちは、少し残念そうにレオの元を去っていった。

 どうやら、ナンパに失敗したらしい。

「なんだか、あーいうの見ると、少し優越感、感じちゃいますよね」

「え、優越感?」

 すると、恵美が内緒話でもするように結月に囁いた。

「だって、五十嵐さんみたいなイケメン連れ歩いてるんですよ……!」

「そう? いつも連れ歩いてるから、よく分からないわ」

 執事だからだろうか?

 そう言って、きょとんとする結月を見て、恵美は深く深くため息をついた。

「も~前にも言いましたが、執事とはいえ異性ですよ、異性! あんなに優しくてカッコイイ男性が、常に傍にいるんですよ!? ドキドキしないんですか!?」

「……っ」

 だが、その言葉には、結月も思うところがあり、自分の胸元をキュッと握りしめた。

(ドキドキ……か)

 いつも穏やかな心臓が、五十嵐のことを考えると、少しだけ早くなる。

 もしこれが、ドキドキしてるってことなら……

「そんなことないわ、私、五十嵐が相手だと、ドキドキしてしまうことがあって……」

「え!?」

 こと発言に、恵美は頬をあからめ、目を見開いた。お嬢様が五十嵐さん相手に、ドキドキするといっている!!

「そ、それって、まさか……!」

「だって五十嵐、いきなり手にしてきたり、するのよ。さすがにそんなことをされたら、ドキドキもするでしょう?」

「……え?」
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