68 / 110
第8章 執事でなくなる日
解雇
しおりを挟む「ぃ、五十嵐……っ」
「……………」
ぽたぽたと、結月の髪や服から雫が落ちるのを見つめながら、レオは表情を曇らせた。
しまった。
これは完全にやらかした!
「五十嵐、あなたって人は! どうして、いつもいつも、こんな嫌がらせばかりしてくるの!?」
いきなり執事から水をぶっかけられ、お嬢様がわなわなと肩を震わせる。
しかも厄介なのは、これが恒例の嫌がらせだと思われていることだ!
「お、お待ちください、お嬢様! 今のは違います! 決して、嫌がらせをしようとしたわけでは……っ」
「今のは?」
「え?」
「今のってことは、いつものは、やっぱり"嫌がらせ"ということかしら?」
「……………」
その瞬間、レオの表情は、一瞬にして冷えきった。
「えーと……一体なにを、仰っているのか?」
「しらばっくれないで! いつもいつも、ふざけたことばかりして! 私のこと困らせてばっかりじゃない!? だいたい、五十嵐は私の執事でしょ! 私がクビにしたいと思ったら、いつでも五十嵐のことを解雇でき──」
バシャ──!!
「きゃぁぁぁ、冷たい!!」
結月がグチグチと不満をぶつけていると、それを聞いていたレオが、再びホースの先を結月の方にむけた。
明らかに故意にかけられた水は、土砂降りの雨のように降り注ぎ、結月の服をより一層、濡らしてしまう。
「な、何す……っ」
「お嬢様、もう二度とそのようなこと、仰らないでください」
「え?」
「お嬢様にクビにするなんて言われたら、さすがの私も、泣いてしまいますよ?」
そう言って、悲しげに瞳を揺らす執事に、結月は目を見開く。
「な、泣いちゃうの?」
「はい。私がお仕えするのはお嬢様だですから、唯一お慕いする主に見捨てられでもしたら、悲しくて悲しくて、死んでしまうかもしれません」
「…………し」
──死ぬ!?
(じょ……冗談よね?)
だが、なぜだろう。なぜか、冗談と思えない。
と、いうか自分の『クビ』の一言で、執事が命を絶つかもしれないなんて、怖すぎる!!
「じょ……冗談よ、五十嵐。そんなこと思ってないし、二度と言わないから。ごめんね?」
「それは良かった」
結月が恐る恐る謝ると、その後、レオはニッコリ笑ったあと、またホースを頭上にかかげ、人工的な雨を降らし始めた。
「きゃッ……! ま、待って五十嵐、それ以上やったら、服がびしょびしょになっちゃう」
「あはは。もう、そこまで濡らしておいて、なにを仰っているのですか。それに、たまにはいいではありませんか。水遊び、気持ちいいですよ」
「水遊び?」
「はい、今日は天気いいですし。それにほら、虹もでてます」
そう言われ、結月は空を見上げる。だが
「虹? ……が、どこに出てるの?」
「上じゃなくて、下です」
すると、レオは、結月の足元を指さした。
見れば、ホースから撒かれた水しぶきが雨の代わりとなって、二人の足元に1m程の小さな小さな虹を作り出していた。
「まぁ、可愛い~!」
目の前にある小ぶりの虹を見つめ、結月が目を輝かせる。
無邪気に笑い、喜ぶ結月はなんとも愛らしく、その姿を見て、レオは愛おしそうに目を細めた。
(可愛い……)
はしゃぐ姿に、幼い頃、自分の話を楽しそうに聞いていた結月の姿を思いだした。
あれから八年。立場は変わってしまったけれど、無邪気に笑う彼女の笑顔や、自分のこの思いだけは、今でも、変わることはない。
「ふふ、あはは。五十嵐、もういい加減にして……!」
そう言いつつも、水しぶきの中、はしゃぐ結月は、満更でもなさそうだった。
名家のお嬢様だ。
普通の子供が当たり前のようにする遊びを、結月は、あまりやった試しがない。
(たまには、こういうのも……)
──いいかもしれない。
「……!」
「──わっ!?」
だが、そう思った瞬間、レオは慌ててホースを離すと、結月の肩に手を置き、その身体をくるりと半回転させた。
「え? どうしたの? もう、終わり?」
「あ、いえ……」
突然、自分の背後に回った執事を見て、結月はキョトンと首を傾げる。
「あの、お嬢様。できるなら、そのまま真っ直ぐ屋敷の中にお入りください」
「え? なんで?」
「ぁ、その……」
すると、レオは少しバツが悪そうな顔をして
「下着が、透けて……」
「…………」
決してこちらを見ることなく発した執事の言葉に、結月は目を丸くする。
自分の胸元をみれば、白のブラウスがピッタリと身体に張り付き、ピンク色の下着が薄く透けているのが見えた。
あぁ、確かに、これは──
「きゃぁぁぁぁ!! 信じられない! もしかして、こうなるの計算してたの!? いくらなんでも酷すぎるわ!」
「だから、違うと言っているでしょう! とにかく屋敷にお入りください! すぐにお風呂をわかしますから」
背中を押して屋敷へと押しやると、結月は顔を真っ赤にして中へと入っていった。
(あれ、そう言えば……結月、ここに何しにきたんだ?)
