72 / 289
第8章 執事でなくなる日
恋
しおりを挟むその後、学参コーナーから立ち去った結月は、文庫コーナーの中で顔を赤らめていた。
(っ……懐かしいだなんて、私、何言ってるのかしら)
思わず出てきた言葉に、自分自身で驚き、そして恥らう。
なんで、あんなこと言ったのか自分でもよくわからないが、あんな発言をしていたら、五十嵐にバカにされてもおかしくはない。
(きっと、びっくりしたよね? すごく驚いた顔をしてたし……)
いつも平静な執事が、言葉を失くすほど困惑していた。
無理もない。四月にであってまだ数ヶ月。そんな相手に、いきなり『懐かしい』などと言われたのだ。きっと
(なにいってんだ、こいつ)
──と、思ったに違いない!
(し、しっかりしなきゃ……! こんな発言繰り返してたら、絶対天然だと思われるわ)
だが、熱い頬に手を当て少しだけ冷ますも、心の中は未だドキドキしていた。
(はぁ……どうしたのかしら)
五十嵐が来てから、何かがおかしい。
彼といると不思議と安心したり、ドキドキしたり、胸が苦しくなったり、それまでは全く波がなく穏だった心が、酷く揺さぶられるようになった。
「あ……この本」
すると、ふと見覚えのある文庫本が目に止まって、結月は平台に積み上げられたそれを手にとった。
端正な顔立ちの執事と、可愛らしいお嬢様が一緒に描かれている煌びやかな表紙。そして、そのタイトルには、酷く見覚えがあった。
(これ、確かお嬢様と執事が……)
それは少し前、クラスメイトの有栖川から借りた、あの官能的な文庫本だった。
そして、その内容は、お嬢様と執事が『恋』に落ちるというもの──
「……恋?」
不意に、その小説の内容を思い出して、結月は考えた。
確か、この小説の中のお嬢様も、よく安心したり、ドキドキしたり、胸が苦しくなっていた。
でもそれは、執事のことが、好きだったからで───
(え!? な、ちょ、違うわ! 私は、違う……っ)
瞬間過ぎった言葉に、結月は慌てふためく。
これではまるで、自分が執事に恋をしているみたい。
だが、ない!
それだけは──絶対にありえない。
(今日は、呼び捨てにされてるし、ちょっと変な感じになってるだけよね? だいたい五十嵐には彼女がいるし)
彼女がいる人に恋をする自体、ありえない話だ。何よりも『恋なんて、自分には無意味なもの』ずっと、そう言い聞かせてきた。
今更、その気持ちが変わることは無い。
(落ち着こう。五十嵐はあくまでも執事だもの、恋愛対象にはならないわ)
お嬢様と執事として、そこに築かれるのは『信頼関係』であって『愛』ではない。
それは、きっと"お互い"に、理解している。
「結月……!」
「!」
すると、遅れてやってきたレオが、結月の元に駆け寄り、声をかけた。
どこか真剣な表情をした執事の姿に、結月の心臓が微かに跳ねる。
「な、なに?」
目と目があえば、文庫を持つ手に軽くに力が入った。変なことを考えていたせいで、少しだけ意識してしまう。
「──その本、買うの?」
「へ?」
だが、予期せぬ言葉を発せられ、結月は、再び文庫本に視線をおとす。
そう、この文庫本は、よりにもよって官能的なシーンを読んでいるところを、執事に見つかって、恥ずかしい思いをした、あの小説──
「そんなに気に入ったのか、それ」
「ひゃぁぁ、ち、違います! これは、たまたま見かけて、たまたま手に取っただけで……!」
顔を真っ赤にして、結月は慌てて本を平台に戻した。
あーもう、恥ずかしい!
なんか、色々と恥ずかしい!!
「あの……勘違いしないでね、私……っ」
「別に、そういう本に興味持つのはおかしなことじゃないって言っただろ」
「きょ、興味なんて持ってないわ!」
いやらしい本に興味があるなんて、さすがに、そう思われるのは心外だ!
だが、思わず言葉が強くなると、結月は慌てて口元を押さえた。
こんな公共の場で、声を荒らげるなんて、なんてはしたない。
「あのね、五十嵐……本当にたまたまなの。欲しかったわけじゃ……っ」
「そんなにムキにならなくても、分かってるよ」
頬を染めて、恥じらいの表情を浮かべる結月にレオはクスリと微笑む。
この可愛らしい姿は、見ていて飽きない。だが
(五十嵐……か)
さっきは、すごく驚いたし、なにより嬉しかった。懐かしいと言われて、思い出したのかと思ったから。
でも……
(……そう簡単に思い出すわけないよな)
『五十嵐』と呼ばれて、ハッとした。懐かしいと思ったのは、嘘ではないのかもしれない。
それでも、未だ結月の中にいるのは『レオ』という少年ではなく『五十嵐』と言う名の『執事』だけなのだろう。
(……こんな些細なことで、喜ぶなんて)
思わず、期待にしてしまった自分に失笑しつつも、レオは何事もなかったように、再び結月にといかける。
「そう言えば。その本、最後どうなったの?」
「え?」
結月をからかうには良いネタだが、正直、その本の結末には興味があった。
決して結ばれてはけない、お嬢様と執事という──"禁断の関係"
だからこそ、せめて物語の中くらいは……と、淡い期待をよせる。
「あー、これ?」
すると、結月はすぐさま口を開き
「この物語ね。最後、執事が死んじゃうの」
2
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる