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第8章 執事でなくなる日

悲しい結末

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「この物語ね。最後、執事が死んじゃうの」
「………え?」

 予想外の結末に、レオは一驚する。

 あの四六時中イチャつきまくってた小説が、どこをどうして、そうなった??

「し、死ぬの? 執事……」

 その経緯を知りたいような、知りたくないような、複雑な心境になりつつも、レオは恐る恐るといかける。すると結月は

「そうなの。ある日、主人公のお嬢様が誘拐されて、それを執事が助けに来てくれるんだけど……助けたあと、敵の銃弾から、お嬢様を守って死んでしまうの」

「それはまた、えらく急展開しましたね」

 思わず、執事口調に戻る。まさか、あの砂糖吐きそうなくらい甘すぎる小説のラストが、そんなお涙頂戴モノに変化するとは思わなかった!

 しかも、撃たれて死ぬとか、悲しすぎる!

「やっぱり、お嬢様と執事って、そう簡単に結ばれないのかしら?」

「え?」

「私ね、できるなら"結ばれて欲しい"と思っていたの。でも、物語が進むにつれて、段々雲行きが怪しくなってきて、その執事が亡くなった時は、もう悲しくて悲しくて、涙が止まらなかったわ」

 すると結月は、酷く落ち込んだ様子で、深くため息を吐いた。

 まるで自分の事のように、心を痛める結月。
 きっと、結月は憂いているのだろう。

 お嬢様を守って命を落とした、その執事のことを──

「本望……だったと思いますよ」

「え?」

「お嬢様を守って死ねたのなら、その執事は、きっと……」

 ──本望だったと思う。

 もし、自分が、その執事だったら、"同じこと"をすると思った。

 結月を守るためだったら、喜んで差し出すだろう。あの日、はずだった

 こんな命くらい──

「五十嵐……?」

 だが、あまりにも深刻な顔をしていたからか、結月が心配そうにレオの顔を覗き込んできた。

 物語の執事と、自分の執事を重ねてしまったのかもしれない。酷く不安げな表情でこちらを見つめる結月に、レオは小さく笑みを浮かべた。

 それは、紛れもない"本心"だった。
 結月のためなら、こんな命、惜しくはない。

 むしろ、一分一秒でも、彼女より先に逝きたいと思う自分は、心底、彼女に惚れているのだろう。

 だけど、きっと、こんなことを言ったら
 結月は、怒るのかな?

「まぁ、って話だけど」
「え……?」

 その後、ニッコリ笑うと、レオは怒られる前にあっさり話題を切り変えた。

 書店の中では、他の客が本を手に取りながら、自分の好み似合うものを探し歩いていた。

 そんな中、レオは整然と並ぶ本棚に再び視線を落とすと、またいつもの穏やかな口調で語り始める。

「しかし、悲しい結末だな。結局、結ばれなかったなんて」

「そうね……でも一応、救いはあったのよ?」

「救い?」

「えぇ、実はね、を授かっていたの」

「え?」

「そのお嬢様、執事の子供を授かっていて、そのあとは誰とも結婚せず、その子を育てていくの。きっとあの官能的なシーンも、そこに繋がる伏線だったのね!」

 そういって感心する結月は、朗らかに笑った。だが、それとは対照的にレオは苦笑いを浮かべる。

(そりゃ、あれだけさかってれば、子供だって出来るだろ……)

 だが、相手が"お嬢様"でありながら、避妊もせず情事に赴いた、その執事の責任能力のなさはいかがなものか?

 ──なんて、物語につっこんでも仕方ないのだが、その執事に"似ている"と言われていたことが、なんだか癪に障る。

(……俺、そんな節操なしじゃないんだけど)

「ねぇ、五十嵐はこの結末どう思う?」

「え?」

「バッドエンドだと思う? それともハッピーエンド?」

「……まぁ、恋人が亡くなる悲恋系の話なら、よくあるラストというか。好きな人の子供を授かっていたなら、ある意味ハッピーエンドなのでは?」

「そうよねー。でも、私には、どうしてもこれがハッピーエンドに見えないの。だって、私がこのお嬢様だったら、

「!?」

 いや、待って。その発言、すっごい複雑!

 俺のこと言われてるわけじゃないのは分かってるけど、俺のこと言われてるみたいで、なんか、すっごく心が痛い!!

「な……なんで、欲しくないの?」

「だって、の子供よ」

「え?」

「私の子供に産まれるってことは、阿須加の"血"を受け継ぐってことだもの。好きな人との子供なら、なおのこと、この血は受けつがせたくないわ。この結末だって、お嬢様にとっては幸せかもしれない。でも、執事の子として生まれてきた子は、きっと、そうではないわ。一族中から見下されて、侮蔑の目を向けられる。私なら、好きな人との大事な子供に、そんな辛い思いはして欲しくない。だから、例え好きな人でも、執事の子供は欲しくないって思ったの。もう、あの家に縛り付けられる子供を増やしたくはないもの」

「…………」

 そう言う結月は、とてもとても悲しそうだった。

 物語の結末を自分に重ね合わせて、まだ見ぬ、子供の未来を案じているのだろう。

 確かに、執事の子として産まれてくれば、その子の未来は生まれながらにして過酷なものとなるのだろう。

 望まれず生まれてきた子は、それだけで、軽蔑の対象となる。

 それは、一族中から男児を切望されていながら、女児として生まれてきた結月だからこそ、分かる気持ちなのかもしれない。

「まぁ、子供のことに関しては、私に拒否権はないんだけどね。私の役目は、いつか立派なお婿さんをとって、跡取りを産むことだし。きっと大学を卒業した頃にでも、婚約者を紹介されて、その人との間に子供をもうけることになるんじゃないかしら?」

 だが、自分の意志とは反して、諦めたように笑う結月に、胸の奥がズキズキと傷んだ。

(俺以外の男と、子供とか……っ)

 そんなの考えただけで、虫唾が走る。だが、結月があの家の"血"を引く以上、遅かれ早かれ、そんな日がくるのは、確かなこと。

 だが、絶対に、そんなことはさせない。
 そうなる前に、結月を──

「結月ちゃーん!」
「……!」

 すると、さっきまで別行動をとっていた恵美が、明るく声をかけながらやってきた。

「参考書、決まりましたか?」
「えぇ、五十嵐が、しっかりアドバイスしてくれたから」

 女子二人で楽しそうに会話を弾ませ、それから結月は、恵美オススメの文庫本を2冊ほど選んで、またレオに声をかけてきた。

「五十嵐、とりあえず、このくらいでいいわ」
「そう……」

 その姿に、レオは一つ息をつくと、先程までの気持ちを一掃し、手にしていた参考書を結月にさしだす。

「じゃぁ、お会計してきて」

「え、私一人で?」

「社会勉強だっていっただろ? 大丈夫だよ。レジに行けば合計金額を教えてくれるから、その分のお金を出すだけだ。それとも、そんな子供のおつかい程度のこともできないほど、無知なの?」

「っ……出来ます! そのくらい!」

「そう。じゃぁ、行ってらっしゃ~い」

 レオがにこやかに手を振ると、結月は参考書と文庫本を手にしてレジへと向かった。

(まったく、五十嵐って、ほんと意地悪だわ。人のことすぐにバカにして……っ)

 子供じゃあるまいし、そのくらい出来る!

 結月は軽く腹ただしくなりながらも、レジの前に立つと書店員のお姉さんに会計をお願いする。

 店員がスムーズに本に着いたバーコードをスキャンすれば、それから暫くして、本の合計金額が表示された。

 それは意外とあっさりしたもので、考えてみれば、お金を払うだけなのだ。

 難しいことなんて、何も──

「お客様、はお持ちですか?」

「………………」

 だが、その店員の言葉に結月は──

「い、五十嵐、なにかカードを! カードを出せと言われているんだけど、カードで支払ってはダメなのよね!? これ、どうすればいいの!?」

「あの、すみません。ポイントカードは持ってないので、会計を続けてください」

 その後、泣きついてきた結月をみて、これは、先が長すぎる……と、レオは酷く落胆したのだった。
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