しかも、こんな裏庭になんの用があったのかと、肝心の要件を聞き忘れ、レオは深く深く息をつく。
「はぁ……少し、はしゃぎすぎた」
結月とじゃれあうのが、あまりに楽しくて
(まるで……子供みたいだったな)
先程の無邪気な結月を思い出すと、再び笑みが零れた。
たかだか、水遊びひとつで、あんなにも楽しそうに……
(あ……でも、身体はしっかり大人だった)
だが、八年で変わらないものもあれば、大きく変わったところもあるらしい。
レオは、結月の成長をしみじみ感じながら、手早く片付けをすませると、再び屋敷の中へと戻っていった。
1
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。
Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。
そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。
しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。
世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。
そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。
そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。
「イシュド、学園に通ってくれねぇか」
「へ?」
そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。
※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。
【BL】【完結】兄様と僕が馬車の中でいちゃいちゃしている話
まほりろ
BL
エミリー・シュトラウスは女の子のように可愛らしい容姿の少年。二つ年上の兄リーヴェス・シュトラウスが大好き♡ 庇護欲をそそる愛らしい弟が妖艶な色気をまとう美形の兄に美味しく食べられちゃう話です。馬車の中での性的な描写有り。
全22話、完結済み。
*→キス程度の描写有り、***→性的な描写有り。
兄×弟、兄弟、近親相姦、ブラコン、美人攻め、美少年受け。
男性が妊娠する描写があります。苦手な方はご注意ください。
この小説はムーンライトノベルズとpixivにも掲載しています。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
悪役令嬢とヒロインは手を組みました
編端みどり
恋愛
本編は47話で完結済です。
番外編としていくつかの別エンディングを執筆予定ですが、しばらくお時間を下さい。
以下あらすじ↓
乙女ゲームの世界に転生した少女達の物語。悪役令嬢であるオリヴィアは穏便に婚約を解消した。ヒロインであるロザリーは、立派な王妃になった。家からは絶縁されたが、全てオリヴィアの望み通りだ。
慰謝料代わりに貰った小さな家でのんびり暮らそう。もう面倒な貴族や王族とはおさらばだ。そう思っていたら、自宅に攻略対象達が押しかけてプロポーズしてきた。
ヒロインであるロザリーまで現れて、気を失うオリヴィアを支えたのは…。
※第一話、第二話の後から回想シーンが続きます。
※ヒロインと悪役令嬢が会うのは、二十四話以降です。
※長くなったので長編にしました。
※最後あたりに少し血の描写があるので、念のためR15にしました。
サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―
文月 沙織
BL
祖国を出た軍人ダリクは、異国の地サファヴィアで娼館の用心棒として働くことになった。だが、そこにはなんとかつての上官で貴族のサイラスが囚われていた。彼とは因縁があり、ダリクが国を出る理由をつくった相手だ。
性奴隷にされることになったかつての上官が、目のまえでいたぶられる様子を、ダリクは復讐の想いをこめて見つめる。
誇りたかき軍人貴族は、異国の娼館で男娼に堕ちていくーー。
かなり過激な性描写があります。十八歳以下の方はご遠慮ください。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる