72 / 211
第8章 執事でなくなる日
恋
しおりを挟むその後、学参コーナーから立ち去った結月は、文庫コーナーの中で顔を赤らめていた。
(っ……懐かしいだなんて、私、何言ってるのかしら)
思わず出てきた言葉に、自分自身で驚き、そして恥らう。
なんで、あんなこと言ったのか自分でもよくわからないが、あんな発言をしていたら、五十嵐にバカにされてもおかしくはない。
(きっと、びっくりしたよね? すごく驚いた顔をしてたし……)
いつも平静な執事が、言葉を失くすほど困惑していた。
無理もない。四月にであってまだ数ヶ月。そんな相手に、いきなり『懐かしい』などと言われたのだ。きっと
(なにいってんだ、こいつ)
──と、思ったに違いない!
(し、しっかりしなきゃ……! こんな発言繰り返してたら、絶対天然だと思われるわ)
だが、熱い頬に手を当て少しだけ冷ますも、心の中は未だドキドキしていた。
(はぁ……どうしたのかしら)
五十嵐が来てから、何かがおかしい。
彼といると不思議と安心したり、ドキドキしたり、胸が苦しくなったり、それまでは全く波がなく穏だった心が、酷く揺さぶられるようになった。
「あ……この本」
すると、ふと見覚えのある文庫本が目に止まって、結月は平台に積み上げられたそれを手にとった。
端正な顔立ちの執事と、可愛らしいお嬢様が一緒に描かれている煌びやかな表紙。そして、そのタイトルには、酷く見覚えがあった。
(これ、確かお嬢様と執事が……)
それは少し前、クラスメイトの有栖川から借りた、あの官能的な文庫本だった。
そして、その内容は、お嬢様と執事が『恋』に落ちるというもの──
「……恋?」
不意に、その小説の内容を思い出して、結月は考えた。
確か、この小説の中のお嬢様も、よく安心したり、ドキドキしたり、胸が苦しくなっていた。
でもそれは、執事のことが、好きだったからで───
(え!? な、ちょ、違うわ! 私は、違う……っ)
瞬間過ぎった言葉に、結月は慌てふためく。
これではまるで、自分が執事に恋をしているみたい。
だが、ない!
それだけは──絶対にありえない。
(今日は、呼び捨てにされてるし、ちょっと変な感じになってるだけよね? だいたい五十嵐には彼女がいるし)
彼女がいる人に恋をする自体、ありえない話だ。何よりも『恋なんて、自分には無意味なもの』ずっと、そう言い聞かせてきた。
今更、その気持ちが変わることは無い。
(落ち着こう。五十嵐はあくまでも執事だもの、恋愛対象にはならないわ)
お嬢様と執事として、そこに築かれるのは『信頼関係』であって『愛』ではない。
それは、きっと"お互い"に、理解している。
「結月……!」
「!」
すると、遅れてやってきたレオが、結月の元に駆け寄り、声をかけた。
どこか真剣な表情をした執事の姿に、結月の心臓が微かに跳ねる。
「な、なに?」
目と目があえば、文庫を持つ手に軽くに力が入った。変なことを考えていたせいで、少しだけ意識してしまう。
「──その本、買うの?」
「へ?」
だが、予期せぬ言葉を発せられ、結月は、再び文庫本に視線をおとす。
そう、この文庫本は、よりにもよって官能的なシーンを読んでいるところを、執事に見つかって、恥ずかしい思いをした、あの小説──
「そんなに気に入ったのか、それ」
「ひゃぁぁ、ち、違います! これは、たまたま見かけて、たまたま手に取っただけで……!」
顔を真っ赤にして、結月は慌てて本を平台に戻した。
あーもう、恥ずかしい!
なんか、色々と恥ずかしい!!
「あの……勘違いしないでね、私……っ」
「別に、そういう本に興味持つのはおかしなことじゃないって言っただろ」
「きょ、興味なんて持ってないわ!」
いやらしい本に興味があるなんて、さすがに、そう思われるのは心外だ!
だが、思わず言葉が強くなると、結月は慌てて口元を押さえた。
こんな公共の場で、声を荒らげるなんて、なんてはしたない。
「あのね、五十嵐……本当にたまたまなの。欲しかったわけじゃ……っ」
「そんなにムキにならなくても、分かってるよ」
頬を染めて、恥じらいの表情を浮かべる結月にレオはクスリと微笑む。
この可愛らしい姿は、見ていて飽きない。だが
(五十嵐……か)
さっきは、すごく驚いたし、なにより嬉しかった。懐かしいと言われて、思い出したのかと思ったから。
でも……
(……そう簡単に思い出すわけないよな)
『五十嵐』と呼ばれて、ハッとした。懐かしいと思ったのは、嘘ではないのかもしれない。
それでも、未だ結月の中にいるのは『レオ』という少年ではなく『五十嵐』と言う名の『執事』だけなのだろう。
(……こんな些細なことで、喜ぶなんて)
思わず、期待にしてしまった自分に失笑しつつも、レオは何事もなかったように、再び結月にといかける。
「そう言えば。その本、最後どうなったの?」
「え?」
結月をからかうには良いネタだが、正直、その本の結末には興味があった。
決して結ばれてはけない、お嬢様と執事という──"禁断の関係"
だからこそ、せめて物語の中くらいは……と、淡い期待をよせる。
「あー、これ?」
すると、結月はすぐさま口を開き
「この物語ね。最後、執事が死んじゃうの」
2
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる